Tale2 灰色の道

 レオンハルトは、アメシストを逃がしたのであった。


「アメシストの雷の力は私にこそふさわしい。しかし、魔力そのものは未熟だ。しばらく、野放しにしておくこととする」


 アメシストに愛情を注いで魔力を高めることはかなわなかった。精神状態を安定させることによる魔力の向上は、望めなかった。別の方策を打ち出すこととした。


「……面白いことを思いついた」


 レオンハルトには、ソルを除いて、部下を有していなかった。


 彼の手下に就きたいという魔法使いや魔物は数えきれないほどいた。そこで、レオンハルトは彼らを利用する事に決めた。レオンハルトは魔物などの潜む場所へ、ソルと共に向かった。


 ソルは、白い仮面を付け、黒いコートに身を包んだ男だった。ほとんど口は開かない。レオンの言葉に軽く受け応えることしかしなかった。


「聞け。レオンハルト様が話をされる」


 厳しい口調でソルが言った。悪い魔法使いや魔物たちがぞろぞろと集まってきた。レオンハルトは口を開いた。


「よく集まってくれたな。お前たちに頼みがあるのだ。この小娘を探して捕まえろ。紫色の波打つ髪をした紅い眼、白い肌の小娘だ。ウィスタリアの髪飾りをつけている。もちろんただとは言わない。私の持つ道具でお前たちの好きなものをやろう。その小娘と引き換えにな。いくら傷つけても良いが、殺してはならん」

「いい話じゃねぇか」

「ガキなんだろ? 余裕余裕」

「絶対捕まえてやる!」


 集まった者たちは荒い口調で、口々に言った。


 レオンハルトは、確信していた。アメシストが逃げ出したあの日の出来事から分かったのだ。彼女の能力は、彼女を窮地に立たせてこそ、引き出され、より強くなるものだと考えた。


 だから、魔法使いや魔物を利用し、彼女を追い詰めさせることで、レオンハルトにとっての彼女の利用価値を高めようと考えたのだ。




 アメシストの苦難の日々はここから始まった。


 理由も分からずに攻撃される日々。殺されはしないが、自分を捕らえようと、知らない者たちが彼女に襲い掛かる。ある時、これがレオンハルトの命令のためだということを知った。


 彼女を助けようと優しい声をかけるものもいた。それらも全て、彼女を油断させて捕らえる為ではあったのだが。


 レオンハルトに従っているわけではない一般の魔法使いたちも、彼女を助けてはくれなかった。彼は日頃から、数多の善良な魔法使いたちから略奪行為を働いていたようだ。多くの者が傷つけられ、命を失った者も少なくなかった。


 レオンハルトの頻繁な外出の実情を今となって理解し、ますます彼を憎むようになった。あのとき、この男が血に濡れていたのは、怪我を負ったからではない。彼が傷つけた者たちの血だったのだ、とアメシストは気づいた。


 そのレオンハルトとアメシストが一緒に暮らしていた事を知った者たちは、アメシストがレオンの手先だと思い、彼女が村に入るやいなや、彼女を攻撃し追い返した。


 しかし彼女は、彼らを恨む事はしなかった。


 自分と同じ、この男による被害者であるからだ。




 ある日、彼女は傷だらけでとぼとぼと歩いていた。


「うわああああ!」


 悲鳴の先にアメシストが向かう。


「うう、ごめんなさい……」

「は? そんなんで許されると思ってんのか? このゴミが! この俺様にぶつかりやがって、タダじゃ済ませねーぞ」


 幼い子供の魔法使いが、悪い魔法使いの男に襲われていた。悪い魔法使いは、拳に付けた装甲に魔力を纏わせて、子供に殴りかかろうとした。


「何をしている、やめろ!」


 アメシストは、子供をかばい、拳を小さな背中で受け止めた。骨が砕かれるような痛みが彼女を襲った。


「がはっ」

「お、お姉ちゃんっ……」


 アメシストは、口から血をこぼした。子供の服を汚してしまった。


「またガキかよ……って、お前! レオンハルトっていう人間が言ってた小娘じゃねえか! こいつに変更だ! 逃げんじゃねーよ!」

「レオンハルトって、お姉ちゃん」

「っ!」


 アメシストは子供を無理やり抱えて、なんとか悪い魔法使いをやり過ごした。幸いなことに、狭い茂みに入るとその魔法使いの体格では入ることは出来なかった。アメシストは子供を連れて、安全な場所で降ろそうとした。


