第1話 テロリスト……?

 爽やかな朝、宗教的聖域内の自然に囲まれた澄んだ空気が心をあらう。

 辺りでは小鳥がさえずり、箒で地面を掃く音が一定のリズムを生み、耳に心地良い。


 オレの名は、クロス・リュート。復讐を誓った魔術師だ。

 そして今、オレは隣国に潜むテロリストの一員として、


神社のゴミ拾いをしている。


 いや待ってくれ、わかってる、わかってるんだ、ツッコミどころしか無いことは。少しだけでいい、何があったのか説明させてくれ。


 復讐を誓ったオレは、三年の時を修行に費やし、隣国の都市の一つへと身を隠した。

 まず、魔法王から紅玉カレンを取り戻すのは簡単ではない。単独で忍び込んだり、よもや正面突破などするのはもってのほか。ただただ返り討ちにされるだけだろう。


 一計を案じるしかない。


 今いるこのナミン大陸は基本的に人間が支配しているが、海峡を挟んだ向こう側には魔族が支配するビタン大陸が広がっている。今は具体的に魔族と事を構えているわけではないが、目に見える潜在的な脅威として、常にその対策を協議され続けている。しかしナミン大陸にある人間の国々も、一枚岩とは到底言えない。それぞれの利権、支配地、戦力を主張し、争いは絶えない。


 魔法王ムユルの統治する、オレの祖国でもあるスツヌフ王国は、その中にあって比較的大きな力を持つ国だ。オレの紅玉を奪った魔法王は、強大な魔力を手にしたことでさらに戦力を増強。武力による近隣の支配の計画がまことしやかに囁かれている。


 そこでだ、オレはそれを逆手に取る計画をたてた。


 ざっくりとした内容はこうだ。

 まずはスツヌフ王国と敵対……とまではいかないまでも、明確な支配下ではない国に取り入る。

 そこでオレ自身の能力を高めると共に出世し、スツヌフ王国に対し、戦争を仕掛ける。

 戦争となれば兵士は出兵するため、スツヌフ王国の防衛は手薄になる。

 そこで戦時という慌ただしさのなか、混乱に乗じて魔法王の元まで乗り込み、紅玉カレンを取り戻す。


 まあ待て、わかっている、わかっているさ。どう考えても穴だらけで杜撰な計画だということは。


 しかし平常時の魔法王の近辺なんて、おいそれと近付けるものではない。どれだけ杜撰で現実味のない計画だろうと、やってみなければどうなるかなんてわからないだろう? やってみてやっぱり無理なら、他の手を考えるさ。その時にはお互いに、状況が変わっているかもしれないしな。


 とはいっても、隣国の権力者に具体的な伝手があるわけでもなく、情報収集といえば酒場だろ、くらいのゲームの定番感覚で、手頃な食堂で様子をうかがってみた。

 だけど、実際には国家転覆を企てるテロリストがこんなところで声をひそめて話し合っていたりするわけがなく、かといって自分から「国の偉い人の弱み知りませんか?」などと聞いてまわるわけにもいかず、半日とたたないうちに途方にくれていた。


 それでも他に出来ることもないので、次の日も食堂の片隅のテーブルを占領していたわけだが、そこになんとも都合よく、テロリストの方から声をかけてきたのだ。


 彼女は(声をかけてきたのは女だった)オレを連れて仲間に紹介すると、早速次の日からテロ活動に加わって欲しいといってきた。

 それで昼から待ち合わせてからの、コレ(ゴミ拾い)である。


 ここは神社……といってもいわゆる日本の宗教建築そのものではなく、宗教関係の土地建物ではあるが、それほど強制的ではなく、近隣の住民が縁起を担いだり奇跡を願ったりするときにお祈りをする程度の寄り合い所のような場所だ。イメージ的に神社が一番近いので、とりあえずそう呼称する。


