第7話 飛竜(対決)
川へ出た。
川の少し曲がったところで広めの河原がある。ここで待ち受けよう。
上流へは川が曲がっていてあまり見通しが良くないが、下流はかなり遠くまで視界が通る。
「こんなところで大丈夫なの?」
ミズキが手をひさしにしておでこにあて、回りを見回している。
「牧場まで来るならそこでも良かったんだけど、戦闘で荒らしたら元も子もないだろ?」
それにここなら、ワイバーンの動きを制限できるはずだ。
通常ワイバーンは森では狩りをしない。空を飛びながら獲物をとらえるには、森の木々は邪魔だからだ。だから牧場まで行って家畜を狙うのだろうけど、この川なら住処からの通り道で空からも見える。獲物をつかみ取る広さの余裕もある。問題ないはずだ。
オレはちょうどいい岩の上に巨大猪を乗せ、空を見上げる。
「あとは、ワイバーンが来るのを待つだけだけど。問題は、それがいつかってことだな」
牧場に来るペースを聞いたところによれば、もう二、三日のうちに来そうなものだが、こればかりはワイバーンの腹具合によるのでなんともいえない。一応、五日分のキャンプの用意はしているが、それまでにケリがつけられればいいんだが。
不意に、背中を叩かれる。
「なんだよ」
振り返ると、メラルドが空を指さしている。
あれは?
「なになに? 見つけた?」
ミズキも空を見た。
小さな影が、かなりのスピードで飛んでいるのが見える。比較対象がなくて距離感と大きさがわかりづらいが、あれはかなり遠いぞ。
「マジで? こんなジャストタイミングで来るか?」
むしろ危うく間に合わないところだったわけだ。
いやいやいや、すでに手遅れか?
ジェット戦闘機並みのスピードで高高度を飛びゆく影を三人で見つめる。
そのまま行ってしまうのかと不安がよぎったそのとき、影が進行方向を変えた。
「よし! こっちへ来るぞ!」
オレは
「お前らは森の中へ下がっていろ!」
二人はワイバーンを見上げたまま、ゆっくり下がっていく。
ワイバーンは一旦川の下流方向へと回り込んだあと、川に沿うように低空をまっすぐこちらへ向かって来る。
異変を察した鳥達が森から慌てて飛び立つが、その鳥の群れの一部がワイバーンの進路をふさいだ。
が、ワイバーンはそのまま直進。滑空の姿勢のまま、その身にまとった防風の魔術で鳥を弾き飛ばす。
近付いてわかったが、このワイバーン、個体差の中でもかなりの大物だ。
ワイバーンは若いころの体色は淡い色が多く、年を重ね脱皮を繰り返すほどに濃い色になるという。
このワイバーンの色はほとんど黒だ。体長は二十メートルを超え、翼幅も三十メートル近い。その翼と額に、赤い模様が葉脈のように、ひび割れのように広がる。魔術が発動している証だ。
魔獣は、生態として魔術を使う。
ドラゴンが火を吐くのも、巨人の拳が岩を割るのも、そしてワイバーンが空を飛ぶのも、魔術による強化が当たり前のようにされている。翼の魔術で飛行し、額の魔術が防風により風の抵抗をなくすことで、その速さを支えている。
『
オレは弓を起動する。
『
呪文により、散弾の魔術がアクティブになる。散弾は追尾と違って、一の矢と同じ方向へ残りの矢が飛ぶが、ランダムにバラけるようになっている。通常は、目標が複数の群れなどに使うことが多いが、的がでかいときには保険の意味でも使える。
最高速は音速を超えるといわれるワイバーンが、あっという間に近付いて来る。
オレはタイミングをはかって、矢を放つ。
こちらも音速を超えた二十もの矢が、ワイバーンを迎え撃つ。
が、矢はそのほとんどが防風の魔術に吹き散らされ、かろうじて突破した数本も、その巨体からは考えられないほどの軽やかな動きで回避されてしまった。