「安心しろ、もう大丈夫だ」


 彼をなだめたその時、子供の魔法使いはアメシストの腕に噛み付いた。


「どうしたのだ!」

「放して! お姉ちゃん、レオンハルトっていう、すっごい悪いやつの仲間なんでしょ! ぼくの村の仲間を殺して道具を無理やり奪っていった……そんな最低なやつの仲間なんでしょ!」


 吐き捨てるように彼は言った。


「来ないで! 近づかないでっ! おまえみたいなやつ、いなくなっちゃえ!」


 子供はすぐさまアメシストののもとを離れた。アメシストは呆然と、走り去る子供の背中を見つめていた。彼女は、子供が怪我をしなかったことひとまず安堵していたようだ。その顔は決して悲しみを見せようとはしなかった。


「これで、いいの。ウィスタリアの代わりに、みんなを助けて生きていきたいから。……私みたいに、誰かがひどい目にあっている姿を見たくない」


 その声は、震えていた。


 悪い魔法使いたちに襲われる魔法使いを見つけると、すぐに彼女は身をていして助けていた。彼女を信用しない魔法使いたちは助けられても、彼女を置き去りにし、すぐに逃げた。酷い言葉を浴びせていく者もいた。


 彼女に襲い来る魔法使いと魔物たち。魔法の使い方も分からず、戦いに慣れていない彼女は、命からがら逃げ切るのがやっとだった。


 相変わらず甘い言葉で誘ってくる者たち。彼女は何も信じなくなった。抵抗すれば眼の色を変えて彼女に攻撃を加えて力ずくで捕まえようとするのだった。身も心も綻びていった。


 そうだ、といつの間にか、自分の口ぶりが変わっていたことに、アメシストは気づいた。そんなことは、どうでもよかった。




 ある日、名もなき小さな花畑にたどり着いた。懐かしい香りのする、花畑であった。


 確か、ウィスタリア達と遊んだときに見たことのある花だ。傷だらけになり、疲れ果てていた彼女はその中にちょこんと体をうずめた。空は鈍く曇っていた。


 何かが見えた。


 ウィスタリアだ。アメシストはそのほうへ歩み寄る。


「ウィスタリア……」


 美しい彼らに触れようとしたその時、その羽は光となってすうっと空気に消え入った。


 幻覚だったのだ。疲れいったアメシストの精神状態と、その花々の魔法が織り成した、幻覚であった。


 眼を覚ますアメシスト。幻覚だと理解すると、ふっと力が抜け、花畑に倒れ伏した。手を地に着けると、傷だらけに、血だらけになった、小さく、弱々しい手が見えた。彼女の眼から涙が滴り、雫はその手に落ちて弾けた。重なるように雨粒が降りかかってきた。


 彼女は叫んだ。


「何故、私はこんな目に遭わなければならないのだ! あいつのせいで! レオンのせいで! あの男さえいなければ……! ウィスタリアだって死ぬ事はなかったのに! 今だって、私は彼らと暮らせていただろうに!」


