第6章 告白は突然に

第40話 俺の嫁が可愛すぎて爆発する

 肌を刺すような木枯らしが吹き荒ぶ、晴れの日の朝。冬も近くなり、急に気温が低くなった今日この頃は、庭で洗濯を干すのも一苦労だ。「はあ、寒……」とかじかんだ手を擦り合わせ、外から帰って来たウルは暖炉の前に座り込んだ。


 すると程なくして、騒がしい足音と共に彼がやって来る。



「う、う、う、ウル! お、おかえり!」


「……」



 彼女の気配を敏感に察知し、即座に駆け寄ってきたのはブランケットを持ったグリアムだった。彼はウルの肩に素早くブランケットを掛け、そわそわと落ち着きない様子で彼女の横に腰を下ろす。



「そ、外、寒かったろ? あ、暖かいコーヒーとか飲む? 俺、すぐ淹れるけど」


「……」


「あ、そうだ、あの……明日とか、たまには一緒に買い物行かない? ほら、ウル一人で買い物行くと、その、荷物とか重たいだろうし……俺、持つからさ! 一緒に行った方が、ウルの負担が減るかな~、なんちゃって……」


「……」


「そ、そうだ、たまには外でご飯食うのも良いんじゃないか? あ、いや、ウルのご飯も美味しいけど、その……少しぐらい、休憩してもいいんじゃないかな~って。お、俺、奢るし! あ、いや、あの……嫌なら、いいんだけど……」


「…………」



 ……何だ、この、女の気を引こうと必死にアピールする典型的な童貞トークは。


 ウルは何も言わず、じとりと呆れ顔でグリアムを見据えた。グリアムは頬を赤らめたまま、やはり落ち着きのない様子で「う、ウル、大丈夫? 寒くない?」「ぶ、ブランケット、もう一つ持ってこようか?」と必要以上に奉仕しようとする。


 例の“まちがえました事件”以降、彼はもっぱらこんな感じである。二人きりになると特に意識してしまうのか、過剰にウルを褒めてみたり、気遣ってみたり。あからさまに彼女の気を引こうとしているのが分かってしまい、ウルも反応に困ってしまうのであった。



(……なんか、好きな女の子に尽くし過ぎて空回る、ダメな男の典型みたいになっちゃったなあ……)



 うーん……、とウルは苦笑する。恋愛経験皆無のグリアムが色々すっ飛ばしてキスやらプロポーズ紛いの発言なんかしてしまったものだから、意識しすぎてこうなってしまうのも仕方ないのかもしれない。……にしても、近頃は様子がおかしい気もするが。



(前よりも、変にテンションが高いと言うか……挙動がおかしいと言うか……)



 しかし、少し絡みづらいとは言え、彼が意識している対象が自分であるという事は、素直に嬉しい。


 ウルは頬を染め、グリアムが肩にかけてくれたブランケットをきゅう、と握り締めた。



「……いいよ、ご飯……一緒に食べに行っても」


「……え!? マジ!?」


「……うん」



 ぽつりと呟いて頷けば、グリアムの表情が見るからに明るくなる。やめてよ、そんな嬉しそうな顔しないでよ、と火照る頬を誤魔化すようにウルは顔を逸らした。


 グリアムは彼女の手を取り、冷えたその手をぎゅっと握る。



「え、えっと、じゃあ、明日、あの、ま、待ち合わせ何時にする!?」


「……え? 待ち合わせって……、私たち、一緒に住んでますけど……?」


「あっ、そ、そっか! じゃああの、えっと……、い、一緒に、行こうか……ははは」



 余程テンパっているのか、グリアムはおかしな言動を口にしながら視線を泳がせた。緊張しているのがありありと伝わるその様子を不審に思いつつも、一周回ってなんだか愛おしく感じてくる。


 手汗の滲む彼の手をやんわりと握り締め、彼女はぽつりと口を開いた。



「……デートだね」



 消え去りそうな声で、一言。

 しかしその小さな声は、しっかりとグリアムの耳に届いていた。


 ウルの方へと視線を向ければ、抱いた自身の膝の上に頬を乗せ、照れたようにはにかんでいる彼女と目が合う。暖炉の火に照らされたウルの視線に、とくりとグリアムの胸は高鳴り──気がつけば、無意識に彼女へと手を伸ばしていた。


 目を見張るウルを引き寄せ、腕の中に閉じ込める。途端に彼女は「へっ……!?」と素っ頓狂な声を上げた。



「ちょ、グリアムくん!?」


「……むり……」


「……え?」


「俺の嫁が可愛い……もうむり……爆発しそう……」


「爆発!?」



 何言ってるの、とグリアムを引き剥がそうとした彼女だったが、ぎゅう、と更に強く抱き寄せられ、ウルの心臓は跳ね上がる。密着しているグリアムの鼓動も同じく早鐘を刻んでおり、ウルの顔には発火せんばかりの熱が迫り上がった。



(わ、わ、私が爆発する……っ)



 ううう、とウルは歯を食いしばって胸の高鳴りを止めようとするが、なかなかうまくいかない。


 時折、彼はこういう事をするから困る。普段は鈍感でヘタレで積極性などついぞ無いくせに、不意打ちでこうして密着して来たり、爆弾発言を投下したり。そんな事をするものだから、彼は心臓に悪いのだ。


 特に最近は、やたらとこういう行動が多い。



(……わ、私が頑張って攻めた時は、いつも軽く受け流すくせに……!)



