Tale3 ふたりの旅路

「うっ……ぐすん……」

「泣き止んだか」


 ヴァンとアメシストは、大きな樹の根元に座って話を始めた。


「ええと、ヴァン……だったな」

「ああ」

「同じことを何度も聞いてしまうようだが……お前は、一体何者なのだ?」

「宝石の魔法使い、その中でも金剛石の魔法使い、らしい」


 こんごうせき、というのがどういう物かアメシストには分からなかったが、自分の元となった紫水晶と自分がそっくりだ、とウィスタリアたちから言われたことから推測はできる。


「それでは、お前も宝石の魔法使い……私と同じ。うむ、全く分からなかったのだ。感じる魔力も全然私とは違うし」

「そうなのか……。オレは、魔力の感知とやらが苦手でな。お前から感じる魔力が自分と違うってこと、よく分からないんだ。魔法使いながら情けないことなのだが……。アイツはこういうの、得意だったんだけどなあ」

「あいつ?」

「オレの……親友の事」


 宝石の魔法使いであること、自身の使える力について、大切な仲間のことについて、二人は会話を弾ませた。


 日が沈み、冷え込みが厳しくなってきたので、ヴァンは身を震わせた。暖をとるために、焚き木を燃やした。


「!」

「どうした?」


 アメシストは怯えて、ヴァンに身を寄せた。


「こ、怖い……」

「ああ、すまない。あんな事があったから怖いのも無理ないよな」


 ウィスタリアたちを灰へと葬った炎。彼女にとって、苦しみ、死、それらに類するものと同然の恐怖だった。


「でも、ヴァンがいるから、あったかい」

「そうか、それなら良かった」


 しばらくして、アメシストはすやすやと、安心した表情で眠っていた。ヴァンにもたれかかっていた。アメシストの寝顔を見て、彼女の頭をそっと撫でながらヴァンは言った。


「こいつ、元は人懐っこいやつだったんだろうな」


 ヴァンは敵襲を警戒しつつも、浅い眠りについた。


 朝日が差し込む。暖かな木漏れ日となり、二人を優しく照らした。


「ふぁーっ。ヴァン。おはようなのだ……」


 伸びをするアメシスト。こんなに気持ちの良い目覚めは、久しぶりだった。


「おはよう。アメシスト」


 昨晩、二人は互いの身の上を話した。今日は、今後の行動について話すことにした。


「ヴァン、お前にはどこか行く当てはあるのか?」

「ぼんやりとは、ある」

「どこなのだ?」

「『四季の島』って知ってるか?」

「ウィスタリア達から少しだけ聞いたことがあるが、詳しくは知らないのだ」

「四季の島ってのは、春、夏、秋、冬という四つの季節がある、遥か極東の島らしい」

「季節って何なのだ?」


 自分が知識に乏しい事を自覚していたヴァンであったが、必死に頭を捻り、アメシストにも分かるように説明をする。


「うーん、春が、あたたかい時間、夏が、暑い時間、秋が、涼しい時間、冬が、寒くて、雪が降るという時間……だとか? すまん、オレじゃ上手く説明ができない。アイツなら詳しいんだけどな。四季の島に行きたいって願いが叶えられなかったあいつの代わりに、オレがそこに行こうと思ってたんだが」

「ふふ、お前の大好きな友達のことか?」

「大好きな……って、そんな事アイツの前じゃ絶対言いたくないし、いいや、思ってもいねえし!」


 取り乱すヴァンのその姿に、アメシストはくすくすと笑う。


「何だよ、笑ってくれるなよ! この!」


 アメシストは、ヴァンの親友とやらに興味が湧いて仕方がなかった。透き通る夜空のように黒い髪をした、気さくで、おっとりした、優しい青年だという。ぜひ会ってみたい、という気持ちが大きかったが、ヴァンの話から、そのような事は言ってはならないと感じていた。


