第17話  それは万物の頂点なる(さあ出発だ)

 町長との契約(ちゃんと書面にした。失敗時の違約金も書かされたが)からすでに四日、オレ達は旅路の途中……ではなく、まだ町の中にいた。


 オレは四日間をかけて対ドラゴン用の準備をすすめた。付与魔術師エンチャンターは準備が全てだ。正直、四日程度では全く足りないが、契約上これが限界だった。


「もうすでに予定の移動期間の半分が過ぎていますよ。単純に計算しても二倍の速さ、途中休憩や野営のことも考えると、三倍に近い速さがなければ間に合いません。どんな早馬でも無理だと思いますが、あてはあるのですよね?」


 出発のための待ち合わせ場所へと向かう道すがら、シャールが相変わらず演技がかった調子で言う。


「もちろん。むしろ一日分、到着してから英気を養う時間もとれると思うぜ」


 契約の前に完成していて良かった、あの飛竜革ジャン。

 当然、オレは空を飛んでいくつもりだった。


 問題は、四人と荷物が乗せられる入れ物だ。オレとしては、みんなを一列に紐でくくってそれをぶら下げながら飛んでも良いんだけど、それはさすがに駄目だろう。

 結局は、気球のゴンドラのようなモノになった。その底に重力遮断器を取り付けて重さを軽減する。それをオレが引っ張り上げるのだ。


 出発予定の場所、別にどこでもいいんだけど、なるべく人目につかず、それなりに広いところということで、以前依頼を受けた神社の敷地の一角に集まることにしていた。そこにオレを含む四人のメンバーと、同乗者の一人が揃った。


 こっちは全員、黒い飛竜革ジャンを着ている。おそろいではあるが、細かいデザインは違う。


 背が高くガタイのいいメラルドは、その体格のよさを生かす、スタイリッシュなデザインだ。正直メチャメチャ似合っている。


 ミズキも体のラインが強調されるデザインだ。革はあまり伸び縮みしないので、体格に合うように胸元よりも腰のところの方が絞ってある。そのためにいろいろ強調されているわけで、ミズキって意外と……。いや、これ以上細かいことは言うまい。とにかく、ヤフィさんの作品はいい仕事をしている。これに尽きる。


 対してアマリンは、ふくよかな体を締め付けないよう少し余裕をもった作りになっている。そしてなぜか、オレの黒マントを奪って羽織り、フードまでしっかり被っている。実益も含め、黒マントの良さに目覚めたのかとも思ったが、多分、着慣れない革ジャンが恥ずかしくて顔を隠しているんだろう。


 シャールはいつもの服装だ。


「みんな、準備はいいか」

「もちろん! やる気と気合いはバッチリよ!」


 ミズキが張り切っている。ただ、やる気と気合いはドラゴンに通じない。多分。


 その後ろでメラルドが頷いている。喋れるんだから、喋ってもいいのよ? 彼は細長い箱を持っていた。まさか楽器とかじゃないよね? その格好で「インディーズバンドやってるんで」とかいわれたら、疑うことなく「だよね」って言っちゃう。


 アマリンは珍しく黙っている。よく見ると、震えているのだろうか、小刻みに体が揺れている。普段は能天気なアマリンも、ドラゴンと対決に行くとなれば、さすがに恐怖に身を震わせているのだろう。


「クロスさん、本当にドラゴンに会いに行くのですね?」

「そうだな。町長の話が嘘じゃなければな」


 アマリンは、フードをとって顔を見せる。


「楽しみですね! だってドラゴンですよドラゴン! わたし初めてなんです、生ドラゴン!」


 その顔は超笑顔だった。震えてたのは、興奮が抑えられなかったのか。

 いやいや、そんな観光みたいな気楽なものじゃないからね?


 ともかく、全員揃って、いざ出発の時。まずはデモンストレーションで、飛翔魔術を発動してみる。


 革ジャンの背中の魔力回路に魔力を流すと、亀裂のようなワイバーンの防風の魔術の魔法陣が中空に浮かび上がる。それは大雑把なようで、かなり繊細な構成。まるで東洋の『龍』を彷彿とさせる。そしてその両側にグリフォンの羽根の魔術、翼の形の飛翔の魔法陣が大きく広がる。


魔術付与エンチャント起動開始スタートアップ……』


 この時、重大な問題に気付いた。


 しまった! 大切なことを忘れていた!


 この魔術の名前を考えてなかった!


 このタイミングで長い時間考えていられないぞ。何かないか?


 鷲獅子の舞グリフォンダンスはなんかもう違う感じがするし、かといって飛竜の加護ワイバーンブレスなんてそのまま過ぎてなんかやだ。


 呪文の内容は何でもいいので、今回はごまかして後で考えてもいいんだけど、初回だからこそキチッとしたい。


 そのとき、背後から声が聞こえた。


「翼のある……蛇?」


 それだ!! ありがとう声の人(多分シャール)!!


魔術付与エンチャント起動開始スタートアップ羽毛ある蛇神ケツアルカトル!』


 地球のとある神話に登場する、ケツァルコアトルとも呼ばれる善き神の名だ。声に出したときの語感から、ケツアルカトルに決定だ!