 確かに、ちょっとあやしいなーとは思ったんだよ。


 テロリスト集団だっていう割には、人数はオレの他に三人しかいないし、リーダーはオレに声をかけてきた二十歳くらいの女だし、最終的には「センキョで」って聞こえたから占拠かと思ってらどうやら選挙のほうらしいし。


「まあまあいつもご苦労さま」


 そういって声をかけてきたのは、この神社の神主の奥さんだ。


「いやぁ、困ったことがあれば、いつでも呼んでくださいね!」


 そういって答えたのは、このテロリスト集団の女リーダー、ミズキである。

 腰まである黒髪ロングの、はつらつとした二十歳くらいの女性だ。

 そこに、小学生くらいの少女が現れ、お盆にのせたお茶を配ってまわる。


「どうぞー」

「ありがとー」


 ミズキがお茶を受け取り、少女と笑いあう。

 少女は次のメンバーにむかい、お盆を差し出す。


「ありがとうございます」


 そう答えてお茶を受け取ったのは、少しふくよかで、おっとりした感じの、こちらも二十歳くらいの女性。名前はアマリン。


 続いて少女がむかった先には、背が高くガタイのいい男が、しゃがんで草むしりをしていた。コイツもまだまだ若いのだろうが、ヒゲモジャで無愛想。正直あまり人付き合いが良いとは言えなさそうなヤツだ。名前はメラルド。


 彼は立ち上がって、首にかけたタオルで手を拭うと、お茶を手に取り少女に頷くように会釈をした。


 そして少女はこちらへ来た。まっすぐオレの前まで来ると、お茶の乗ったお盆をおそるおそる掲げる。


 オレは歳に比べてもどちらかと言えば童顔な方だと思うが、故郷から逃げ出すさいに左のコメカミからアゴにかけて大きなキズを負ってしまって、その傷痕とのアンバランスさと、ひねくれてしまったオレの性格からにじみ出る不機嫌さのせいで、あまり人に好かれる容貌とは言えない。


 しかもオレはこの少し蒸し暑いなか、フード付きのマントを羽織っている。いくらこの世界が王道的な中世魔法ファンタジーの世界観に近いとはいえ、日常でマントを羽織り、フードをかぶっているやつは少ない。例えるなら、祭りでもないのに法被を着ているような感じだろうか。印象は真逆だけど。時々すれ違う他人の視線が気にならないとはいえない。中二病の概念がないだけマシだ。便利なんだけどな、このマント。


 オレはお盆からお茶の入った紙コップを受け取る。


 この世界の文明レベルは大まかには中世程度で電気機器はないのだが、その代わりに魔術が存在する。地球とは違った文明や文化の進歩の仕方をしていて、この紙コップのように文明レベルに合わない便利な道具が日常生活に普通に使われていたりする。

 これはただの予想だけど、オレみたいな前世の記憶を持つ転生者が、そういった知識を広めているのかもしれない。


 母親のもとに戻る少女の後ろ姿を見ながら、オレは石灯籠に寄りかかり、お茶を飲む。


 ミズキとアマリンはベンチに座って談笑していて、メラルドがその近くにたって、会話に耳をかたむけている。


 オレが所属したテロリスト集団の人員はこれだけだ。これで全員。なんとも和やかなテロリスト達だこと。

 オレはミズキの前に進み出る。


「ちょっと聞いていいか?」

「ん? なに?」


 ミズキがアマリンとの会話を中断し、オレを見上げる。それなりに、いや、かなり可愛い部類に入る顔をしている。その視線がオレを見つめる。


「今日のコレは、なんなんだ?」

「コレ? ああ、依頼のことか。清掃と警備だよ?」


 確かに今日の一番最初にそう説明されてはいた。けど、テロリスト特有の暗喩かなにかだと思っていたのだ。


「コレがその、オレ達の活動内容なのか?」


 今のところ普通に掃除しただけである。これではただのボランティアだ。


「えっと、うん、そうだよ。こうやって、あたし達のことを売り込んでいくんだよ」


 微妙に言いよどむ間はなんだよ。


「売り込む? そんな表立っていいのか?」


 テロリストなんだろ? なんだよな?