 怒り、憎しみ、悲しみ、ありとあらゆる負の感情が、アメシストの頭をいっぱいにした。


「なんで、なんでなんだ!? なんで! なんで! なんでっ!」


 哀しく泣き叫ぶアメシスト。自らの手を地面に何度も叩きつけ、白い手はさらに赤く、滲んでいた。花々は哀しそうに、彼女の方を見つめていた。


 その時、凶弾が彼女の頭上を走った。


「おいおいおい! 紫水晶の小娘がいるぞ!」


 大声で、男の魔法使いが騒ぎ立てる。


「ひゃははッ! きったねー! ボロボロじゃねーか!」

「チャンスじゃね? さっさととっ捕まえてレオンハルト様んとこもってこーぜ!」


 いつものように、レオンハルトに吹き込まれた、悪い魔法使いたちが追ってきていた。


 アメシストはこの場所を汚されたくないと思い、すぐに花畑の外へ彼らを誘導した。


 追ってくる三人組の魔法使いの男たち。走って逃げる途中、魔法や銃でアメシストを攻撃する。慣れない足取りで何とかかわし続けるアメシスト。行く当てもなくひたすらに逃げ続ける。そして、最悪の出来事が起きた。


 行き止まりだ。


 高い崖になっており、浮遊も跳躍もできず、とても彼女に登れそうなものではない。素早く動ける力を持たないアメシストでは、男たちに挟み撃ちにされてしまう。


 彼女は戸惑う。魔法使いたちは笑みを浮かべた。三人で彼女を押さえつけ、気絶させようと首を締め上げた。必死の抵抗も、大人の男三人の前には通じなかった。


 意識が遠のく。彼女は、自分の最期を悟った。


「お前ごときがおれ達に勝てるとでも思ってんのか?」

「さっさ捕まれよバーカ!」

「あははははははははッ!」


 醜い笑い声がアメシストの耳を蝕む。そのとき、三人組ではない、見知らぬ男の声が、不意に飛び込んできた。


「大の男三人で、たった一人の小娘を集中攻撃か」


 アメシストを押さえつける魔法使いの一人の首に、後ろから剣が突きつけられていた。剣を突きつけている銀髪の青年は言った。


「死にたくないのなら、さっさとここを離れろ」


 彼は、鋭い眼差しで、アメシストを押さえる男を威圧した。


「邪魔すんな!」

「テメェも痛い目に遭わないとわからねーみたいだなッ!」

「死ねっ!」


 何も言わず、青年は魔物たちを軽く蹴散らした。


 アメシストは、怪我の痛みに耐え切れなくなり、気を失う。


 しばらく時間が経ったようで、アメシストはゆっくりと目を覚ました。怪我の手当てがなされていた。


「んん……」

「起きたか」


 三人組の魔法使いの男たちを追い払った青年の姿があった。


「!」


 アメシストは驚き、後ずさりした。


「怪我、大丈夫か」

「誰だお前は!」

「ああ、そうだな、オレは……」

「私に近づくなっ!」


 アメシストは精いっぱいの力で青年を押しのける。


「?」

「来るな! 来るな来るな来るな来るなっ!」


 アメシストは力ずくで青年をどかし、森の奥へ突き進んだ。


「おい待てよ! その怪我じゃ……」


 青年の言葉を全く聞こうとせず、アメシストは一目散にこの場を走り去った。


「誰だあいつは。あいつもどうせ私をレオンに突き出そうとしているはずだ。今までの連中にもああいう奴は山のように居たからな」


 面倒な男だ、と思いながら、とにかく距離を取ろうとアメシストは走り続ける。


「いた! あの小娘だ!」


 面倒事は、重なって起きるものだ。


「見失うなよ!」


 花畑からアメシストを追い詰めてきた三人組とは、別の魔法使いが追ってきた。


 今日は最悪の日かもしれない。いつもいつも悪い事しか起こらないのは分かっていたけど、言い尽くせないほどに、酷い日だ。きっと、これからも、死ぬまでそう思い続けるのだろう。


 アメシストは焦り、転んでしまった。彼らは彼女を地面に押さえつけた。怪我の手当て離されていたが、青年の言う通り、動ける状態にはなかった。彼女の腹部の傷に痛みが重なって走った。彼女の服は再び赤く染まった。


