第15話 離脱、それから

「はぁ、はぁ、はぁ……」


 オレ達はやっとのことで、作戦会議をしていたあの小屋まで戻っていた。

 オレは椅子に座って荒い呼吸を整えている。紅玉が奪われてカレンと離れてからというもの、持久力のなさを痛感することが多い。鍛えてはいるのだが、生まれて十年以上のブランクというのは、なかなか取り戻すことができない。


「よくもまあ、無事に戻って来れたもんだ」


 ヤフィさんが椅子に倒れ込むように座って、手で顔をパタパタあおぎながら言う。


「もうやだ、しばらく虫は見たくない」


 座ってテーブルに突っ伏したミズキが、珍しく弱気になっている。


 アマリンは長椅子に横になって動かない。オレの黒マントがところどころ汚れている。さすがにフォローが間に合わず、何度かアリやハチの攻撃を受けていた。が、実質的なダメージは無いはずだ。黒マントの防御力はただのハチ程度でどうにかなるものじゃない。ただ、あまりの疲労に声も出ないようだ。


 あのあと、オレ達は目的のものを見つけた。思ったより大量のミスリル鉱石が残っていたので、質の良さそうなものから急いでポーチに放り込んだ。時間がないからほとんどただの勘だけど。

 いくつかは普通のポケットやヤフィさんの背負い袋に詰め込み、質のよくなさそうなものは多少その場に残しておいた。


 あとは脱出するだけだった。


 まあ、だけ、とはいっても、文字通りハチの巣をつついた状態の坑道を通り抜けて脱出するのは大変だった。誰も大怪我をしなかったのは奇跡に近い。

 単純に力押しで強引に突破しただけだが、ほとんどずっと戦闘しながら全力疾走で駆け抜けたため、体力が限界だ。しばらく休もう。どうせまだ小屋の外ではアリやハチが乱舞している。なんならここで一泊しても良いかもしれない。


 そんなことを考えていたとき、不意に外から人の声が聞こえてきた。半分悲鳴のような声だ。


 そしていきなり扉を開けて人が入ってきた。


 入ってきた人は、中に人がいるとは思っていなかったのかビックリしていたが、「あたまあたま!」というミズキの声で、頭にくっついていたハチに気づき、それをガッと掴んで外にブンッて投げてバンッて扉を閉めた。


「これはこれはお邪魔します。まさか人がいるとは思わず、失礼しました。外がアレなもので、しばらく避難させていただけるとありがたいのですが」


 まだ若い男だ。オーソドックスな、ザ・旅人の服といった服装で、逆に旅人にしては小さな背負いカバンを持っている。第一印象では悪い人には見えないが、なんとなく言動が芝居がかっているのが気になるといえば気になる。


「どうぞー。あたし達も勝手に使わしてもらってるだけだから」


 ミズキが応じる。


「それにしても、この虫の群れは一体何事ですか? 殺人蜂キラービーの一種でしょう? 町では特に何も聞きませんでしたが、状況は把握しているのでしょうか?」

「あー、多分、あたし達が最初の発見者ね。魔術師組合ギルドにはちょっと休んでから行こうと思ってたとこ」


 こういう被害のでるようなトラブルは、魔術師組合ギルドの管轄だ。魔術師の戦闘能力はこういった荒事に向いているからだ。

 ちなみに、いわゆる『冒険者組合ギルド』というものは無い。なぜなら、冒険者が組合を作るほど多くないからだ。冒険者の仕事だけで生活していくのは、この世界では難しい。冒険者は基本的に何らかの魔術師だし、魔術師組合がその辺の仕事の斡旋も請け負っているのだ。


