010 化石の惑星

 船は未知の星に不時着した。その星の屋内マーケットで古書市をのぞくと、いつか私が書いたメモの束がじて売られていた。私はすでに発見されている。過去として。歴史の一部として。私はそれを手に取った。紙の色はこんな風だったか、こんなインクを使ったか、もう全く記憶はないのにそれはってかさりと乾いた音を立てる。私は思う、恐らく発見者や購入者のほうが私よりもこのメモに近い。いつかこれを書いた私よりも近いのだ。


//箱入りの全集本の上にアンティークの洋燈ランプが置かれ

  ミニチュアのびょうには朱と黒の金魚が泳ぎ

  (精巧な刺繍が硝子がらすに挟まれている)


  緑のきれを貼った箱にはせたような薄水色のサテンの内張り

  象牙細工の首飾り

  すいの蝉//


     (隙間なく売り物を並べた机の

     囲む中には誰もいない)


       //夜が薄められて香水になる

         私は広いその場所の

         さざなみのようなざわめきを知っている。//


 別の星に向かわなくてはならない。あまり時間がないのだ。広い建物と古物売買を文化とするこの未知の星を未知のままに、船で旅を続けなくてはならない。それも良いだろう、もっとたくさんの私が再発見されるのならば私はそれに耐えられない。見なかった振りをして、私は死せる過去の一部として、このメモ束を書いたのが私だなんて決して知られることなくやり過ごすべきだった。ああだけど、この星には他にどんな私が在るのだろうか、過ぎ去った私、もう思い出せない私、私から遠く離れて時間を旅した私たち。


         //洋燈に灯を

         夜を

         聖なる停滞を

         過去が息を吹き返し

         切り落とされた私を私に再びつなげて

         私は垣間見たい、

         私が何であったのか//


 緑の蔭に私たちの船が停めてあるのだ、充分休んでもう飛び立てる。飛び立てば二度と戻ることはないだろう、いつかまたこの星を船が訪れる日があったとしても、それは私の命あるうちの話ではない。誰かがこの星で私のメモを気に入るだろうか。書かれたことを読み、人に伝え、解釈を試み、書いた私や私を取り巻く世界を知ろうとするだろうか。しかしそれはすでに私のものではないのだ。私は脱皮している。世界を他人としている。

 行かねばならない。行かねばならない。船が呼んでいる。連れは歩き出して、私は何も買わずに市をごり惜しく見やりながら。少しだけ少しだけ快楽に似た、取り返しのつかない切断を簡単に行う私に、それを傍観している私に、置き去りにする勝手さを知るように、足は滑らかな石の床を駆けよ、さよなら、さよなら、私の化石よ。

 私はこの星を離れ、離れることで過去は余すところなく死骸となって、二度と私とつながりはしないだろう。

 あなたがたの読み取る私は私ではない。あなたがたの解釈する何もかも、私とはゆかりのないものとなる。離れてゆく。永遠に。痛みのように心地良い。そうして私は旅人になる。


               //さよなら

                 さよなら、私の化石よ。//




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