第5話 新たな依頼

「かんぱーい!!」


 ミズキとアマリンの声が重なり、オレとメラルドは無言で、グラスをかかげる。四つのグラスが触れ合う高い音が響く。


 神社からヤクザを追い出す仕事の成功を祝った打ち上げだ。


 ここは、オレが最初に情報収集をしていた食堂だ。実はここは、アマリンの実家だということだ。よくここに集まっているらしい。


「ヤクザ相手だからもっと面倒くさいことになるかと思ったけど、あっさり片付いたわね」


 ミズキが嬉しそうに言う。


「クロスも思ったより強くて頼りになりそうだし」


 ミズキがオレを見る。


 オレの実力を全く知らない状態でヤクザにぶつけるとか、もしオレが弱かったらどうするつもりだったんだ?


「ここで、人の道を踏み外しそうな絶望的な顔をしてるのを見たときには、犯罪にはしる前になんとかしなきゃと思って、勇気出して声かけて良かった」


 オレ、そんな風に見えてたの?


「ほらね、すでに人を殺してそうだったもん。ヤクザくらい余裕だよね」

「アマリンさん? オレのことなんだと思ってるの?」


 お酒が入ってほんのり頬の赤いアマリンのセリフを、さすがに否定する。


 師匠のところで修行してる時に、結構きわどいこともやったけど、人を殺したことは無いぞ、さすがに。


「……」

 メラルドが無言でオレの背中を軽く叩く。


 彼なりにはげましているのか? こういう時くらい喋れよ。


 それはそれとして、オレは今後のことを考えていた。


 コイツらは、テロリストとかいいながら、悪いヤツらじゃないのはわかる。この町を良くするために、今の町長からその地位を奪いたいのだろう。そのための活動を、ちょっと過激に表現しているだけなのだ。


 それ自体は、オレが否定する事でも何でもない。ただ、オレの個人の目的には、使えない。時間がかかりすぎる。


 魔法王がさらに統治地域を増やすために実力行使に踏み切る前、遅くとも二、三年のうちに明確な結果をださないと、その後の難易度が高くなりすぎる。


 コイツらには悪いが、メンバーを抜けさせてもらうしかない。


「それなんだけどさ、オレ、抜けさせて……」

「あー、おったおった」


 オレのセリフを遮ったのは、食堂に入ってきたおじさんだった。


「あれー? ヌーチェさん、どうしたの?」


 ミズキが声をかける。知り合いか?


「ちょっと困ったことになってな、組合ギルドに依頼しようかと思っとったんだが、もしかしたらアンタらの方で請け負ってもらえんかと思ってな」


 このおじさんが何の組合ギルドに所属しているのかはわからないが、大抵の組合の場合、依頼の登録に少なくない手間がかかり、それなりにお金がかかる。それでも組合に依頼すれば、依頼に見合った人員を紹介してもらえるし、解決への最短の方法に違いはない。だが、組合に依頼せず個人で人員を探せるなら、そちらの方が早くて安い場合が多い。ただ、解決に至るかどうかの保証は無い。


「牧場でなにかトラブル?」


 ミズキが椅子から身を乗り出して聞く。このおじさんは牧場主かなにかなのだろうか?


「そうなんじゃよ。最近な、たびたびうちの牛がいなくなっててな、」

「その原因の捜査? 野党かしら、それとも野犬?」

「原因はわかっとるんじゃ。ただそいつが、ちょいと厄介なヤツでな」


 ちょっと厄介なヤツ? 熊だろうか? それともジャイアントバイパーとか?


「え? なになに、なんなの?」


 ミズキが興味津々で瞳を輝かせる。


「ワイバーンじゃ」

「いいわよ!」


「ぶっ!」


 ちょうど飲もうとしていたお茶を思わず吹き出した。


「大丈夫? 慌てなくてもまだあるからね」


 アマリンさんがハンカチを渡してくれる。

 いや、慌てたんじゃなくて、展開についていけなかっただけだ。


 まずワイバーン。


 『空の王者』ともいわれる、亜竜の一種だ。文字通り、空を飛ぶ、強力な魔獣。火を吹かないことだけが唯一の希望だ。それでもこの辺りの地域では、上から五本の指に入る、ちょっと厄介どころか普通なら軍を派遣するレベルの魔物だ。


 それを一瞬のためらいもなく即答。

 吹き出しもするさ。


「ちょっと待て、気は確かか?」

「なによ、ヌーチェさんが困ってるのよ。あたし達が手伝わなくてどうするのよ」

「ワイバーンだぞ? 勝てる算段はあるのか?」

「はん? クロス、あなたはあたしの、あたし達の本当の実力を知らないでしょ? ワイバーンなんて楽勝よ」


 自信満々で応えるミズキ。


 いや、いくらなんでもコイツらじゃあ無理だろ。本当の実力ってなんだよ。相手は『空の王者』ワイバーンだぞ。どう考えても無理。


 クソッ! さすがに知り合いが死ぬのを見過ごす訳にはいかない。


 ここを去るのは、この依頼をこなしたあとだ。


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