「っ!」

「つーかまーえたー……?」


 悪い魔法使いたちは倒れた。アメシストを追ってきた例の青年に、後ろから攻撃されたようだ。


「お前か。ついて来るなと言っただろう! しつこい奴だな!」


 同じことを何度繰り返せばいいのだ、とアメシストは青年を追い払おうとする。


「怪我。ひどくなってるぞ」

「話を聞け……っ」

「おい!」


 またしてもアメシストは倒れた。今度はすぐに、目を覚ました。


 再び怪我の手当てがなされていた。そして、白い布がかけられていた。青年は白いマントを身に着けていなかった。彼の身に着けていたもののようだ。彼も同じ木にもたれて眠っていた。


 近くには果物があった。アメシストのお腹が鳴った。当然の如くアメシストは果物に手を伸ばした。彼から果物を奪って、彼が寝ている間にさっさと離れようと考えていた。しかし彼女が手を伸ばした瞬間、青年は彼女の手首を掴んだ。


「そんなボロボロの状態で盗もうなんて、いい度胸だな」

「離せ!」


 アメシストは青年の手を振りほどいて、果物を盗めずに逃げた。


 彼女が逃げた先は以前よりももっと深く、暗い森だった。アメシストは少しおびえていた。行く当てもなく歩きながら、彼女は青年のことを考えていた。


「あいつ……何なのだ? 今までの連中の中で一番しつこい」


 疲労による苦しげな呼吸と、うんざりとした感情を吐き出す重いため息が混ざり出る。


「本当に、どうして、私なんかに……」


 アメシストは、少し違うものを、彼に対して感じていた。


 甘い言葉で誘う連中の類かと思ったが、それらとして数えるべき者なのか、すぐには分からなかった。けれど、分からないときはこうだ。


 信じない。それが最も安全だ。


 そんな思いを巡らせていると、彼女は淀みに足をとられた。抜け出せない。アメシストが必死にもがけばもがくほど、沈んでいった。その時、突然淀みから腕のようなものが数え切れないほど出てきて、彼女を捕らえた。


 魔物だ。レオンハルトからの報酬目当てに、彼女を狙ったわけではないようだ。本能の赴くままに、食欲を満たすため、彼女を餌にするつもりだった。そして、彼女を締め上げた。


 彼女の頭から、ウィスタリアの髪飾りが落ちた。


「息が、できなっ、くる……し、っ……」

「アメシスト!」


 彼は彼女の名を呼んだ。青年は剣を構え、魔物へ斬りかかった。魔物の腕は斬っても斬っても生えてくる。依然、アメシストは苦しめられ続けている。いかにすれば、化け物から彼女を取り戻せるだろうか。魔物の腕は沼の一点から集中して出ていた。


「あの下か」


 彼は腕が集まっているその地点へ飛び込んだ。いくつもの腕は彼を傷つけた。彼もただでは済まないだろう。しかし、彼は進んだ。


「ここだ!」


 彼は魔物の本体を切り裂いた。魔物は声にならない悲鳴をあげた。魔物はいくつもの腕を残し本体は沼の中に沈んでいった。


 青年は、アメシストを腕の中から助けた。


「……あの髪飾り」


 アメシストの落し物も拾った。


 安全な木の下に、彼女を運ぼうとする途中、彼女は目を覚ました。アメシストは彼の腕から飛び降りた。


 青年は傷だらけだった。


「お前、なぜ私の名を知っている」

「蝶、お前の頭についているそれが、そうお前のことを呼ぶのを、見た」

「他の連中に、この蝶、ウィスタリアの名を語ったやつらもいたが、私の名は知らなかった。お前、どういうつもりだ」

「その蝶に、会って話したわけじゃない。けど、お前が巻き込まれた火事の中に、オレもいた」

「あの事を……知っているのか」

「蝶たちが、命を懸けてお前を守り、散っていく姿を見た」


 アメシストはその言葉に記憶を呼び起こされ、身震いをした。


「そんなことを言ったところで……脅そうというつもり、なのか」

「そうじゃない……ただ、あそこまで、何かを大切にできる者が居る、そう思って動くことができる、あんな小さな体で、それを行っていたというのが、ずっと頭の中に染みついて、離れなくなった」


