第18話 それは万物の頂点なる(対峙)

「じゃあ、昨日決めた通りにいくぞ」


 次の日、ドラゴンを確認した後だ。

 オレはまず小さな装置を取り出し、シャールを含む全員に渡す。


 『通信用マイク付きイヤホン』


 いや、もったいぶって出すほどのものでもないんだけど、情報伝達は連携の要だ。

 次に取り出したのは円形盾ラウンドシールド。それを、後方支援(遠くで見守る)のアマリンに渡す。

 当然、ただの盾ではない。オレが急いで作った魔道具だ。

 続いてミスリルゴーレムの金剛ヴァジュラも取り出し、起動。アマリンの護衛につける。


 ミズキは小さなケースから錠剤を取り出し、いつでもすぐに飲めるよう、手に握っている。それはこの準備期間にミズキが独自に手に入れた、肉体強化エンハンス専用のドーピング薬だ。成分に、極微量の希少金属、太陽の黄金サンゴールドが含まれている。それにより、肉体強化エンハンスの効果が一時的に十倍近くまで強化される。当然かなり高価な消耗品なのでおいそれとは使えないが、相手はドラゴンだ。今こそまさに使い時だろう。


 そしてメラルドは、首飾りに加工した牙を握りしめ、魔力を込める。牙が青く輝き、頭上に魔法陣が描かれる。


『大空の覇者よ』


 メラルドが唱える呪文により喚び出されたのは、黒色のワイバーン。


 使役魔術サモンだ。驚くことに、メラルドは使役魔術師サマナーだったのだ。

 使役魔術サモンはいろいろ特殊な魔術で、野生の精霊や魔獣を直接捕まえて使役する事も出来るが、『投影体シャドウ』と呼ばれる模造品コピーを作り出して、それを使役する事も出来る。大抵の場合は、コピー元の体の一部などを触媒として一時的な戦力として喚び出す。


 このワイバーンも、前々回の依頼のあのワイバーンの牙から喚び出された投影体だ。ワイバーンの口が開いたとき、先が青く光る牙が見えた。触媒になった牙のあったところだ。別に弱点でもないけど、見た目がなんかいい。模造品コピーといっても疑似生命であり、知能も感情もある。本物となんら変わらない。


 一度地上に降りたワイバーンの背に、体を固定するための器具を取り付けていくメラルド。それが終わったら、あの楽器が入っていそうな箱を用意し、開けると、中にしまわれていた物を丁寧に組み立てる。


 それは人の背と同じくらいの長さの、ライフル銃だ。


 ヤフィ師匠に事情を話すと、ワイバーンの背に乗って攻撃出来る武器として、これを託されたらしい。


 オレは魔剣『星空の魔刃ナイトウィザード』を腰に吊し、魔弓『隼神の鉤爪ホルスクロウ』を左手に持って準備。


「それで、具体的にはどう対処するのですか?」


 シャールが見届け人として当然の疑問を投げる。


「まずは話し合いだ。ドラゴンの知能は高く、会話が成立することも多いらしいからな」


 オレの答えにシャールは苦笑いで続ける。


「それがかなわなかったら? その装備で、三日間足止め出来ますか?」


 オレはシャールを振り返って答える。


「そん時は足止めなんてちゃちなことはしない。最低で撃退。いっそのこと、討伐してやんよ」


 そんなオレを見て、がっかりしたように肩を落とすシャール。


「せいぜい、死なないように頑張ってください。まあ、死んじゃえば私の報告が簡単にすむので、それはそれでかまいませんが」

 なぜか面倒くさそうに言う。


 オレは仲間を見渡す。


「いつでも行けるわ!」


 ミズキが元気に応える。

 メラルドは力強くうなずく。こういう時くらいしゃべれよ。


「こっちもいつでも大丈夫です!」


 アマリンは円形盾と記録用装置ビデオカメラを構えてニコニコだ。このために用意したんだそうだ。確かに、町長の息のかかった見届け人であるシャールの報告だけを信用するわけにもいかないから、証拠を残すのも大事な役目だ。


「じゃあ、そろそろ行きますかね」


魔術付与エンチャント起動開始スタートアップ羽毛ある蛇神ケツアルカトル!』


 オレは飛翔魔術を起動し、ドラゴンへと向かって進んでいった。

 メラルドもワイバーンの背に乗り、少し離れて併翔する。


 ミズキは飛べないので、地を走る。オレ達よりは少し遅いが、地面を滑るように進む速さは相当なものだ。


 徐々に近付きながら、ドラゴンを観察する。

 ドラゴンは個体数が多くなく、それぞれが別の個性を持っていると言われるほどに分類が難しいが、それでも大雑把に分けるなら、このドラゴンは『地竜』に分類されるだろう。


 巨大な体躯が頑丈な皮膚に覆われている。特に背中側は、ウロコが変化したのか、カメの甲羅のような硬質な甲殻を鎧のように要所にまとっている。


 そしてその背には、ドラゴンの象徴的な部位。巨大な翼がある。


 それでも体の割合にしては小さく見える。あまり飛ぶのは得意じゃなさそうだ。そうであって欲しい。


 その存在感、威圧感は相当なものなのだが、なにか違和感がある。特にあのドラゴン、いったい何をしているのだ? さっきからほとんど動きがない。


「アマリン、何か分かるか?」


 アマリンは、戦力にならない分、独力でだが、ドラゴンの情報を出来る限り得てきたらしい。どんなものでも、情報は多い方がいい。


「いろんな物語に出てくるドラゴンは、個体差はあっても、基本的にあらゆる魔術を使います。特に気をつけないといけないのは、地形破壊マップブレイカーともいわれる竜の息吹ドラゴンブレスです。なのでドラゴン単体でも相当強いですけど、問題は使役魔術サモンによる眷属の大群だったりします……んですけど、いないです、よね?」