 レオンハルトに殺されたヴァンの親友のことだ。彼の話題を出すことは差支えなくとも、彼がこの世にいないということを表立って言うべきではないと、アメシストは理解していた。


 信じたくないような出来事は、誰にだってある。アメシストは痛い程、分かっていた。


「そうだ、アメシスト。この先、行く当ての話だけど、確かに、そいつのためにも四季の島にも行ってやりたい。でもな、今は違うんだ」

「そうなのか? 私も行ってみたいのに、その四季の島とやらに」

「オレは別に、行きたい場所が決まった」

「どこなのだ?」

「お前を狙う敵がいなくなる場所」

「う、うむ!?」


 アメシストは、嬉しい気持ちと驚きの気持ちが入り混じり、妙な声をあげてしまった。


「オレはお前が安心していられる場所を見つけたい。四季の島に行くはその後でいい。アイツだって、きっとそう言うはずだ」

「ヴァン……」

「この近くに、本の沢山ある場所、図書館があるらしい。通りがかる魔法使いの会話から聞こえてきた。そこで手掛かりを探そうと思う」

「ふむ、本が沢山あるのはよいな。私も、よく読んでいた時期がある」


 レオンハルトのことは思い出したくない。けれど、彼の居城で過ごした時、彼の側近であるソルという男に相手をしてもらった、その時間はかけがえのないものだった。彼に膝の上に載せてもらって、絵本を読んでもらった。どれも、興味深い内容だった。彼と接したのはたったその時だけだったのに、忘れられない。


 レオンハルトの側近ということだから、敵、なのだろうと言い聞かせた。でも、レオンハルトとソルが共に行動をするところを、アメシストは目にしたことが殆どなかった。


 本、という言葉を聞いて、思いを巡らせてしまったが、アメシストは現実に戻った。


「でも、私は入れないから外で待っているのだ。私は他の魔法使いたちにはレオンの仲間だと思われている……。私を見つけた悪い連中が、図書館に入ってしまったら大変なことになってしまう。関係のない者たちを、怖がらせるわけにはいかないのだ……」

「アメシストの言うことで間違いはないが、外にいる間に襲われたらどうするんだ? お前もついて来い!」

「ええっ!? でも、私は見た目ですぐに分かってしまうのではなかろうか」


 紫色の、輝き波打つ長い髪をくるくると指に巻き、アメシストはため息をつく。


 ヴァンは、少し考え込んだ後、いきなりマントを外し、ばさっとアメシストに覆いかぶせた。


「なっ、何をするのだ!?」

「これ巻いとけ」


 ヴァンは、アメシストに自分のマントを頭巾のように巻き付けた。


「中々可愛いじゃないか。これならお前の紫色の髪も、紅い眼も、肌も、ウィスタリアの髪飾りも見えないだろ。行くぞ!」

「う、うむ!」


 半ば強引な形で、ヴァンはアメシストの手を引き、二人で図書館へ入った。


 二人は受付の魔法使いから、この者を入館させて問題はないか、という審査を受けた。レオンハルトのせいだろうか、この周辺の治安が悪化しているため、情報源となる書物に触れることへの警備が厳しくなっているということだろう。


「銀髪のあなたはいいわよ。だけど、その白頭巾のお嬢さんの顔……ちょっと心当たりが」

「……バレたのだ!」


 アメシストはヴァンにしか分からないような小声で、漏らした。


「あ、ああ! よく似てるって言われるんだよな! その……すごく悪い人間の仲間って言う小娘に! いやぁー、本当どこに行っても間違えられて困ってるんだ! 全く、あんな小娘とは別人だって言うのに、な、なあ!」