 風の結界がオレの体を包み、それごと徐々に宙に浮く。

 結界の外側に暴風が吹き荒れているのを見て、慌てて結界の威力を弱める。そのうえで、結界の範囲を広げていく。


 問題なさそうだな。一度魔術を解除して地面に降りる。


「さあみんな、乗って乗って」


 オレが促すと、みんながゴンドラの中に乗り込む。ミズキは身軽に、メラルドは普通に、アマリンはそのメラルドに補助してもらいながらなんとか。


 シャールだけ、あきれたような落胆したような、がっかりした表情をしていた。


「飛んで行くつもりなんですか? 本気で? 特別に訓練された飛行術師でも、半日ももちませんよ。普通の人なら一時間で力尽きます」


 この場で依頼の失敗を宣言しそうな勢いだったので、慌てて背中を押す。


「やってみないとわかんないだろ。ものは試しってさ」


 そのまま彼をゴンドラに押し込む。


 ゴンドラの中は、中心に荷物をまとめて置き、ゴンドラの内側の壁に背中をつけるように椅子が固定されている。そこに座らせて、ベルトで体を固定する。もちろん、荷物も固定されている。座った顔の横の部分は、外が見えるようになっている。せっかくだから開けてもらったのだ。


 全員の準備ができたところで、そのゴンドラを吊すロープを、オレの腰に巻いた専用のベルトに固定する。簡単に外れないことを確認して、今度はゴンドラの下の重力遮断器を起動する。ゴンドラの中から驚く声が聞こえるが、気にしてもしょうがないので無視する。


 そして、改めて呪文を唱える。


魔術付与エンチャント起動開始スタートアップ羽毛ある蛇神ケツアルカトル!』


 防風の結界がオレ達を包み、飛翔魔術が体を浮かせる。

 そのままロープの長さ分上昇すると、続いてゴンドラが浮く。


 重力遮断器は、重力をゼロやマイナスにすることは出来ないが、最大千分の一まで重量を軽減することが出来る。今もゴンドラ全体が数キログラムくらいになっている。グリフォンの飛翔魔術にとっては、誤差程度の負荷だ。


 そのまま、飛翔の障害になるものが無い程度の高度まで上昇する。周りを見回し、目的の方角を確認する。


 ゴンドラからは、主に女性陣の歓声が聞こえる。ゴンドラの中のメンバーを一人ずつ確認するが、今のところ問題はなさそうだ。高いところが苦手でなくて良かった。シャールだけはなぜかこっちを睨むレベルで見つめているが。


「気分が悪くなったら言ってくれ。休憩にするから」

「はーい」


 ミズキが代表で返事をする。反対意見がでないことを確認して、オレは目的地に向かって加速した。


 背後の、亀裂のようなワイバーンの魔法陣から、赤い残光の尾を引きながら、オレ達は旅立った。



 一時間後、とある問題が起きた。

 シャールが言っていた、魔術の限界がきた、わけではない。しかし、ことはある意味深刻だ。


 飽きたのだ。オレが。単純な飛翔に。


 最初こそ、効率の良い魔術のパワーバランスや姿勢制御の調整をしたり、景色を眺めて感動もしていたが、いい感じの安定した速度を維持するだけになり、景色もたいして変わり映えしないとなると、余裕が出てきた分、暇になった。


 ゴンドラの中では、相変わらず女性陣が鳥が飛んでるだの山が見えたのだのキャッキャ言いながらはしゃいでいる。


 あっちも余裕がありそうだな。


 せっかくだから、アクロバット飛行の練習でもするか。飛行戦闘の練習もしたいし。


「ちょっといろんな飛び方してみるから、気をつけて」


 それだけ声をかけて、オレは急に速度を上げる。防風の魔術の結界のおかげで、どんな速度でも全くの無風状態だ。


 オレの後ろに飛行機雲のように残る残光は、五秒くらいで消えるのだが、まずはそれを使って空中に五芒星、いわゆる星印を書いてみよう。縦向き横向き。他にも、ジグザグ、螺旋、急上昇急降下、試したいことはいくらでもある。


 その後はそのまま移動と練習を繰り返しながら進み、休憩や夜営を挟んで目的地まであと少しの草原にたどり着いたのは、期日の前日だった。


 明日にはドラゴンと対峙することになる。


 逆に言えば、それまではまだ余裕があるってことだ。


 他のメンバーは、女性二人は問題なく歩きながら話している。メラルドもしっかり立っていて、少なくとも外見からは具合が悪そうには見えない。


 シャールだけが、足腰が立たなくなったのか、地面に四つん這いになって荒い呼吸を整えている。

 さすがにちょっと心配になってきた。


「テント出しますから、休んでていいですよ」


 組み立て式のテントと、ついでに酔い止めの薬と水を取り出し、つぶれたカエルみたいなうめき声(実際に聞いたことはないけど)をあげるシャールに渡す。


 シャールはうなずくだけで受け取ったそれを飲み、パパッと開いたテントに這うように潜り込んだ。


 まだ昼過ぎだ。このあとは簡単に昼食をとり、日のあるうちはみんなで明日のための作戦会議と打ち合わせ、そして実践練習だ。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る