幕間

幕間 - 1 - ウルティナの任務

 ──オルバエスト大陸東部、白薔薇の教団ロサ・ブランカ本部内。


 カツカツとブーツのかかとを踏み鳴らして真っ白なローブを身にまとい、仮面で目元を隠した女は長い廊下を颯爽と歩いて行く。高く結い上げた亜麻色の髪を揺らす彼女は、やがて執務室の前で立ち止まるとその扉を軽く叩いた。



「第一師団、師団長補佐・ウルティナ=ルヴェンです。任務のご報告に参りました」


「入りなさい」



 室内から返事が耳に届き、彼女──ウルは「失礼します」と一言発して扉を開ける。中で待ち構えていた司令官──オズモンドは、銀縁眼鏡のレンズの向こうで優しげに目尻を緩めた。



「やあ、久しぶりだねえウルティナくん。任務の方は順調かい?」



 紅茶の注がれたティーカップに口を付け、オズモンドは問い掛ける。ウルは愛想よく微笑み、「ええ、順調ですわ。オズモンド司令官」と頷いた。



「はは、そりゃあ良かった。この間の念話ねんわ以来、少し心配してたんだよ。何だか妙な幻聴が聞こえた気がしてね……結婚したとか……。いや、きっと僕が疲れてただけだと思うんだけどね、うん……」


「あらー、そうなんですね。でも大丈夫ですよ、全く問題ありませんわ。元々司令官は鼓膜こまくが壊れていらっしゃるんですから、何の心配もいらないです」


「うーん、僕やっぱり疲れてるのかなあ。幻聴が聞こえるような……」



 オズモンドは目頭を押さえ、「少しは休憩した方がいいかもしれないなあ……」などと呟いている。ウルは相変わらず穏やかに微笑んだまま、「ところで、」と言葉を続けた。



「任務のご報告に来たんですけれど、続けても構いません?」


「ああ、そうだったね。ごめんごめん、続けて欲しいな。……と、言うより──」



 オズモンドはデスクに肘をつき、組んだてのひらを顎の下に添えるとにこりと微笑んでウルへと視線を向ける。その双眸そうぼうが彼女を映し、ウルはぴくりと瞼を震わせた。


 程なくして、オズモンドが口を開く。



「──君、もう見付けたんだろう? グリアムくんを」



 続けられた言葉に、ウルは暫し口を閉じたまま彼を見つめた。しかしややあって、彼女の口角が上がる。



「……やはり気付かれていましたか。あなどれませんね、司令官」


「ああ、やっぱりね。君が彼の魔力の痕跡を見失うなんて有り得ないと思ったんだよ。よく出来た人材だからね、君は」


「まあ、褒めて頂けて光栄です」



 ふふ、とウルは青い双眸を細めた。オズモンドもまた微笑みを崩さぬまま、穏やかな表情で応対を続ける。



「……そういうわけで、ウルティナくん。君にはに任務を続けてもらうけど、問題ないかな?」


「ええ、問題ありません」


「ああ、じゃあ頼んだよ。グリアムくんの──」



 ──


 そう続いたオズモンドの言葉に、ウルはやはり笑顔で頷いた。亜麻色の髪を耳にかけ、彼女は答える。



「はい、もちろんです司令官。貴方の、彼の行動は私が見張ります。例え何があっても、師団長の事は、私が絶対に──」



 ウルは冷たい碧眼を細め、オズモンドを見つめた。彼もまた口元に弧を描き、ぬるくなった紅茶を喉に流し込む。



「──逃がしません」



 続けられた言葉に、オズモンドはゆっくりと一つ頷き、「期待してるよ」と彼女に微笑みかけたのであった。




〈幕間 1 …… 完〉

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