第16話  それは万物の頂点なる(理不尽な依頼)

 岩ばかりの山肌に、低木がわずかばかり点在している。町から離れ、標高の高さもあってか、少し肌寒い。空は曇っているが、雨が降るほどではない。見渡す限りモノクロの風景が広がり、その中にあってひときわ存在感を放つものがあった。


「あれが……ドラゴン……」


 そう、ドラゴンだ。


まだ二キロメートルは離れているはずだが、その細部が確認できるほどに大きく、その迫力だけで逃げ出したくなるほどの威圧感があった。


「本当にあれをどうにかするの?」


 ミズキも途方に暮れたように呟くだけだった。


「どうにかしなくても、足止めで良いのですよ」


 青年が気楽そうに言う。

 その後ろでアマリンが珍しく無言で、食い入るように見ている。メラルドもその隣で固く口を結んでいる。あ、こいつはいつもそうだったわ。

 オレは視線はドラゴンに向けたまま、案内兼見届け役の青年に言う。


「足止めって簡単に言うけどさ、具体的にはどうするんだ? 落とし穴でも掘るか?」

「その辺りはおまかせしますよ。わたくしは見届けるだけですので」


 案内兼見届け役の青年、シャールは肩をすくめながら言う。

 ザ・旅人の服といった格好の若い男で、ミスリル鉱山から出たときに小屋で出会ったあの男だ。そして今はオレ達が受けた指令の案内役であり、監視役だ。


「ざけんなよ……まったく」


 オレは呟いて、昨日考えた作戦を実行するため、ウエストポーチに手を突っ込んだ。



~~~


それは一週間前のことだった。

 ミスリル鉱山のドタバタからは三日たっている。魔術師組合ギルドでのアリ、ハチ駆除関係のやりとりでクタクタになったあと、商工組合ギルドでワイバーンの買取報酬でホックホクになっていた(想像以上の額だった。一軒家が建つくらい)ときだった。


「おいクロス、ちょうどいいところで会ったな」


 ヤフィさんと偶然出会った。


「頼まれてた例のヤツ、完成したぞ」

「もう!? マジか、早いな!」


 オレはヤフィさんについて工房まで行く。工房では、ヤフィさんの弟子の人たちだろうか、十人近くの人々がいろんなものを作っていた。結構忙しそうだ。メラルドは……ちょっと見当たらないな。


「もうすぐ都市の方で武道大会があるからな、武具の注文が詰まってるんだ」


 そう言いながらヤフィさんは一着の上着を取り出す。


「会心の出来だぞ。素材がいいから性能も最高品質だ」


 ヤフィさんからそれを受け取る。


 それは一見ただの革ジャンだった。黒くマットな色合いで、模様はあまり目立たないが、爬虫類系のもの。ワイバーンの革だ。


「使用用途からしたらフライトジャケットの方が良かったかもしれんが、動きやすさを考えたら結局ライダースジャケットのデザインになった」


 ヤフィさんの説明を聞きながら、いろんな方向から見てみる。肌触りは柔軟だが、生地の質や作りがしっかりしていて、その頑丈さがうかがえる。

 そして、背中側だ。そこには縦に亀裂のような紋様と、その左右に鳥のような羽根が貼り付けてあった。グリフォンの羽根だ。


「注文通りだろ。なかなか手強い素材だったが、調整は完璧だ。すぐにでも使えるぞ」


 デザインもそうだが、そこに組み込まれた魔力回路が複雑だが芸術的だった。


 『ワイバーンの防風』の魔術と『グリフォンの飛翔』の魔術が、見事に融合している。


「お、おぉ……」


 ちょっと感動で言葉が出なかった。

 オレはヤフィさんに向き直って、その手を握った。


「あ、あ……ありがとうございます!」

「よせやい。まあ、喜んでもらえたんならなによりだ。あと、人数分の飛竜革ジャンもあるから、それも持っていきな」


 そこには、メンバーの体格に合わせたサイズの革ジャンが三着あった。さすがにそれらには飛翔魔術は組み込まれていないが、そんじょそこらの鎧よりもよほど頑丈なはずだ。

 それも合わせて代金を払い(新車が買えるくらい)、ウキウキワクワクで工房を出る。


 早くみんなに見せたくて、足取りが急いでしまう。あぶなく、町中でスキップしてしまいそうだった。黒マント黒フードの黒ずくめなやつが、新しい買い物袋を抱えてスキップなんてしていたら、チンピラやヤンキーに目をつけられて路地裏に連れ込まれるに決まっているのだ。


 そんな益体も無いことを考えながら歩いていると、前方から馬車がやってくる。この世界にも自動車はないことはないのだが、ガソリンは一般に普及していないため、魔術で動く内燃機関エンジンやその他の機械になると調整が難しく、大量生産はまだまだ先のことだろう。なので大人数や長距離の移動で使われるのは、基本は馬車だ。


 その馬車が明らかにオレに向かって進んで来るので、いざとなったら避けられるように、立ち止まって身構えた。


 馬車は、すぐ目の前で止まった。

 御者が中の人に話しかけると、扉が開いて中が見えた。

 中には、オレが今まさに会いに行こうとしていた面々がそろっていた。なんだかうかない、というか戸惑っているような顔だ。

 その他に知らないおじさんが一人。その人が馬車から降りてきて、オレに話しかける。


「君が、クロス君かな。ちょうどよかった、君を迎えに行っているところだったんだ」


 おじさんは、丁寧に説明しているようだが、明らかにオレや仲間を見下して、提案という名の強制を仕掛けていた。


