第2話 クロスにいたる人生

 オレはクロスと呼ばれる前、前世では、地球は日本で、カケルと呼ばれていた。


 平凡な家庭に生まれ、順調に育ったが、中学に上がって半年もすると、不幸なことにいじめられっ子になっていた。


 きっかけなんてわからない。いつの間にかいじめられるようになり、それは中学三年生になるまでどんどんエスカレートしていった。


 いじめの中心になっていた奴は札付きの不良で、他にもさんざん悪さをしていた。オレへのいじめはその内の一つで、そのせいで同級生も先生もオレばかりを気にかけることができず、その他の素行と同じように、不良の行動をやめさせることは出来なかった。


 いじめの内容は思い出したくもない。陰湿なものから直接的なものまでさまざま。友達とよべる人もいないではなかったが、それで救われる類のものでもない。


 そんなオレには幼なじみがいた。それがカレンだ。


 彼女は生まれつき体が弱く、両親とも一般的な日本人なのに、彼女の肌は病的に白く、髪は燃えるように赤かった。

 遺伝子の異常らしく、完治しないどころか、どんどん弱っていくだけだという話は結構早い段階で知っていた。


 お互いの親同士が元々知り合いで、そのため幼いころから一緒に遊んでいた。


 カレンも小学生の間は学校に通っていたのだが、中学にあがる頃に様態が悪くなり、中学時代のほとんどを大きな病院に入院して過ごすことになった。そして、日を追うごとに体が動かなくなり、一人で出来ることが減っていった。


 これ以上具体的に、オレ達二人の不幸を説明する必要は無いだろう。二人とも、自分の将来に絶望していたのだ。


 オレは週に一度はカレンのお見舞いに行き、カレンの話し相手になった。そのうちお互いに相手を好きになり、付き合うようになった。とはいっても中学生だし、カレンは気軽に外に出ることもできない。相手の気持ちを確かめる意味合いが強く、病室で話をするときに、手をつなぐようになった程度のものだった。


 ただしばらくは、お互いに自分の絶望を、相手には伝えていなかった。互いに相手を支えにして、なんとか日々を乗り越えていたのだ。


 だが、そんな日々にも限界が来た。

 中学三年に上がって少ししたころ、エスカレートし続けるいじめに耐えられなくなり、カレンに絶望をもらしてしまった。


 ちょうど同じ時期、カレンの方もさらに体が弱り、来年には一人で立ち上がることもできなくなるだろうということを聞いた。


 二人の絶望が混ざり合ったとき、最悪の反応をおこした。


 死を望んだのだ。


 オレ達は計画をたてた。せめて死ぬときくらいは何か記念になる日を選ぼうと、いろんな意見をだした。

 結果、方法は飛び降りが一番簡単だろうと。それならば、せめて夜空の綺麗なときを選びたい。そう思って調べたら、夏休みの時期に、数百年に一度のナントカ流星群が見られる日があることがわかり、その日に決行することがすんなり決まった。


 予定が決まると、驚くほど気持ちが楽になった。夏休みが楽しみになり、日々の辛さなどどうせ全て無になると思えば、あきらめてやり過ごすことがなんでもなくなった。


 すぐにその日は来た。


 カレンは、いずれ自分で歩けなくなり、ベッドの上でいつくるのかわからないがすぐそばにある死を、ただただ待ち続ける恐怖に耐えられなかった。

 オレは、夏休みが終わり、また学校へいかなければならないのかと思うと、なにもかもを投げだすことに、一切ためらいはなかった。


 屋上への扉は、昼間は開いているものの、夜は当然鍵が掛けられている。だが、ネットで調べれば扉を開けておく方法なんていくらでも出てきた。オレはその中から一番簡単な方法を使って、扉を開けた。どうせ今回一回だけ開けられればいいのだ。


 二人でこっそり夜の屋上へ出ると、ベンチに並んで座り、しばらく夜空を見上げた。

 夏の生ぬるい風のなか、満天の星空からは、本当に雨のように絶え間なく流星が降りそそいでいた。

 屋上には他に人はいないが、病室の窓から入院患者達が夜空を見上げている気配はしていた。


 どれくらいの時間がたっただろう。オレ達は手をつないで、他愛もない世間話をしていたが、そのうち言葉少なになり、いつしか無言で流星を目で追う時間が過ぎていった。


 それでも一時間くらい過ぎたころだろうか、カレンの様子が、少し辛そうになってきた。ただ座って見上げているだけでも、彼女の体力は奪われていくのだ。

 そろそろいこうか。そう声をかけてカレンを見た。カレンもオレの方を見ていた。このとき初めて、オレ達は少しだけキスをした。


さあ、最後に一仕事。


 屋上のフェンスは転落防止のため、人の背よりも高く作られている。オレだけなら乗り越えられないこともないだろうけど、カレンには無理だ。

 ただ、このフェンスは針金を編んで作られたひし形が連なるもので、壊すこと自体はそれほど難しくはない。病室のない方のフェンスに近寄り、持って来ていたニッパーを取り出すと、針金を切り、フェンスを広げて、人が通れるだけの隙間を作った。


 オレはカレンに手を貸し、一緒にフェンスの外側へ出た。

 あまり余裕のない幅の足場で、カレンはオレに抱きつき、オレは左手でカレンを支え、右手はフェンスを掴んでいた。

 タイミングなんて特に無かった。やっとここまで来たんだ。


 オレは大きく一つ深呼吸すると、右手を離して両手でカレンを抱きしめた。


 ためらいも、恐怖も無かった。


 ゆっくりと二人の体が傾き、足が体重を支えなくなり、頭を下にして二人は落ちた。


 浮遊感が内臓を不快にし、筋肉を緊張させる。


 オレはカレンを、カレンはオレを、さらに強く抱きしめた。


 そのとき、信じられないくらい低い確率の現象がおこった。


 それこそまさに奇跡とよんでもいいかもしれない。


 オレ達の足の向こうの夜空が、一瞬にして明るく輝いた。

 かと思った次の瞬間、とんでもない衝撃がオレ達を襲った。


 なんと、空中で燃え尽きなかった流星が地上に落ち、その途中でオレ達の体を貫いたのだ。


 オレは衝撃に吹き飛ばされながら、とっさにカレンを力の限り強く抱きしめていた。

 そのカレンは、あっ、と声を出し、片手を伸ばしていた。


 今になって思えば、カレンからは、千切れてとばされたオレの下半身が見えていたのだろう。そして、それをちゃんと戻して、くっつけないと、治さないと。そう思ったのだろう。


 だがもう次の瞬間には、オレの、オレ達の意識は闇に引き込まれようとしていた。


 思えばあの『声』を聞いたのは、そのときが最初だった。


『……解読キャパシティオーバー。変換エラー……イレギュラー……』


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