ワイバーンは警戒したのか、エサに届く直前で急上昇した。すぐ頭上をワイバーンの尻尾が通りすぎる。あの尻尾の先には大きな毒針があり、強力な麻痺毒を使う。ほとんど一瞬で全身が麻痺し、場合によっては死亡することがあるらしいが、人間があの
直後、衝撃波で辺りに暴風が吹き荒れた。周囲の木々が轟音の中で枝を激しく揺らす。
オレはできる限り身を伏せてやり過ごすが、後方ではミズキの悲鳴が聞こえた。風をまともに受けて吹き飛ばされたようだ。木にぶつかって目を回している。
「もっと離れていろぶばっ」
いきなり水を大量に浴びてしまった。衝撃で波打った川の水をかぶったのだが、フード付きマントのおかげでパンツまでは濡れずにすんだ。
オレはマントを脱ぐと、ポーチにしまう。
ミズキを見ると、メラルドと一緒にこっちに来ていた。離れてろって言ったのに。
「あんなのやっつけられんの!?」
ミズキが言う。
「次でしとめる。逃げられたら面倒だからな」
ワイバーンを見上げると、かなりの上空まで一気に上がったあと、ここを中心に大きく旋回している。さっきので警戒しているのだろう。
「でもどうするの?」
ダメで元々と思っていた飛び道具での攻撃は、あっさり回避されてしまった。あの速度にとっては至近距離といえる攻撃でも簡単に回避されてしまうようでは、空を飛ぶワイバーンに地上からの射撃攻撃は物理でも魔術でもまず当たらないだろう。どんな強力な攻撃でも、当たらなければ意味がない。
いや、それでも一応、地上からの対空攻撃としてアテがないわけでもないんだけど、もったいない上に百パーセント確実でもないため、他の方法にする。
「遠距離攻撃でダメなら方法は一つしかないさ」
「え? まさか」
「近付いて、直接攻撃する」
「どうやって? あたしのキックだと十発は当てないと」
蹴りだけで倒せるつもりか? その自信はどこからくるんだ。
「剣を持ってる」
「でもあの風じゃ近付くのも難しいんじゃない?」
「ワイバーンは飛んでいる間は防風の魔術を常にまとっているけど、例外的にそれを解除するタイミングがいくつかある。その一つが、獲物をとらえる時だ。でないと獲物をつかむ前に吹き飛ばしてしまうからな。同時にスピードも落とす。でないと爪に引っ掛けた瞬間に木っ端みじんだ」
つまり、
「そんなのうまくいくの?」
「ぶっつけ本番だけど、やってみるしかないな。でも下から攻撃したんじゃあ、一撃で致命傷を与えるのは難しいだろう。もしうまくいってヤツの腹を切り裂き、その内臓をぶちまけさせられても、その足や尻尾にぶつかれば、オレも内臓ぶちまけの仲間入りだ」
ミズキはオレに詰め寄ってくる。ちょ、ちょっと近いんだけど。
オレはワイバーンを見上げてごまかす。隣でさっきからメラルドも一緒に見上げている。お前も何か言えよ。
オレはミズキに言う。
「簡単だよ、上から攻撃して、翼の間を抜ければいいんだ」
「どうやって? 木に登って飛び下りる? あ! あのお盆で大ジャンプするの?」
「重力遮断器な? 違うよ」
「じゃあどうするの?」
オレはミズキに悪戯っぽく笑いかける。
「飛べばいいんだよ」
オレは、ウエストポーチから羽根を二枚取り出した。一枚が、オレの肘から指先までの長さのある、大きな羽根だ。
ワイバーンが、再び川に沿って降下してきた。
「離れていろ」
「……気をつけてね」
ミズキとメラルドがさっきよりも遠く離れる。
オレは羽根を掲げて呪文を唱える。
『
グリフォンの羽根の魔術が起動し、一枚ずつ左右の肩の後ろ辺りに浮遊する。赤い魔法陣が広がり、オレの体を飛翔の力が包み込む。
オレの意思の通りに、オレの体が宙に浮き上がった。
次にポーチから取り出したのは、剣だ。
鞘から抜き放つと、黒い刀身が現れる。
『
剣が起動し、柄もとから剣先に沿って一瞬赤い光を放った。
万物を切り裂く物理的な力の名前が『魔術師』だなんて、洒落てるだろ?