「ではまだ何も対応されていないと? なら急がなければ、時間がたつほど対応が難しくなります」

「それは多分大丈夫。もう女王やっつけたから」

「え?」


 ミズキのセリフに驚き、男の動きが止まる。


「女王バチを? この人数で?」


 オレはこっそり取り出しておいた女王バチの翅を、持ち上げて見せた。長さ三メートルにもなる翅だ。証拠として十分。


「まさか本当に……。いや、無事だからよかったようなものの、なんでそんな無茶を……。もしや、犠牲者が、おられるのですか?」

「ううん、いないよ。全員無事。最初はねー、まさか中にハチがいるとは思ってなかったんだよねー」


 ミズキが、ここに至った経緯を説明する。

 オレとヤフィさんのやりとり口裏合わせが功を奏し、ジャイアントワームを覚悟してから女王バチを駆除するまでの状況説明に不審なところはない。はずだ。


「ところで、あなたはここに何の用で?」


 今度はオレが質問する。


「僕は、腕試しもかねてジャイアントワームがどうにか出来ないかと思って。ついでにミスリルがあれば、なお良しかなと」


 まあ、ここに来るヤツの目的はそれしかないよな。でもそれにしては、武器らしい物を持ってないな。放出魔術師ウィザード肉体強化師エンハンサーなのだろうか? どっちにしても、一人でジャイアントワームをどうにかしようとするなんて、考えが甘々か相当な実力者かのどっちかだな。


「アリが集めてたミスリル鉱石はもう、あまり質の良くなさそうなのが少ししか残ってないぞ」


 オレはポケットから取り出した、野球のボールくらいの石をテーブルに置いて見せ、ヤフィさんの背負い袋を指差す。

 これで、『なんとか持ち出せたミスリルはこれだけ』って印象が作れたはずだ。別にポーチの中の大量のミスリルも、正当な報酬なんだからバレても問題はないんだけど、あまり多く独占すると後々面倒になったりするからね。


「そうですか。どうやら、一足遅かったってやつみたいですね」


 男はオレ達を改めて見回しながら続ける。


「でしたら、組合ギルドには僕が報告しておきます。残ったハチの駆除は早いにこしたことはないですし、それには人数が必要です。でも皆さんはまだお疲れのようですから。安心してください、手柄を横取りなんてしませんよ。皆さんの代表の方のお名前を教えていただけますか?」


 オレがミズキを見ると、ミズキが片手を挙げた。


「ミズキ・ウォルターよ」

「ミズキさんですね、わかりました。では僕は早速行ってきますね」


 そう言って片手を挙げて挨拶すると、男はそのまま小屋を出て行った。


「あ、ちょっと待って」


 オレはそのあとを追った。外はまだハチが飛び回っていて危ないし、せめて名前くらい聞いておかないと、組合ギルドで話しにくい。

 そう思って扉を開けて出たが、そこにはもう男の姿はなかった。

 森へ続く道は結構遠くまで見通せるが、そこには誰もいない。小屋の周りを回って、念のため坑道の方も見てみたが、そっちも誰もいない。寄ってきたハチを叩き落として、しょうがなく小屋へ戻る。

 みんなの視線に、肩をすくめて応える。さすがに男自体が幻だったなんてことは無いだろうから、ものすごい速さで走ったか、透明化したか。まさか超希少魔術の瞬間移動テレポートの使い手だったりして? まさかね。


 オレは再び椅子に座る。そういえば飲み物があったなと、ポーチから水筒とコップを取り出してみんなに配る。


「あれ? さっきイケメンの気配がしたんだけど、気のせい?」


 起きたアマリンが小屋の中を見回す。さっきの男のことか?


「幻と消えたよ」

「『もう帰った』ってことですね」


 なんだろう、冷静に訳されると疎外感を感じる。


そんなこんなで休んでいて、ふと思いついたことをヤフィさんに聞いてみる。


「ヤフィさんに製作を依頼したいものがあるんですけど、お願いってできますか?」


 最高傑作を作って引退するというヤフィさんが、改めて依頼を受けてくれるかわからなかった。本当は自分で作ろうと思っていたのだけど、ヤフィさんの作品を見て確信したのだ。ぜひこの人に作ってもらいたいと。


「お、いいぞ。引退したからって別に二度と製作をしないってわけじゃないからな。趣味程度には作るだろうし、むしろ仕事にならんようなものこそ、気に入ったら作ってやるぞ」


 特に今回は世話になったしな、と笑顔で応える。

 じゃあこれこれこういうモノを……と、ポーチから素材を取り出して見せながら説明する。

 ヤフィさんの目が輝く。興味を持ってもらえたようだ。


 その日は結局その小屋で一泊し、翌朝早くに帰ることになったのだった。

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