 青年は、ウィスタリアと関わったわけではない。ただ、彼らが命を賭してアメシストを守り抜いた姿を見て、何かを動かされたのだという。そして、彼は言葉を続けた。


「お前がレオンハルトに酷い目に遭わされたことも、想像はつく」


 青年も、あの男のことを知っている様子だった。


 それでも、まだ分からない。レオンハルトは姿を隠して生きる類の者ではない。彼の素性を知る者たちは多かった。だから、この目の前の青年がレオンハルトのことを知っていたとして、何も不思議なことはない。アメシストの味方だという保証など、あるはずがない。


「オレは小さいころ、レオンに魔力を奪う装置に掛けられたことがある。拷問のような痛みだった」


 レオンハルトによる、あの装置を使われた他の被害者がいたということが分かった。


「ふん、同情という訳か。尚更だ。私に関わらないでくれ」


 冷たく突き放そうとしたが、アメシストは彼の傷だらけの体を見て、言葉を続ける気になった。


「お前が、ウィスタリアの言葉を聞いて、その想いに揺さぶられたこと、レオンに同じように酷い目に遭わされた身であるから、助けたいというのも、事実だと分かる」


 ほんのわずかな時間のうちに、嫌でも見慣れたその青年の容貌は、とても嘘の付ける顔ではないと、アメシストは感じ取っていた。


 たぶん、この男が嘘をつこうとしたら、すぐにぼろが出てしまうだろう。


「だけど、だけど……そんな怪我までして、私を助ける事に何の意味がある? 私と一緒にいたことで、ウィスタリアだって殺された! 私と関わるとろくな目に遭うのだぞ!」


 アメシストは、青年を脅すように言ったつもりだった。


「だから、私は誰にも助けてもらうつもりはないし、一緒にいるつもりも無い!」


 そして、彼女は青年から目をそらした。


「それに、私を助ける事で、お前みたいな優しいやつが……こんな風に傷つくのは見たく……ない」


 アメシストは目頭が熱くなるのを感じたが、堪えた。


「だから、だから……っ、お願い……私に近づかないでっ!」


 青年は呆然と立ちすくんだ。


 アメシストは堪えられなくなり、涙を流して、彼に背を向けて乞うように言った。


「私は……誰も傷つけたくないのだ」


 沈黙が走った。


 青年は口を開いた。


「分かった。お前がそこまで言うのなら、もうお前に関わるのはやめよう」


 アメシストは振り返って頷いた。


「これで、最後にする。もう一つだけ言わせてくれ」

「……いいだろう」

「オレは……レオンハルトに大切な友達を殺された」


 青年は、重い口ぶりだった。


「……そんな」



 友達、というか、家族のような存在だった。アイツが死んでから……オレは何の為に自分がいるのか分からなくなった。自分がどうでもよくなった。オレを庇ったせいで、あいつは隙を突かれて殺された。


 オレなんか居ないほうがいい……。オレさえいなければ、あいつはレオンに勝ち、今生きているはずなのに。


 そんな風に思いながら、彷徨い歩くだけの日々だった。こんな思いをしながら生きるくらいなら、死んだほうがマシだと思っていた。


 だから、お前が巻き込まれたあの火事に飛び込んだら、楽になれると思った。


 あんな火事の中、お前みたいな子供はもうとっくに死んでいるだろうと思って、探すようなことはしなかった。あの蝶たちの懸命な姿に思う所はあったが、彼らが残したものを拾ったところで、とてもオレに子供の面倒を見る素質があるとも思えない。