「大丈夫大丈夫。こうやって地道に依頼をこなして、あたし達が世の中の役に立つことを示すところから始めないと、誰も知らない奴らが急に出てきても、ついてきてくれる人いないでしょ」

「そういうものか?」


 オレは、ミズキの隣に座るアマリンを見る。アマリンはニコッと笑って、うんうんと頷いている。

 次にメラルドに視線を移すが、彼はじっとオレを見返すだけだった。

 オレはきびすを返すと、もとの石灯籠まで戻って寄りかかる。


 どういう考えなのか、あとで詳しく聞かないといけないな。

 オレはしばらく、また会話を始めたミズキ達を見ながらお茶を飲んでいた。

 不意に、背後から声がかけられた。


「お兄ちゃん、御守り、いりませんか?」


 振り返るとさっきの少女が、接客スマイルで御守りの並んだ箱を捧げるようにして持っていた。

 赤、青、黄色と、カラフルな御守りが並んでいる。むげに断るのもどうかと思い、なにげなく端から順に見ていく。


 恋愛成就と、恋愛成就と、恋愛成就。

 恋愛成就の色違いだけじゃないか!


 少女が、さらなる笑顔で箱を寄せてくる。

 まさか、オレがミズキを見つめているのを見て、勘違いしているのか?

 オレが断ろうとしたそのとき、少女の援軍がやってきた。


「うちの御守りは、特別製なんですよ」


 少女のお母さんだ。ちなみに二人とも、巫女服のような、宗教的な服装をしている。


「実はうちの人、精神感応テレパシーの魔術に適性があるんです。それを魔術付与エンチャントしているので、本当に相手に自分の思いを伝えることが出来るんですよ。とはいっても魔術付与エンチャント出来るのはごく弱い力だけなので、使用は一回だけで伝わるのは感情くらいですけど」


 マジか! 精神感応者テレパスは有名な希少魔術師だぞ。ただ、日常生活ではむしろ「勝手に心を読まれた」などの噂の風評被害にも会いかねないから、実際には適性を隠していることも多い。他人の心を読めるレベルの術者はさらに稀で、たいていは国レベルでの管理がなされ、囲われていることが多い。


 それをこんなにおおっぴらにしてしまっていいのだろうか? 神職者だから大丈夫? なのか?

 それにしてもこの御守りは便利だな。これを使って告白すれば、成功間違いなし。


 ……ん? ほんとにそうか?


 万が一、少しでも邪な感情が紛れて伝わってしまったら、完全に逆効果だぞ。

 もしそれが学生で、告白された人がクラスメートにでもバラした日には、その後の学生生活が波乱に満ちたものになるだろう。


 リスクを考えたら、実行に移すにはためらわざるをえない。


 もっと大人の恋愛だったら……? いや、考えるのはよそう。前提が無数にありすぎて埒があかない。


 少女とお母さんの顔を見る。変わらぬ営業スマイル。売る方に悪意は無いようだ。

 値段は? あー、日本でいえば五百円くらい。子供の小遣いで買えるな。


 しょうがない。一つ買ってみるか。


 オレはウエストポーチから小銭を取り出し、赤い御守り一つと交換で少女に渡した。


「わぁ、ありがとうございます!」


 本当に買うとは思っていなかったのか、自然な笑顔で挨拶すると、振り返ってお母さんに報告している。お母さんもこちらに会釈をし、良かったわね、などと話しながら戻って行った。

 オレは御守りをズボンのポケットに突っ込むと、紙コップのお茶をすする。


 美味い。良い茶葉を使っている。いや、煎れ方がいいのだろうか。

 どこか、心の凝り固まったところがほぐれるようで、リラックスするのを感じた。


 ……。


 そうじゃないんだって!

 近隣住民の依頼をこなして役に立つのは良いことだが、それじゃあオレの目的は達成出来ない。

 オレは自らの決意を新たにするため、自分の過去を、前世を振り返っていた。



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