 むう、とつい眉を顰めてしまう。少し前に──割とかなりの勇気を振り絞って──「子作り、する?」と迫った際、「早く寝ろよ」となされた恨みは未だに忘れていない。

 あの時、すごく傷付いたんだから……! と胸の内だけで叫んでいると──不意に、グリアムの手が腹部付近で動き始めた。



「……え?」



 もぞ、と動く彼の手。

 服の裾を捲り上げ、素肌の上を冷たいてのひらが滑る。「……ウル、」と耳元で囁く彼の声は、確かにグリアムのものであるはずなのに──まるで知らない男の人の声のように感じた。どく、と心臓が大きく音を立てる。



「……なあ、ウル……」


「……っ」


「……触りたい」



 赤く染まる耳に、彼の唇が触れる。

 微かに囁かれたその言葉にぴくりと反応を示したウルを愛おしげに見つめ、滑らかな腹部をなぞるグリアムの指先が、徐々にその位置を上げ始めて──



「……っい、」


「……、?」


「い、いっ、……いやあーーっ!!」



 ──ズドドドッ!!


 極度の緊張から混乱状態に陥ってしまったウルは、ホルスターから拳銃を引き抜き──そのまま氷の銃弾を、グリアムへ向けて連射したのだった。




 * * *




「──と、いうのが、今朝の出来事でして……」


「完全に貴様が悪いじゃないか」



 髪や衣服に氷の破片をぶら下げ、言いにくそうにこぼすグリアムにルシアは嘆息する。先程まで氷漬けにされていた彼は、ガタガタと寒そうに震えながら「はい……今、猛烈に反省しております……」と落胆した。


 ルシアは彼に湯たんぽを差し出しつつ、呆れたように問い掛ける。



「なんでそこで服脱がそうとしたんだよ、貴様バカなのか?」


「……それが……あまりにウルが可愛くて……俺の本能を抑制するはずのストッパーが壊れた……」


「要するに欲情しただけだろ」


「うう……二人きりだったから、イケると思ったんだよぉ……」


(こいつ、こんな大胆な奴だったっけ……?)



 ウルに嫌われたぁぁ~……とヘコみまくるグリアムに、ルシアは再び溜息を吐きこぼす。ロザリーはきょとんとしながら指をくわえ、「ママ、うーたんに、またぷんぷんされちゃったの?」と首を傾げていた。



「……まあ、手ェ出したもんは仕方ない。諦めろ、早まった貴様が悪い」


「……うう……せっかく指輪も買ったし、明日のデートで渡そうと思ってたのに……」


「うわー、同情したくなるぐらい最低なタイミング」



 頬を引き攣らせ、ルシアは「ドンマイ」とグリアムの肩を叩く。彼はしゅんと肩を落としたまま、湯たんぽを抱き締めた。



「……なあ、タオル……。俺、ウルの事考えると、すごく色んな感情で……体がおかしくなるんだ」



 ぽつぽつと語り始めたグリアムへと、ルシアは訝しげな視線を向ける。



「……急に抱き寄せたくなったり、触りたくなったり……他の男と居るのを想像して、苦しくなったり……。さっきも勝手に、体が動いて……」


「……」


「……俺、なんでこんな、体が変になっちゃったんだろう……?」



 はあ、とグリアムが肩を落とす。ルシアは暫し黙ってその話を聞き入れていたが、やがて「何言ってんだこいつ?」と疑問符を浮かべた。



「……体が変っていうか、貴様……」


「……」


「それ、ただあの女に惚れてるだけだろ?」


「…………」



 ──へ?


 ぽかん、とグリアムが硬直する。その反応に、ルシアも「え?」と面食らった。



「……貴様、何をぽかんとしてるんだ? 惚れてるんだろ?」


「え、俺……ウルに惚れてんの!?」


「んんん……?」



 いや俺に聞かれても……、とルシアはぎこちなく首を傾げる。あれ? こいつ明日プロポーズするんじゃないのか? と、彼は更に混乱した。グリアムの動向は普段からだいぶおかしいが、今日は特に、情緒が安定してないような……?


 一方、グリアムの頬はふつふつと赤みを帯び、握り込んだ手が震え始める。


 彼の脳裏を占拠するのは、やはりウルの姿で。



「……お、お、おれ……」


「……」


「俺……ウルに惚れてるのかもしれない!!」



 ──いや、知ってたけど?


 顔を真っ赤にして叫ぶグリアムの激白に、今更感しか感じないルシアは、彼の様子を訝りながらも冷ややかな目で「へー」と一言返す事しか出来なかった。




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