第6話 飛竜(準備)
ワイバーン退治。
『空の王者』と呼ばれるほどの強力な魔獣だ。普通なら個人で請け負うレベルの依頼ではない。
しかし、オレが所属して日も浅いテロリスト集団はお人好しすぎて、安請け合いしてしまった。コイツらの実力がどの程度かは知らないが、ワイバーンを数人のパーティーで退治できるなら、数少ない例外を除けば、そのパーティーは国でも有数の実力派であり、誰もが一度は聞いたことがあるはずだ。
例えば、〈統率者〉ダイアキ率いる『
とはいえ、受けてしまったものはしょうがない。
いくらオレが言っても、このお人好し達は、知り合いのおじさんを見捨てることはできないだろう。だとすればできることは、依頼を達成すること。
そう、ワイバーンを倒せるほどの実力を持つ数少ない例外の一つが、オレだ。
ワイバーンと直接相対したことは無いが、それよりも強いグリフォンと幾度も戦い、訓練を積んだ師匠との修業の日々。ワイバーン程度に負ける気がしない。
「もう、どこまで行くの?」
愚痴を言いながら森を歩くのはミズキだ。その後ろにはメラルドが続く。
今回はアマリンはいない。実家の食堂に、団体さんの予約があるそうで、抜けられないんだと。まあ正直、戦力にはならなさそうだったから、むしろ足手まといがいなくて良かったと言うべきだろうが、所属組織の活動よりも家業を優先するその心意気はどうなんだろうか?
そのとき、探していた気配を感じた。
「しっ!」
ミズキとメラルドに静かにするよう合図を送り、前方の木々の間を見通す。
遠くに、茶色の巨大が見える。
オレはウエストポーチから、弓と、十本程度の矢を取り出した。
「え、ちょっと待って、今どうやったの?」
ミズキが当然の疑問をはさむ。そりゃそうだ、普通、ウエストポーチに弓矢は入らない。オレのポーチは特別製だ。
しっ、ともう一度人差し指を口にあてて、次に木々の先をしめす。
そこには、自動車ほどの大きさの生き物がいた。
単純に大きな猪だが、その突進力は侮れない。まともにぶつかれば、大木をも一撃で倒すこともある。今回はコイツを、ワイバーンをおびき出すエサにする。
『
自分という存在の中の魔力を意識する。大きく膨らませた風船から、少しずつ漏れ出す程度に、細くゆっくり魔力を流し込む。
刻まれた魔力回路に魔力が流れ、弓と矢が一瞬赤く光る。
オレの魔道具にはロックが掛けてある。ホルスクロウは適当につけたキーワードだ。地球の神様の名前ならここでは誰も知らないだろうから。
起動した弓に矢を一本つがえ、構える。
『
呪文により、刻まれた魔術がアクティブになる。基礎増幅とは、速度、命中補正、貫通力などの基本的な強化をひっくるめたものという意味で、性能を最大限発揮させるためのものだ。自動追尾はその名のごとく、一の矢が命中した標的に、残りの全ての矢を自動的に命中させるための特殊付与だ。
オレが弦を引き絞ると、残りの矢が周囲の宙に浮かび上がり、一の矢が放たれるのを待つ。
十分に狙いを定め、放つ。
バンッという矢にあるまじき破裂音をたてて発射される。が、この音で獲物に気付かれることはない。なぜなら、この矢は音よりも速いからだ。
一の矢に続き、周囲の矢も破裂音を響かせて一斉に飛んでいく。
一の矢が巨大猪に突き刺さると、周囲の木々の間を縫うようにして、続いた全ての矢が命中する。これはそういう魔術だ。
逆に一の矢が外れると、全ての矢が外れることになるが、今まで普通の野生動物を狙って外したことは無い。
巨大猪はそのまま倒れて動かなくなった。
自分に何が起こったのかも分からなかっただろう。
「すごいすごーい!」
ミズキが声をあげて喜ぶ。
「なに今の! どうやったの!?」
「……ちょっとした手品みたいなもんだよ」
オレは説明が面倒くさくなり、適当にはぐらかして、巨大猪のもとに向かう。
「手品って、あちょっと待ってよ」
ミズキとメラルドもついて来る。
巨大猪は間違いなく絶命していた。
コイツ自体の狩猟が目的なら、この場で最低限の処理をして、解体してから持って帰るわけだが、今回はコイツはエサである。処理の必要はないだろう。
問題は、どうやって運ぶかだ。
そこで登場するのがこれだ。オレはウエストポーチからお盆のような円盤を取り出す。
ジャーン! 秘密の七つ道具その四、重力遮断器!
