第8話 飛竜(その後)

「かんぱーい!」


 次の日、アマリンの実家の酒場での打ち上げだ。メンバーはミズキ、メラルドに、ヌーチェさん。そして今日は手が空いているらしいアマリンだ。


 ワイバーンは、とりあえず自分たちで使う分の素材だけ剥ぎ取って、残りは商業組合ギルドを通して回収と買取の依頼を出してきた。魔獣の素材は魔道具の材料や魔術の触媒として有効なものが多い。特に今回のワイバーンは強力な個体だった。回収の依頼と手数料を引いても、買取額は相当なものになるはずだ。


「やー、助かったよ。一時はどうなることかと思っとったが」


 ヌーチェさんも安心したようだ。


「ほとんどクロスがやっつけちゃったんだよ! さすが、あたしが見込んだだけのことははあるね!」


 オレを誉めているようで、自分を誉めるミズキ。


「まさか本当にワイバーンやっつけるとはな。しょうがないからそろそろ軍にでも相談しようか思っとったとこだが」


 ヌーチェさんは本心で感心しているようだ。

 っていうか、よく考えたらヌーチェさんワイバーンのこと知ってるじゃん! 一般的にも知名度十分じゃん!


「ぐっふっふ、期待の新人には今後も期待だね!」


 ミズキは酔っているのか、変な言葉になっている。

 そこへ、扉を開けて誰かが入ってきた。


「お、やってるな」


 その人は、まるでドワーフが大きくなったような、髭モジャで筋肉の塊のようなおじいさんだった。


「師匠……」


 メラルドが驚いて声をあげる。


「あれ、ヤフィじいちゃんどうしたの?」


 ミズキが手を振りながら声をかけた。

 あれ? なんだか既視感。


「お主らが強敵を倒したと聞いてな。おめでとう」


 ありがとーとミズキはこたえる。ヤフィと呼ばれたおじいさんは、親しげにミズキに話しかけている。


「彼が、新しいメンバーかな」


 オレはフードの中から視線を送ると、小さく頷く。


「クロスだよ。見かけによらず、ちょー強いんだから」


 ミズキがオレの頭を抱えるようにして紹介する。いきなり近い近い。酔ってんのか?


「クロス、こっちはヤフィさん。メラルドの仕事のお師匠さんだよ」


 仕事? 師匠? なるほど、そう言われれば髭モジャなところや筋肉なところが似てるな。仕事柄だったのか。

 いやいや、髭と筋肉が必要な仕事ってなんだよ。


「ところでな、そんなちょー強い君らに、一つ依頼があるんだが」

「いいよ。任せて」


 既視感再び!


「ちょっと待て! だから内容をよく確認してちゃんと考えてから受けろよ!」


 思わず突っ込む。


「大丈夫だよ。ヤフィじいちゃんは無茶なことは言わないよ」


 その信頼関係は素晴らしいですがね? ワイバーンを討伐した話を聞いてきた人が、半端な依頼するとは思えないぞ?

 当のヤフィさんは軽く苦笑している。


「無茶かどうかは、話を聞いてから判断してくれ」


 まだ常識的な人のようだ。


「実はな、ワシもそろそろこの歳だ。有望な弟子も何人かいることだし、引退を考えておるんだ」


 メラルドがビックリした顔をしている。


「それでな、最後に一つ、ワシの全力をかけた作品を作りたいんだ」


 作品? 芸術家か何かなのか?


「ただ、そのための材料を集めようと思うと、買うにしては高価すぎるんだ。だから自分で採掘に行こうと思ったんだが、そのためには護衛が必要でな」

「わかったよ。じゃあいつにもが」


 オレはミズキの口を手でふさぐ。まだ結論はえーよ。目的地も危険の内容もまだだろ。


「どこで、何を採るんだ?」

「北の山の、今では廃坑になった鉱山でな」

「え? あんたら鍛冶師なのか?」


 オレはヤフィさんとメラルドを見た。確かにそう聞くとそれっぽい感じがしてくる。


「ヤフィじいちゃんはなんでも作るんだよ」


 オレの手を引き剥がしたミズキが言う。


「刃物もそうだし、防具や小物、衣類から日用品からインテリアやアクセサリーまでなんでも」


 それが本当ならすごいな。


「で、そのヤフィじいちゃんブランドの名前が『おひげのクマちゃん工房ふぁくとりー』。略して『ひげクマ』」


 名前ファンシーだな!


「今回は、どうしても前から作りたかったものがあってな、その材料が欲しいんだ」

「何を作るの?」

「男なら一度は夢見るロマンアイテム」


 ヤフィさんは子供のような笑みで答える。


「『大業物級 第一種』相当の『魔剣』だよ」


 それは、英雄譚に登場するレベルの力を持った魔道具のこと。


「じゃあ北の廃坑で採ってくるものって」

「そう、ミスリルだ」

「引き受けた!」


 オレは思わず言ってしまった。オレも新しい魔道具を作るために、ミスリルが欲しかったんだ。渡りに船。


「ん? でも廃坑?」


 オレの疑問には、アマリンが答えてくれた。


「そのミスリル鉱山はね、魔物が住み着いちゃったから一時放棄されたんですよ」


 アマリンはワイン片手にソーセージをつまんでいる。


「なんだと思います? 当てられたら、いいこいいこしてあげますよ」


 いらんわそんなん。でもミスリル鉱山に住み着く魔物って言えば。


「まさかジャイアントワーム?」

「いいこいいこー」


 伸ばされた手をオレは避ける。


 ジャイアントワーム。簡単に言えばでっかいミミズだ。ただ、その大きさは最大で馬でも軽く飲み込むほどにもなる。魔物の強さとしては、実はそれほど怖いものではない。ただ厄介なのが、当たり前だが地下に住んでいることだ。基本的に暗闇で戦うことになるし、逃げられると追うのも難しい場合がある。さらに本気で討伐しようとすると、地下が崩落する恐れがあり、強力な火力を使いづらい。つまり面倒くさいのだ。なので、ミスリル鉱山を崩落させないために、ワームがどこかへ移動するまで放置する場合がある。

 ちなみに、なぜジャイアントワームがミスリル鉱山に住み着くか? ミスリルには周囲の魔力を引き寄せる性質がある。ジャイアントワームは肉食だが、地下ではその巨体を維持するほどの食料の確保はかなり難しい。そこで、魔力を吸収する事でそれを補うのだ。


「ワーム退治は面倒くさいよー」


 ミズキが珍しく乗り気でない。


「でもクロスがヤル気まんまんだから、バッチリ任せて!」


 かとおもったら、他力本願で引き受けやがった。


「うちの新人は期待も期待だからね」


 それは一体どういう意味なんだ? また近いし、離れろ。


「ときどき中二病っぽいところがありますから、それだけは治して欲しいところですけどね」



 ……ん? アマリンさん、いまなんて?



「魔術発動の呪文がかなりアレらしいですし」


 聞かれてた!? ていうか、あるの? 中二病の概念あるの!?

 そこにヌーチェさんがフォローに入る。


「大丈夫じゃ、そういうのは年をとれば自然と治る」


 フォローなのか、それ?


「あとに残るのは、なんだったかな? プロ意識?」

「ああ、黒歴史ですね」

「そうそれ」


 アマリンとヌーチェさんの会話が、オレの胸を抉る。


 いま、人生で二番目の重傷を負ったかもしれん。


 アマリンの手が伸びてくる。


「いいこいいこー」


 やめてくれ、オレのライフはもうゼロだぜ。

 その後は、ミズキがヤフィさんと具体的な予定を決めていた。


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