「う、うん、そうなの……だよね!」


 ぎこちない口調で、とっさにアメシストはヴァンに合わせた。


「うーん、確かに似ているけれど、少し絵とは違うかもしれないわね。ごめんなさい。疑ってしまって。ではごゆっくり」


 二人は何とか潜り抜けた。早足で目的の本の一角まで向かう。人気の無い場所に二人はとどまった。


「ふう、危なかったな……。ざっぱなチェックで助かったぜ」

「ヴァンっ……酷いのだ! あんな小娘って……」


 アメシストは、あの嘘が必要なことだとは分かっていたけれど、涙ぐんでしまった。


「冗談に決まってるだろ! あそこを抜けるには、ああでも言わなきゃいけなかった」

「ほ、本当に思ってないのだな?」

「当たり前だろ。……ううん、冗談でも、ごめんな。嫌な思いをさせてしまって」


 ヴァンは、謝罪をした。


「うむ、分かってくれたなら、よし」


 アメシストは安心した。


「まず、お前の居場所が何故見つかってしまうのかについてだが」

「私の見た目が目立ってしまうからではないのか?」

「何となく、だけど、それだけじゃないと思っている。見つかるにしてもあの頻度は異常だ」

「何か別の原因があるのか?」

「アメシスト、その、お前の身体に刻印があっただろう。バラの花のような模様の」

「なぜ知ってるのだ?」

「……お前の怪我を手当てしてやろうとしたときに、見た、というか……見えてしまった。ごめん、あまり見られたくないものだよな」


 ヴァンはなぜか気恥ずかしそうに、目を逸らしながらそう言った。


「これは……あの男が、私が逃げる前に焼き付けたものだ。……すごく痛かった。でも……何のためなのか全く分からないのだ」

「オレの想像では、お前の居場所を感知するためだと思う。お前が逃げるときに、あいつがお前を引き止めないなんて有り得ないだろう。その結果、お前は色々なやつらから襲われる羽目になったんだけどな」

「なぜ、そんなことを……」

「あのクソジジイの考える事だ。分かりたくもない。とりあえず、その魔法の刻印について調べてみよう。その魔法による効果などを調べていけば、逃げ切ることに一歩近づくと思いたい」


 彼は、魔法の文様についての書物を手に取り始めた。アメシストと共に、索引を漁り、彼女の身体に刻まれた物に近い柄を探す。膨大な種類の図柄の中から探し当てるのは至難の業だ。けれど、彼らは粘り強く、書面とのにらめっこを続けた。そしてようやく、花柄の図柄の一覧に辿り着いた。そして、バラの文様について記された箇所を見つけた。


 焦点を当てたところで、腰を据えて読むこととした。ヴァンの横で、アメシストも一緒に本を眺めていた。ぴったりと、彼にくっつきながら。 


「これではないのか?」

「『黒バラの刻印』ってやつか? ええと、説明は『このまほうを うけしものは くらく ふかいばしょに こころをしばられ えいえんに かけしものの いのまま と なる』と。読みづらい文だなあ。しかし本当か? アメシストは操られてないだろう」

「だって、ほら」


 アメシストは、胸元の布を広げ、ヴァンに刻印を見せた。彼女は、妙に緊張してしまった。


「でも、本の絵と全く同じだ。じゃあ、お前には効いてないってことか?」

「まだ続きがあるみたいなのだ。えーと」

「続きだな。『また このまほうを かけられしもの かけしもの に いつでも みはられる』。……あれ?」

「確か、追ってくる連中は、何か私を感知するための道具を持っていた気がするのだ! 全員とは限らなかったと思うが」

「『このまほう とくことは とても むずかしい だが』……。何だよ! 途中で切れてるじゃないか!」

「ヴァン、続きの四巻!」


 アメシストは、見つけた本を軽いフットワークでヴァンに渡した。


「おお、ナイスだアメシスト! 『だが こうかをなくす ほうほうは ある それは うみを こえて とおく とおく へ いくこと たとえば このばしょからは みなみのしまじま しきのしま や』……!」