その名の通り、上に乗せた物の重さを軽減するって代物だ。これで、どんな重いものでも軽々と運ぶことができる。
いま、地味だなーって思ったな? 浮遊じゃなくて重力を遮断することで重さを軽減するのがどれだけ大変ですごいことかわかっていってんの?
ちなみに、他の七つ道具は、登場順に、フード付きマントを含む強化服、この通称四次元ウエストポーチ、そして隼神の鉤爪だ。
巨大猪の体の下に無理矢理円盤をねじ込む。そして重力遮断の魔術を起動する。
ぱっと見、何も変わったように見えないが。
「よっと」
円盤を持ち上げると、猪の巨体も軽々と持ち上がる。
「すごーい! 力持ち?」
ミズキがそれを見てはしゃぐ。
「……手品だよ」
別にちゃんと説明しても良かったんだけど、なんとなくごまかした。
オレはそれを持ったまま少し広い獣道まで戻った。
この辺りの地図は、出発前に確認している。ここから目的の場所までの方向は……。
「それにしても、クロスがこんなに強いなんて」
ミズキがまだはしゃいでいる。
「でもこれくらいなら、あたしだってキック一発で仕留めちゃうんだから」
ホントかよ。ミズキは確か
「でも、早めに終わって良かったね。すぐにヌーチェさんに報告してあげよ」
そういって元来た報告へ歩き出す。それにメラルドが続く。
「こっちだぞ」
言ってオレは反対を指差す。
「牧場はこっちよ」
ミズキは確かに牧場の方向を指差す。
「本番はこれからだろう。帰ってどうする」
「でも、わいばーんは倒したんでしょ?」
「え?」
「え?」
……もしかして?
「ミズキお前、ワイバーンがどんな生き物か知らないのか?」
「……それじゃないの?」
「これはどうみても猪だろ」
「……やっぱりね、そうじゃないかと思ってたのよ」
なんでワイバーンを知らないんだよ! この辺りの地域で危険な魔獣の上位に食い込むヤツだぞ? 知名度だってそれなりに……。
いや、オレはどっちかって言えば裕福な家の出身で、勉強は満足にさせてもらえた方だ。いわゆる庶民の一般知識では、あまり知られていないのかもしれない。
いやいや、そうだとしても、そうだとしたら。
「なんでよくわからない魔獣の討伐をあんなに簡単に引き受けたんだよ!」
「だってヌーチェさん、困ってたから。それに、なんでも解決して知名度を上げないと、これがあたし達の目的の近道なのよ」
ミズキは悪びれもせず、むしろウィンクでアピールして言った。後ろでメラルドがうなずいている。お前は喋れよ。
確かにワイバーンを単独パーティーで討伐すれば、知名度は上がるな。むしろ上がりすぎる。オレも勢いで参加しちゃったけど、あとあと計画にプラスになるかマイナスになるかわかんないなコレ。
とはいえ、今からやめるわけにはいかないし、やるしかないんだけどな。
「それでは改めて、わいばーん退治にしゅっぱーつ」
ミズキは拳をあげて意気揚々と歩き出す。その後ろでメラルドも拳を振り上げている。お前は以下略。
オレは小さくため息をつき、あとに続く。
と、ミズキが振り返って猪を指差して言う。
「じゃあそれはなんで狩ったの?」
「これは、ワイバーンをおびき寄せるためのエサだ」
オレは簡単にワイバーンのことを説明した。かなりの速さで空を飛ぶこと。ドラゴンほどではないが、この巨大猪を捕食するくらいには巨体であること。
「……それは、キック一発じゃあ、難しそうね」
いやいや、どんだけキックに自信があんだよ。
なにはともあれ、改めてワイバーンを探しに行くとしよう。
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