 ドラゴンが使役するのは、近隣の野生動物だったり、属性の似た魔物だったりする。確かにこの辺りはあまり動物はいないのだが、ワームや巨人族など召喚して使役すれば問題ないはずだ。が、なぜかそれらがいる気配が全く無い。


「孤独を愛する孤高のドラゴン、なんですかねぇ?」

「そんなのがいるのか?」

「『紋章の戦記』や『カオスティックマキナ―気になる転校生―』に出てくるドラゴンは、あとあと主人公の仲間になりますが、それまでは孤独を愛する孤高の存在です」


「そうか……ん? それってフィクションじゃなかったか?」

「フィクションにも、一定の事実が含まれていると思いませんか? 思いたくはないですか? 思っていた方が心が豊かになりませんか?」


 ヤバい、情報の信頼性が揺らいでいく。

 しかし、前半のは間違ってないわけで、こっちで情報を精査するしかないか。


 十分に警戒しながら徐々に近付いていく。ドラゴンがこちらに気付いていないとは思わないが、とくに反応はない。

 そのうち、ドラゴンとの距離百メートルの所まで来てしまった。


 オレはドラゴンの正面。メラルドはもう少し離れた距離で、ドラゴンの周りを旋回している。ミズキはまだ後ろで待機。いつでも飛び出せるよう待ちかまえている。


 オレはポーチから拡声器(学校で先生が使うような、ラッパ型のアレだ)を取り出し、ドラゴンに向けて話しかけた。


「あー、あー。わたしの名はクロス。危害を加える気はない。どうか、話を聞かせてもらえないだろうか?」


 しばらく待ってみたが、返事はない。言葉が通じないってことはないはずなんだけど。というか、反応がなにもない。視線もどこか虚空を見ているかのように定まっていないようだ。


「クロスのコミュニケーション能力に、問題があるのでは?」


 アマリンの声。うるせーよ。


「大丈夫、クロスなら出来るよ。孤独を愛する者同士、きっとうまくいくって」


 ミズキのはげましが追い討ちをかける。どうせ友達は少ないよ!

 もう一度話しかけようとしたとき、不意に何かが伝わってきた。


『……させぬ……。我が意思……』


 なんだ? 音ではない、ドラゴンの思考が直接伝わっているのか?


『……操るなど……。……力はまだ……させぬ』


 なんだろう? いまいち鮮明に聞こえないうえ、会話になりそうにもないな。


「クロス!」


 急に聞き慣れない声がした。誰だ? と思ったが思い出した、メラルドの声だ。


「こっちへ来てくれ」


 メラルドはちょうどドラゴンの後ろ側の方にいた。さすがにドラゴンとすれ違うように真横を通るのは怖いので、大きく回り込むようにしてメラルドに近付く。


「アレを見ろ」


 メラルドがワイバーンの上で指差す方向を見る。それはドラゴンの後頭部の辺り、トゲなのかツノなのか、硬そうなトゲトゲがたくさん生えている辺りの下の方。その一本から青い光が放たれていた。


 その光は、まさか。


「このドラゴンは、『投影体シャドウ』だ」


 メラルドが告げた。

 まさか、ドラゴンを使役する術者など、それこそお伽噺か英雄譚にしか出てこない。歴史上では、ドラゴンライダーが存在しないわけではないが、それもドラゴン本人と直接話し合い、時に力を試され、認められて初めて同志として共闘するのだ。人間が一方的にドラゴンを支配することは、普通に考えて不可能だ。


「確かに『竜騎士王の華々しき日々』でもドラゴンは相棒であって使役はしてないですね。あ、でも『暴虐の魔王―お前らのモノは俺のもの―』だと無理矢理支配してました」


 それもフィクションですね、はい。

 しかし、それで可能性を一つ思いついた。

 普通に考えたら、人間が圧倒的な力量差のあるドラゴンを使役するのは無理だ。だが、その力量差を無理矢理縮めてしまえばどうだ?


 例えば、『無限の魔力』を使って。

 もちろん、オレではない。だが、それを擬似的に得る方法がある。


 紅玉カレンの無限の回復力を使うのだ。


 魔力は尽きても、体力根性で補うことが出来る。


 魔法王自身は放出魔術師ウィザードだが、優秀な使役魔術師サマナーを探し出すくらいはなんとでもなる。その使役魔術師サマナーに根性でもってドラゴンを操らせているのだとすれば、辻褄は合う。


 強大な抵抗力で遥か彼方に現れたドラゴンを王国まで誘導しているとすれば、いくつもの村や町、そして国を越えた先。このドラゴンが進む先には確かに王国があるのだ。


 もしこの考えが当たっているなら、魔法王は使役魔術師に、すでにどれだけの期間を不眠不休で魔術を行使させているのだろうか。考えるだに怖ろしい。


「ドラゴンが『投影体』だと判明したことで、懸念が一つ無くなったな」


 オレは全員に宣言する。


「これで、心おきなくぶっ殺せるぞ」


 『投影体』は、術が切れれば自然と消えてしまうのだ。本物のドラゴンではない。遠慮することは無くなった。


「そっちですか? 確かに『投影体』は使役魔術サモンが使えないので、眷属の心配がなくなり討伐しやすくはなるでしょうが」


 シャールが口を挟んでくる。それでもまだ、オレ達がドラゴンと対等に戦えるとは思っていないようだ。だが、オレは十分勝算はあると思っている。特に、使役魔術に抵抗することに集中力のほとんどを奪われていて、意識が朦朧としているといってもいいような状態ならなおさらだ。


「話し合いは無駄だとわかった。これから実力行使に移るぞ」

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