 少し前までの、彼の目指す地の名があった。


「四季の島……ここに行けば効力が無くなるってことか! オレが行こうとしてた場所と一緒なんて、すごい偶然だな」

「うむ、素晴らしい事ではないか! お前の親友の夢を叶えられるではないか!」

「ああ!」

「で、どうやって行くのだ? 『四季の島』には」

「そうだな……大陸や土地に関する本が集まる場所に行ってみるか」


 二人は、この世界の地理について記された書物の集まる一角へ向かった。


 世界の形状と、それぞれの土地への行き方が記された本は数多く並べられていた。魔法使いは、人間のように集落を形成し、定住しない一族も多い。だから、このような情報は需要の高いものであった。


「おお、良いものがすぐに見つかった。旅をするやつって多いんだな……。『しきのしま』。これだな! 『しきのしま ここへいくには まっすぐ ひがしへ とおくへ すすむ それだけでよい』」

「ふむ、難しくはなさそうなのだ」


 ヴァンとアメシストは、さらに読み進めた。


「『ひがし それは めぐみの たいようが のぼってくる ほうこう そのほうこうへ すすめば やがて このたいりく の おわりが くる そのうみを こえれば よい』。東ってのがよく分からなかったんだが、太陽の昇る方向、だな! 分かりやすいじゃないか」

「よかったのだ……方法が分かって」


 アメシストは胸を撫でおろす。ヴァンは本を戻した。


「行くべき方向は決まり切っていて難しくはないが、地図を見る限り、距離はかなりのものだな。長い旅になるだろうが……」

「私は、ヴァンがいれば長い旅なんて、どうってことないのだ」


 アメシストは生き生きとした表情だった。


「ありがとな、アメシスト」


 図書館での目的を果たした二人は、入り口へ戻ってきた。だが、そこには良からぬ雰囲気の連中が集まっていた。


「受付の女、ここに紫色の髪の女のガキは来なかったか」


 連中の一人はアメシストの肖像の絵を、受付の魔法使いに見せた。


「……! い、いや……見てないわ」


 その女性は、男の揺さぶりに、動揺を隠すことができなかった。


「見たんだな?」

「そ、そんな」

「おれたちは間違いなく、このガキがここに入って行くのを見たんだぞ?」

「こいつはお前らにとっても危ないやつなんだろ? このガキは、悪名高いレオンハルトって魔法使いの手下だと。まさか、匿ってんじゃねーだろなァ!」


 女性を脅していた一人は、剣を携え、鋭く尖った刃先を受付の首に突きつけた。


「やっ……止めてください!」


 女性は、涙を流しながら懇願する。ガタガタと震えており、少し離れたところにいるヴァンとアメシストから見ても、その恐怖のほどがよく分かった。他の利用客らも、怯えて近づこうとはしなかった。


「そいつさえ差し出せば、お前の命は助けてやるよ。さっさと言え!」

「アメシスト、ここに隠れとけ。絶対に出てくるなよ!」


 ヴァンは、受付の女性を脅す男の方向へ走りだし、剣を構える。


「なにやってんだ、お前ら!」

「うわっ!」


 ヴァンは、女性を押さえつける男の手を斬り付けた。


「痛ってぇ、誰だお前、邪魔すんな!」


 男は、受付の女性を手放した。


「あんたは逃げろ!」

「あ、ありがとうございます」


 ヴァンは連中の荒っぽい攻撃を撒きつつ、女性を逃がした。


「人質なら、こいつ以外にもいっぱいいるからな!」


 男は、手ごろな人質を見つけるべく辺りを見回した。図書館の外へ逃げ惑う人々が多い中、本棚の陰に隠れる小さな影に目を付けた。絵本が集まる一角にいた、小さな子供のようだ。アメシストよりもさらに幼い子供のようだった。


「丁度いい奴みっけ、撃て!」


 子供めがけて、一人が銃を放った。


「危ない!」


 ヴァンは子供を救うべく、その方向へ走った。けれど、確実に間に合わない。


 その時、近くに隠れていたアメシストは飛び出し、その子供をかばった。ヴァンの言いつけをいとも簡単に破ることになった。撃ち抜かれる子供の姿など見たくないと、身体が自然と動いてしまった。銃弾は彼女の頭をかすり、マントを解いてしまった。