 結局、あの火事は雨で収まって、オレは楽にはなれなかった。


 だけどある日、お前を見つけた。


 自分のことにいっぱいで、最初はただの気の毒なやつとしか思っていなかった。助ける気も起こらなかった。あんな子供が、よくあの火事で死なないで生きてるなんてな。仲間を失って、何一つ生きていくつてもないのに。


 しばらく経っても、オレは相変わらずぬけがらだった。偶然なことに、再びお前を見つけた。敵に追われているお前を見た。レオンハルトのせいで、お前が敵に追われる羽目になっていることを知った。


 仲間を失い、虚ろな日々を送る、形は違えど、自分と似たような境遇のお前に、少し……興味を持った。だから、お前のことを追いかけてみることにした。


 お前が自分よりも幼い子供の魔法使いをかばったところを、何度も、何度も見かけた。


 自分を狙ってくる連中の事で頭がいっぱいのはずなのに、なぜそんな事ができる?それから、同じような場面を何度も見た。そして、自らの行動で、お前がボロボロになっていくところも。


 そんな限界の状態に追い込まれても、お前は。誰かを助ける強さ、優しさを絶対に捨てなかった。


 逃げたって、良かったのに。


 誰かを置き去りにして、自分だけが生き残ることを考えれば、楽になれるだろうに。

 生き残らなくとも、自ら命を絶つことだってできる。少なくともオレはそう試みた。


 オレは、大切な仲間を失っても、自分のことでいっぱいになっても、困ったものに手を差し伸べる、そう生きようとしたお前に会って、こんな自分がバカらしく思えてきた。



「…………」


 アメシストは、彼の言葉を、一字一句聞き逃さなかった。瞳を大きくし、じっと彼を見上げていた。


「お前のおかげで、オレは、友達の死から立ち直れたんだ。お前のような、優しくて頑張ってる奴が、ひどく傷ついて、ずっと苦しめられているのを……オレは、見ていられなかった」


 青年は、「友達」と口にする度、眉をひそめている。けれど、言葉を続けた。


 どうしても、彼女に伝えたい言葉がある。


「アメシスト、お前のためならオレはどんなに傷ついても構わない。だから、お願いだ」


 顔を上げ、彼はアメシストを、強く見つめた。


「……どうかオレに、お前のことを、助けさせて欲しい」


 彼は、目を潤ませて言った。


 こんな男のする行動として似つかわしくないかもしれない。意図して行った行為でもないし、悲しいわけでもない。ただただ、必死になっていただけだ。自然とそうなってしまった。


 アメシストは、彼の方を見ないようにしたかった。


 彼女の紅い眼からは大粒の涙がいくつも零れ落ちていた。もう一度彼女は彼の方へ振り返り、小さな声で応えた。


「……その眼に、偽りは無いな」


 ――アメシストは、彼の胸へ飛び込んだ。彼の身体に、顔をうずめて泣いた。


「本当はね、とっても……怖かった、よぉ……いきなり、よく分からない人たちに攻撃されて……それに……」


 そして、最も誰かに伝えたかった言葉を続ける。


「すっごく……寂しかった…………っ……」



 誰かのぬくもりにひたったのは、いつ以来だろう。


 アメシストは何とか話そうと、涙を収めようとした。


「……そうだ、お前、名は何と言うのだ……? 前は遮ってしまって、申し訳なかった……」

「オレはヴァン。金剛石の魔法使いだ」


 彼の銀色の短い髪は、微かな光のなかでも、強く煌いて見えた。青緑の透き通った瞳は、真っすぐに、小さな少女を見据えていた。


 アメシストは、ヴァンの顔を見つめた。


「……素敵な名前」


 まるで、吹き抜ける爽やかな一陣の風のような響きだ。そして、彼女は微笑む。


「ヴァン、助けてくれて……ありがとう……」


 青白く煤に覆われたその頬は、ほんのりと幸せな色を帯びていた。アメシストの細めた目からは、暖かい雫が滴り落ちていた。

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