初仕事

「どうもどうも、よろしくお願いしますねぇ、お若いヤマネコさん」


 純貴らは依頼人、ベームの家へ来ていた。ベームは高齢で、特に裕福でもなさそうだが、優しそうな笑顔を浮かべていた。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 二人は大きな声で挨拶する。しかし、聞こえないようで耳をこちら側に突き出してきた。 


「すみませんねぇ、年だと声が聞こえにくくて仕方ないんですよ。特に男の人の低い声は」


「こちらこそ! よろしくお願いします!」


 純貴は自慢の大声でそう挨拶すると、「ああ、どうも」とわかったようだった。


「ああ、そうだ、それとそこには薬草集めと書いたんですけど、少し予定が変わってしまいまして。この国の外、モジナ平原の森にしか取れない薬草がありましてねえ、それを取りに行きたいのです」


 純貴はモジナ平原が何なのか目で尋ね、この国の前に広がる平原だということを耳打ちで教えてくれた。


「あそこは魔物がいますので、我々で取りに行きますよ。薬草の種類だけ教えてください」


 凌馬がそう提案するも、ベームは困り顔だった。


「でもねぇ……わかりずらいわよ。この薬草とこの薬草なんだけど」


 ベームは慣れた手つきで植物図鑑を開き、一つの見開きページを見せた。そこには『ベス』と『ブス』二つの見分けの全くつかない薬草が並んでいた。


「私はベスを取りたいの。でも、形も色もほぼ一緒だし、判断材料が匂いしかないのよねえ。ベスは蜂蜜の香りがするんだけど、ブスはもう少しで腐る蜂蜜の香りがするのよ」


 なんだその匂いは。ギリギリ腐ってないなら同じ香りがしないか?


「……我々が護衛します」


 観念したのか凌馬は素直にその要求を呑んだ。


「え?」


「我々が! 護衛! します!」


「そう。助かるわ」


 何かが起こりそうな気がする、薬草集めへ三人は出掛けていった。



 国から出るためには、それなりの手続きをしなければならない。しかし、ヤマネコ、特にカジオスを超える役職の者は驚くほど簡単な手続きで国を出られる。カジオス以上の役職は簡単になれるものでは無い。それだけ、上位の階級は、戦闘役職の法律や決まり事も相まって信頼をされているのだ。


「凌馬って階級カジオスだったのか」


「まあな。半年くらい前からコツコツと簡単すぎる注文をさばいていったのよ」


 国を出ると、見事なまでに一面に草が生えているだけの、平原に出る。道はあることにはあるが、客人用で特に国の人間は使わなかった。そこから少し歩けば、モジナの森につく。


「おお、ありましたありました。これがベスです」


 ベスはツユクサに似ている植物だった。左の偏頭痛によく効くという。


「そんなピンポイントな症状あんまねえぞ」

 

 凌馬は小声でぼやいた。


「ちなみにブスには毒がありましてねぇ。全身にできものができて、最悪死んでしまうらしいのです」


 げっ、と凌馬と純貴は身構えた。その姿を見てベームは微笑む。


「口に含まなければ大丈夫ですよ」


 全て集め終えたのか、ベームはよいしょ、と立ち上がると、


「終わりましたので、帰りましょうか」


「ええ。何も出なくて良かったですね」


 凌馬は純貴を肘で小突き、「簡単だったろ?」と耳打ちした。

 しかし、純貴らが帰路についたその時だった。いきなり森の鳥が一斉に飛び立ったかと思うと、獣の唸り声が響いたのだ。


「なっ……くそ、森の主か? ベームさん、あなたはそこのでかいのと一緒に帰ってください!」


 ベームは聞こえなかったのか耳をこちら側に突き出してくる。


「純貴、そのばあさん持って走れ!」


「凌馬はどうする気だ」


「全員逃げても、魔物は足が速い。結局追いつかれるなら、ここで撃退する!」


 純貴は拳を握ると、ベームを抱えて走った。


「どうしたんですかぇ? いきなり走り出して」


「獣の声がしたのです。危ないですから、ここはすぐに……」


 言い終わる前に、眼前に巨大な獣……否、魔物が現れた。ライオンの姿に所々木の根が巻き付き、目には斜めに切り傷がある、十メートル以上の巨大な魔物が、純貴らの道を塞ぎ、威嚇するように吠えた。

まずい――

 純貴はゆっくりと魔物の目を見ながら、背を向けずに遠のいていく。これは、猟師だったころの、肉食動物は背を向けて逃げるものを追いかける習性がある、という教えであった。

 しかし、距離は詰められるばかりだった。


「どうする――」


 純貴とベームは、追い詰められていた。

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