 白いマントの中から、輝く紫色の髪が靡き出た。


 正体が、ばれてしまった。


「お前、大丈夫か」


 アメシストは子供に向かって、優しく言う。


「このお姉ちゃん……」


 子供は、アメシストの手を強く振りほどき、受付の女性に泣きついた。


「あのお姉ちゃん、色んな魔法使いたちをいじめてるっていう、ひどい魔法使いの仲間なんでしょ……? こわいよ……」

「もう、大丈夫だからね……」

「おい、やっぱりあの小娘がいたぞ!」

「間違いねぇ!」


 連中はこぞって言った。


「あなた……そうだったのね」


 幻滅したように、受付の女性は言った。他の利用者の魔法使いたちも、責め立てるように言う。


「さっさと捕まえようぜ!」


 連中は、アメシストに攻撃を仕掛ける。


「くそっ!」


 ヴァンはすぐさまアメシストの元へ駆けつけ、攻撃を次々と跳ね飛ばす。


「こいつ、結構手馴れていやがる」


 悪党連中は、ヴァンに攻撃が通用せず、力を切らし始めていた。


 彼らの小競り合いの中、他の図書館の職員たちが集まってきていた。彼らは、護衛用の武器を構えていた。


「何だ?」


 ヴァンは、彼らを見回した。悪党連中と同様に、自分とアメシストにも敵意が向けられていることを悟った。


「お願い、捕まってとまでは言いません……早く、ここから出て行って!」

「…………っ」


 アメシストは、悲しくも、仕方なさそうに俯いた。


「ほら! こいつらも言ってんだろーが! さっさとやられろ!」


 図書館の魔法使いたちも、悪党の魔法使いたちも、二人に攻撃を仕掛けようとしている。味方はいない。


 全てが敵。


「ちっ、逃げるぞ、アメシスト!」


 ヴァンはアメシストの手を引き、走り出した。職員たちは一斉に魔法を放つ、あるいは、発砲した。


「待て!」


 しばらく走り、職員たちを振り切った。悪党どもはしつこく追いかけてきた。


「どけ! おまえっ!」


 連中は、ヴァンに攻撃をする。連中の魔法や銃弾を剣で跳ね返して連中に当てた。かなり弱い魔法使いであったようなので、苦労せずに倒すことは出来た。二人は連中から離れるように、急いで森の中を走り抜けた。


「うむ……あの悪い連中の気配はなくなったとみえる、のだ」

「何とか……振り切ったな……それにしてもあいつら……」


 走り疲れたヴァンは、息を切らし、地べたに倒れ込む。


「ヴァン……」


 アメシストは、ヴァンを心配した。


「おまえの言いたい事は分かる。図書館の魔法使いたちのことは責めるなって言いたいんだろ」


 アメシストは頷いた。


「悪いのはあのクソジジイやお前を攻撃するやつらだ。オレも、図書館の魔法使いたちを恨んでない。もしオレがあいつらの立場だったら、きっと……同じことをしていたと思う。とりあえず、レオンの魔法から逃れる方法は分かったんだ」

「そう、だね」


 ひとまず、今後の行動について指針が定まった、というだけでも大きな進歩だ。


 いつの間にか、日が暮れていた。先程の連中は撒いたものの、そろそろ怪しい連中や危険な魔物がふらつき始める時間だ。急いで逃げ込んだこの場所は、森の奥深く、魔法使いたちの手の加わらない場所であったから、下手に行動すると、そのような者たちに遭遇する危険性も高い。


「もう遅い時間だ。隠れる場所を見つけて、寝よう」

「うん……」


 二人は、手ごろな茂みを見つけたので、危険が無いことを確認して、その中に潜り込んだ。ヴァンにとっては身体を縮こませても少々狭かったが、アメシストには丁度良かった。眠る姿勢を作り、落ち着いたところで、アメシストは話し始めた。