「町長から、君達をご指名で緊急の召集があった。すぐに町長のもとまで来ていただきたい」



「よく来てくれたね、どうぞ、かけたまえ」


 町長が、オレ達にソファーをすすめる。

 ここは役場の応接室だ。内装は質素な方だろう、あまり飾り気はなく、事務的な雰囲気の方が大きい。


 ミズキ、メラルド、アマリンがソファに座るが、オレは扉の脇で壁に背をあずける。出口付近を確保する意味もあるけど、そっちの方がさまになるだろ?

 町長はテーブルを挟んでミズキ達の正面に座り、話し始めた。


「君たちの噂は前から聞いていたよ。最近は殺人蜂キラービーの巣を発見して、その場で女王を倒したんだって? しかもその少し前には、ワイバーンを単独パーティーで討伐したってな。信じられないが、実際に死体を回収したってことなら、信じざるをえない。しかもそれが、町をよくするための……あー、ボランティアだって話じゃないか」


 テロ活動って言おうとしたな。自称だけど。実際は政治的ライバルってところだ。いや、実際勝負になるほどの支持の差があるのかどうかわからないけど。


 アマリンが少しオレの方を振り返る。オレは反応しない。メラルドはミズキを横目に見ていて、そのミズキは真っ直ぐ町長を見ている。

町長は続ける。


「そこでだ、君たちに重要な依頼があるんだ。受けてもらえるかな?」

「内容によりますが、できる限り協力したいとは思っています」


 ミズキが珍しく真面目に受け答えしている。


「うん、ただ、依頼を受けようと受けまいと、これからここで聞く話は、一切口外しないと約束してもらえるかな。民衆を無駄に不安にさせたくはないんだ」


 民衆が不安になるほどの脅威? なんだ?


「君たちの腕前を見込んで、その不安の元をしばらく足止めしてもらいたいんだ。というのもね、すでに国に討伐のための軍隊の出動要請は出してあるし、名のあるパーティーの協力も手筈してあるんだが、どうしても三日ほど間に合わなくなりそうなんだ。だから、三日、たった三日だけ、それの進行を遅らせてほしいんだ。もちろん、報酬はそれなりのものを用意している」


 提示された報酬は豪邸が建てられるほどの金額だった。普通、一回の依頼で払われる額ではない。だが、いまだ依頼内容がはっきりしない。重要なところを言わない、もったいぶった言い方にそろそろイラついてきた。ミズキもそうだったのだろう、少し口調が強くなっていた。


「それで、その対象はいったいなんなのですか?」


 町長の口の端が、緩く上がる。


「ドラゴンだよ。ドラゴンがこの町に向かって来ているんだ」

「ドッ……!」


 セリフに詰まったのはアマリンだ。驚きに身を固くしている。


 町長……コイツ、オレ達をはめる気だ。


 普通こんな理不尽な依頼は受けない。単独パーティーでドラゴンと対峙すれば、普通に考えて死ぬからだ。オレ達が依頼を断れば、問題が解決したあとそのことを町民を見捨てた噂として広めるつもりなんだろう。民衆の支持が集まれば、今の地位は安泰だ。


 もし依頼を受ければどうなるか。選択肢は二つ。


死ぬ前に逃げ出して依頼に失敗するか。


そのまま死ぬかだ。


成功などするはずがない。報酬は払う必要がないのだから、いくらでも高額のものが提示できるわけだ。

 軍隊の到着は、実際には十分余裕があるのだろう。足止めが失敗したら町に被害がでる、といった切迫した状況なら、確実性の低い依頼を悠長にすすめてなんてないだろう。この依頼そのものは本来必要ないもの、ただのオレ達への嫌がらせなのだ。


「……ふぅ」


 ミズキが、大きく深呼吸する。そして答えた。


「良いですよ。引き受けます」


 その声は、強張っても強がってもなく、自然体だった。なんなら、少し微笑んでいるくらいだ。

 町長が、さらにいやらしい笑みを浮かべる。


「そうかそうか、では早速……」

「しかし、条件があります」


 ミズキが遮る。町長の表情が少し歪む。


「条件……とは?」

「クロス」


 ミズキは真っ直ぐ町長を見つめたまま、オレに話を振る。丸投げかよ。


「報酬が全然足りない。少なくともその三倍は必要だ。それとは別に、それぞれ一人ずつ要求を叶えてもらいたい」


 町長の表情がわかりやすく歪む。その口が開く前に続ける。


「前金は必要ない。全部成功報酬でいい。各自の要求も、そのときまでに決めておく」

「ふん、いいだろう」


 どうせ払う必要のない報酬だと考えているのだ。前金なしなら痛む懐はない。


「その代わり、案内兼見届け役の者をつけさせてもらう。依頼期間中は必ず一緒にいるようにしてもらいたい」


 そう言って奥の部屋へ声をかける。そこから出て来たのは、見たことのある青年だった。ザ・旅人の服といった格好の男だ。


「こちらはシャ」

「シャールといいます。奇遇ですね、また会うことがあるとは思いませんでした」


 町長のセリフを奪った男、シャールは、ミスリル鉱山の小屋で出会った、あの男だった。

 なぜか仲の良さそうなその様子に、町長がイラついたように言う。


「期限は十日! ここからドラゴンのところまで馬車でも一週間はかかる。三日間の足止めをするなら出発は今日だ! 今すぐ行け! 早く!」

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