こらそこ、中二病とか言わない。この世界にその概念は無い。
オレはワイバーンに向かって飛ぶ。その中間地点で一度止まると、タイミングをはかって引き返す。
リレーのバトンと同じだ。なるべく相対速度を合わせるように飛ぶ。それでもワイバーンは一気に近づいてくる。
ワイバーンはオレのことなんて気にしない。ワイバーンにとってはひとりの人間なんて一匹のアリと同じだ。どんな危険な軍隊アリでも、それが驚異なのは集団だからだ。たった一匹なら気づかないうちに踏みつぶしている程度のものだ。ワイバーンは空を飛ぶものも、小さなものなら気にしない。鳥を気にしない。人間も気にしない。
猪まで引き返す途中、まだワイバーンまでもかなり距離があるが、防風の範囲にかかって吹き飛ばされそうになる。警戒したワイバーンが、防風の魔術を強化しているのだろう。前言は撤回だ。ちょっとは気にするらしい。
オレは飛翔の魔術を強化し、コントロールする。ワイバーンと併翔しながら近づく。近づくほどに反発されるが、これ以上離れるわけにはいかない。
もうすぐ
そう思った直後、風の抵抗が消えた。きた! 今だ!
一気にワイバーンの後頭部めがけて飛びかかる。狙うはそのすぐ下、首の一番細い部分だ。
『
回転しながら体をひねり、その勢いで剣を叩きつける直前、刀身が赤く輝くと、まるで粘土でも切るかのような抵抗が生まれるが、かまわず振りきる。
ワイバーンの頭が首から離れた。
オレはワイバーンの背中を蹴って急上昇する。
制御を失った巨体が、キリモミしながら落下。危うく翼に巻き込まれそうになり、オレはバランスを崩してしまった。なんとか飛翔魔術を調整し、体勢を立て直す。
首の断面から盛大に血液をばらまきながら、巨体は川の水面にバウンドしてから森に突っ込み、木々をなぎ倒して止まる。
頭の方は勢いで上空に舞い上がり、本能か悪あがきか、額の防風の魔術が不規則に発動してでたらめに動きながら落下する。
その落下先に、不運にもミズキとメラルドがいた。
二人とも
オレは対策を考える。が、この距離、このタイミング。さすがに間に合わない。それでも全速力で向かって飛んだそのとき、ミズキの全身が白く光った。
肉体を魔術強化したミズキが、上段回し蹴りでワイバーンの頭を蹴り飛ばした。
ワイバーンの頭は、衝撃で牙を折られながら、川の反対側までぶっ飛んで、木々をなぎ倒して転がった。
「え?」
慌てて向かう格好のまま、空中で動きが止まるオレ。
……ミズキって、けっこう強いんだ……。
ちょっとビックリしたオレは、人の脚ほどの大きさの牙が空中で回転しながら落ちるのを、なんとなく目で追う。それはメラルドに向かっていた。
まさかコイツも?
メラルドは片手を上げて牙を受け止め……られずに、顔面に直撃した。
おいおい大丈夫か?
メラルドはふらついたが、なんとか立っている。大丈夫なようだ。
オレはゆっくりと降りると、飛翔魔術を解除して、グリフォンの羽根をしまう。
「やったね!」
ミズキがブイサインを向けてくる。オレのなかでは、二人を危険にさらしてしまった引け目があったのだが、まあ結果オーライか。
「なんとか、うまくいったな」
すると、ミズキが何かにハッと気づいて、おずおずと聞いてくる。
「いちおー確認なんだけど、コレがわいばーんでいいんだよね?」
「……ふふっ」
「ちょっと、なんで笑うのよ」
悪気はないんだ。ただちょっと気が抜けただけ。
「そうだよ。これで依頼達成だ」
うひょーいとか変な声を上げながら飛び跳ねるミズキ。喜び方が独特。
ふいに肩を叩かれて振り返ると、メラルドが鼻血を出しながら立っていた。
「おい、大丈夫か?」
オレがかけた声にかまわず、メラルドは持っていたものを見せてくる。
砕けたワイバーンの牙の先端だ。ちょうど手のひらサイズ。
「これ、もらってもいいか?」
しゃ、喋った! メラルドが喋ったぞ! コイツ喋れたのか!
あゴメン、コイツとか言っちゃった。声には出てないけど。
「い、いいヨ」
なんか声が裏がえってしまった。
メラルドは少し嬉しそうに手のひらの牙を見つめる。
記念品としてはちょうどいいと思うけど、とりあえず鼻血を先になんとかしような?
この後は、報告に帰るだけだ。とりあえず頭だけ持って帰れば証拠には十分だろ。さすがに全身は無理だし。
え? ウエストポーチに入れろ? 残念、ポーチの口は、最大四十センチくらいしか開かないのだ。ワイバーンの頭だけだって入りはしない。
じゃあどうやって持って帰るかって?
お盆に乗せて手で運ぶに決まってるだろ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます