第47話 vs 似た者同士
空から雪が降り始め、冷たい風を受けた窓がカタカタと揺れる、穏やかな昼下がり。
暖炉の火によって暖められた部屋の中、すうすうと寝息を立てたロザリーとセルバは、ルシアの膝を枕にして眠っている。一方のルシアは、二人の背をとんとんと優しく叩きながら、呆れた表情で前方を見つめていた。
彼の視線の先には、洗濯物を畳むウルの周りを不自然にうろつく──グリアムの姿。
「……」
「……」
「……」
……何してんだ? アイツ。
ルシアは訝しげに眉を顰める。すると、暫くウルの周りをウロウロしていた
「……あ、あ、あの! う、ウル……! ちょ、ちょっと、話が──」
「ごめんなさい師団長。忙しいのでまた後で」
ばっさり。
即刻一蹴されてしまい、グリアムはかちんと固まって立ち尽くす。行き場のない手は暫く宙を
そんな彼の事など気にも留めていないのか、ウルは洗濯物に視線を向けたまま淡々と仕事をこなしていく。
程なくして全ての洗濯物を畳み終えた彼女は、ぱっと立ち上がるとグリアムと目も合わせずに彼の横を素通りした。今一度話し掛けようとタイミングを見計らっていたグリアムは、素っ気ないウルの態度にあからさまにショックを受けて硬直する。
そして、ついに何も言えずに俯いてしまった。
「……」
「……お、おい、グリアム……」
「……」
声を掛けるルシアに、グリアムは答えない。しかしややあって、彼はぽつりと口を開いた。
「……ちょっと、散歩してくる……」
落胆したような声で、一言。それだけ発して、グリアムはふらふらと家を出て行った。ルシアはそれをどこか心配そうな目で見送り、暫くしてその場に戻って来たウルを睨む。
「お、おい、クソ女! 貴様、一体どういうつも──」
「大きい声出さないでバカ猫。子供達が起きるでしょ」
「……っ」
冷淡にルシアの声を遮り、ウルは目も合わせずに窓の拭き掃除を始めてしまった。ルシアはすやすやと自身の膝に頭を乗せて眠っているロザリーとセルバを見下ろし、ぐっと押し黙る。
やがて舌打ちをこぼした彼は、窓を黙って拭き上げている彼女の横顔を一瞥して眉根を寄せた。バカは貴様だろ、と胸の内だけでボヤく。
(……自分でアイツの事避けといて、そんな顔するんじゃねーよ……)
悲しげに睫毛を震わせるウルから目を逸らし、ルシアは再び舌打ちした後、深い溜息を吐きこぼしたのであった。
* * *
「……俺、絶対ウルに嫌われてる……」
顔面を蒼白に染め上げ、グリアムはぽつりと呟く。あからさまに悲壮感を纏い、哀愁漂う背中を丸めた彼は、殺風景な公園のベンチで力無く項垂れていた。
──何だこれ、めちゃくちゃキッツい。胸が痛すぎて
グリアムはそう考え、ズキズキと痛む胸を押さえる。好きな女から避けられるというのは、こんなにもしんどいのか。ぶっちゃけウルに銃で撃たれた時よりしんどい気がする。何これ、マジでキッツ。
(……やっぱ俺、この前、酔っ払ってウルの気に
はあ、と嘆息したグリアムは、ポケットの中から指輪の入ったケースを抜き取って眺める。先日見たリアル過ぎる夢の中では、この指輪を指に嵌めたウルが幸せそうに微笑んでいたのに。今となっては、プロポーズどころか、目も合わせて貰えない。
(俺の名前も、呼ばなくなった……)
師団長、と呼び掛ける声が蘇る。するとやはり胸の奥がモヤついて、どうにも気分が上がらない。
(……師団長……)
当たり前だったはずのその呼び名が、嫌だと感じるようになったのはいつだっただろう。名前を呼んで欲しいと思ったのは、何故だっただろう。
グリアムくん、と呼ぶウルの事を、心底愛おしいと思うようになったのは、いつからだ。
(……あの変な男が、ウチに来た時から……だったような……)
と、そう思い至った時。
ベンチに腰掛けていたグリアムの隣に、突如何者かが腰を下ろした。
「なーんか、元気ないみたいだね? グリアム」
続いて掛けられたのはそんな言葉。びくりと肩を震わせたグリアムが顔をあげれば、隣には黒い
目深に被ったフードで顔を隠し、口元だけが覗くその風貌。──彼の事を、グリアムはよく覚えていた。
「あっ、出た!! ウルの元カレ!!」
「ごめん何の話?」
全然違うんだけど、と外套姿の男──アンデルムは無表情にかぶりを振る。更には「いや僕、あんな暴力女マジでタイプじゃないんで。マジで変な勘違いやめて下さい」と敬語で叱責されてしまった。「え……す、すみません……」と思わずグリアムも敬語で謝る。
一瞬気まずい空気が流れるも、アンデルムはさして気にしていないのか、「……まあいいんだけどさ〜」と更に言葉を続けた。
「いや、ウルティナもさあ、まあまあ可愛いと思うよ? まあまあね」
(……は? “まあまあ”……?)
まあまあ、という言葉を強調するアンデルムにグリアムはぴくりと反応する。思わず顔を顰めたが、ひとまずぐっと堪えて聞き流した。
「へー……。あっそう……」
「でも僕、ウルティナよりも断然レイラの方が可愛いと思うな〜」
「……レイラ?」
「そ、僕の部下! いっつも無表情でツレない態度なんだけどねえ、従順だしおっぱい大きいし、すんごい可愛いんだ〜」
と、満面の笑みで見ず知らずの女の惚気話を始めたアンデルムにグリアムはムッと眉根を寄せた。謎の対抗意識が燃え上がってしまい、彼は身を乗り出してアンデルムを睨む。
「……うちのウルだってな……、ちょっと暴力的で毒舌だけど、素直じゃないだけでおっぱい大きいし、マジでめっちゃ可愛いからな。お宅の部下は知らないけど」
低い声で告げれば、今度はアンデルムがぴくりと反応した。彼はひくりと唇の端を引き攣らせ、
「……はあ〜? 何言っちゃってんの〜? あの暴言だらけの毒サソリ女より、うちのレイラの方がお
「なんだとコラ……うちのウルの暴言はなあ、ただの照れ隠しなんだよ! ああ見えて実は恥ずかしがり屋で怖がりでクッソ可愛いんだぞ!! あとおっぱいはウルも柔らかいわ!!」
「うちのレイラだって、実は虫が苦手だったり、実は猫舌でスープふーふーしないと食べれなかったり、寝顔は無防備だったりしてクッソ可愛いんだぞ!!」
「いやいやうちのウルはなァ!!」
徐々に
グリアムにのしかかったアンデルムが「プロポーズ失敗したくせに!」とグリアムの髪を引っ張れば、「うるさい何で知ってんだよ! 言うなよヘコんでるんだから!!」とグリアムは涙目になりながらも負けじとアンデルムのフードを鷲掴んだ。
するとその瞬間、目深に被って顔を覆っていたアンデルムのフードが、ずるりとズレる。
「あ、」
──ばさり。
直後、グリアムの目の前には──降り積もる白い雪の中できらきらと煌めく、自分と同じ白銀の髪が広がった。
(……え……)
無造作に跳ねた髪質。
血色の悪い白い肌。
琥珀色をした、その瞳。
それらを視界に入れ、グリアムは目を見開いたまま彼を凝視する。そんなグリアムの胸ぐらを掴み、真っ直ぐと彼を見下ろすアンデルムは、くく、と喉を鳴らした。
「……あーあ。見られちゃった」
楽しげに発せられた声。上がる口角。
グリアムの目の前で笑うアンデルムの、
(……、俺……?)
──グリアムの顔と、まさに瓜二つだった。
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