一撃必殺の弱攻撃

 クエストを途中で放棄した純貴は、謎の老人を軽快な足取りで追っていく。時には木の上を、時には岩場を、平坦な道のように難なく走ってくるこの少年に、老人は驚きを隠せなかった。


(凄まじい)


 老人は驚きを隠せなかった。転生者で間違いないだろうが、並の転生者は自らの力を持て余し、驚きおののくものだ。それに、これは転生云々の話では説明がつかない。元々の身体能力が凄まじいのだろう。


(何か特別なものを感じる)


 老人は面白い、と笑った。

 目的地へ着いたのか、老人はツリーハウスの屋根の上に腰を下ろした。


「小僧、名は?」


「純貴です!」


「貴様の能力は何だ」


「攻撃力無限、防御力0、HP1!」


 現地民には言ってはいけないが、この老人は違う。


「そうか! 何故貴様は戦う。その薄皮あんぱんの皮のような打たれ弱さを自覚しておいて!」


 呼び方が『貴様』に変わっている。



「元の世界へ帰るためです! じいちゃんを、じいちゃんを一人に出来ない!」


 純貴はハッとした。薄皮あんぱん……? もしや……!


「おっと、わしのことを聞くなど野暮なことはするな。良いだろう。貴様の心意気、しかと受け止めた」


 老人は跳び上がると、回転しながら純貴の前へ降りた。


「貴様に教えよう。攻撃力を下げる方法だ」 


「はい!」


「しかし、めちゃくちゃ単純だ」


「はい!」


「弱めに殴れば良い!」


「えー!!」



 凌馬はクエストの完了をギルドに伝え、純貴のことを追っていた。


(あの野郎、仕事放棄して何してるんだ)


 森の中は危険だ。茂みによって敵から奇襲をかけられることもしばしばある。

しかし――


 強く踏み込んだ足跡がつくのは、土でなくてはならない。追うには好都合だが、通常ぬかるんでいないとここまで綺麗に足跡はつかない。足の大きさからして大の男……彼しかいないだろう。


 様々な障害物を何とか乗り越えていくと、森の中の開けた場所に来た。一番大きな中心の木には、ツリーハウスが建てられている。

 その端に、彼はいた。


「おい、純貴! 一体こんなところで何を……」


「やれい!」


 近づこうとすると、目視できる衝撃波が自分の体を吹き飛ばし、その衝撃波が収束していく。その全てが収束していくと、爆発が起き、木が三本ほど倒れた。


「だめです! 小指でデコピンしただけなのに!」


「まだ強い!」


 奥で背筋の伸びた精悍な老人が、純貴に激を飛ばしている。


「何やってるんですか」


「何だ貴様は」


 老人は鋭い眼光を凌馬に飛ばす。


「凌馬、今俺はこの人に特訓してもらっているんだ。攻撃力を下げる特訓さ」


 それは特訓と呼ぶのか疑問だったが、彼に関しては納得した。


「俺はこいつと同じ……」


「仲間だ!」


「そうか。揃いも揃って転生者とはな」


 老人は顎をさする。


「凌馬とか言ったな。お前は何故旅に出る」


「え? 旅に出るなんて一言も……」


「こいつと共にいるということは旅に出ることになるぞ。こやつは無謀にもホーリーラジェントを探しておる。それも十個」


「は!? 十個なんて無理だ!」


 あまりの突拍子もなさに、凌馬は思わず叫んだ。


「無理ってどういう事だ」


「ホーリーラジェントだぞ? この世界じゃ存在自体確認されてない。いにしえの時代に一つ見つかったって手記があるだけで、あったかどうかは定かじゃないんだ。それを十個なんて……」


「でも! 俺はやらなきゃいけないんだ! あの世界に帰るために!」


 フゥーと凌馬は一つ呼吸を置いた。


「しかし、幻の宝石だぞ? 何か心当たりは?」


「あるぞ」


 二人はバッと老人に体を向けた。


「ど、どこです?」


「ヘンドリアにわしの旧友がおる。赤髪の小僧が言った手記を発見した男がな」


 老人は懐から紙を取り出すと、羽根にインクを着け、サラサラと書類を書いた。


「こいつを見せれば会わせてくれるじゃろう。後は奴と話せ」


 純貴は紙を丁寧に折って懐にしまうと、凌馬に頭を下げた。


「頼む! 一緒にホーリーラジェントを探してくれないか? 俺は元の世界へ帰らなきゃいけないんだ……!」


 凌馬は自分より二回りほど大きい男が、目の前で直角に腰を曲げている様子を見て、ため息をついた。


「そろそろここら辺にも飽きてきた頃だ。行ってやるよ。幻の宝石を探す旅に。そして俺は勇者を目指す」


 純貴の顔はパッと晴れ、凌馬と固い握手を交わした。


「それじゃあ、貴様は早く習得せねばなるまい。必殺の弱攻撃をな」


「はい!」


 純貴は満面の笑みを浮かべていた。その後二日をかけ、一撃必殺の弱攻撃を習得したのであった。

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