「ヴァン。図書館での事は、本当にすまなかったのだ。私のせいで、お前まで」

「何だよ。謝る事じゃないだろ。いつかこういうことが起きるだろうとは思っていた」

「そうか……」


 アメシストは、彼にそのようなことを考えさせてしまう自分の至らなさを、辛く思った。


「……おやすみ」

「おやすみ。アメシスト」


 アメシストはすぐに、深い眠りについてしまった。ヴァンは少しの間、起きていた。やはり、落ち着いて眠ることは、彼にはできなかった。休む暇もなく、かつ自分の力を尽きさせることのない程度の警戒を張り巡らせていた。


 ふと、アメシストが寝言を言った。


「…………はやく……しきのしまに……いきたい……よ」


 アメシストの目からは涙が一粒流れ出ていた。透明な雫は、茂みの隙間から差し込む僅かな月明かりを反射して輝き、白い頬を伝う。


「必ず、連れて行ってやる」


 ヴァンはアメシストの頭を撫でながら言った。




 ヴァンとアメシストは、随分と遠くまで来た。旅の初まりの地は、どちらかというと森が多く、冷ややかな気候の土地だった。いつの間にか、暖かい気温の日が続き、開けた道を歩けるようになっていた。


「最近、お前を狙う敵も減ってきたな」

「ふむ……遠くへ来たから私のことを知る者が減ったのだろうか?」

「そうかもな。まあ、良いことには違いないな」


 ヴァンは珍しく口を緩めて話した。不愛想とまではいかないが、素直に笑ったりするのは苦手だと、彼は自覚していた。


「よし! 魔法の練習でもするか」

「うんっ!」


 軽い撃ちあいを終えて、ヴァンが言った。


「お前、杖を使うのが上手くなったな。最初とは比べ物にならないほど、強くなったんじゃないか? もうオレがいなくても大丈夫かもな」


 冗談のつもりで、ヴァンは言った。


「やだっ!」

「うわっ!?」


 アメシストは泣きながらヴァンに抱きついた。


「やだっ! ヴァンがいなくなるなんて、そんなこと言わないで……私はヴァンと、ずっと、ずーっと、一緒にいたいのだ……」

「いきなり何だよ」


 強くしがみつくアメシストの姿を微笑ましく思い、くすっと笑うヴァン。


「オレも同じだ」


 アメシストの表情は、ぱあっと晴れやかになる。


「お前と一緒に旅ができて、とても楽しかった。アメシスト、お前はオレ一人じゃ絶対に気付かないものに気付かせてくれた」

「ヴァン……」


 アメシストはぎゅっとした。


「行こうか」

「うん!」


 手を固く繋ぎ、二人は歩き始める。


 ――突如、銃声が響く。


「わぁ!」

「アメシストっ!」


 吹き飛ばされるアメシスト。彼女の髪飾りは撃たれ、飛んでいく。


「あ……あっ!」


 彼女は必死に追いかけて、ウィスタリアの髪飾りを拾った。すぐにヴァンの元へ戻ろうとした。ヴァンもアメシストを引き戻そうとする。


「うぁっ!」


 二人の間には、見えない壁が現れていた。二人はそれに勢いよくぶつかり、怪我をした。


「何だ! アメシスト! 大丈夫か!」

「ヴァン……何かに囲まれて出られない、のだ」

「!?」


 魔法の障壁、だろう。そして、ヴァンは戦慄した。


「魔力の感知が苦手なオレでも、感じ取れるほどの魔力を持ったやつ、お前しかいない……」


 おぞましい力を感じる方向を睨みつけ、彼はその憎き名を言い放つ。


「レオンハルト!」

「久しいな。ヴァン、アメシスト」


 低く落ち着いた声で、彼らの名を呼ぶ男が、そこにはいた。銃を杖に戻し、立ちはだかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る