第6話 vs サソリ
サソリが部屋を訪れて、にこやかに銃口を突き付けられたのが数分前。
現在、グリアムは汚れた床に正座させられ、椅子に腰掛けて頬杖を付くウルの高圧的な視線に冷や汗を浮かべていた。
「──さ、師団長。どうしてこんな事したのか、さっさと言い訳を述べて頂けます?」
ジャコン、と弾倉に
「……う、ウル……。お前、任務はどうし──」
──ドォン!!
開口したグリアムの頬を、発砲された氷の弾丸が
「ちゃーんと質問に答えましょうねえ〜? グリアム師団長。蜂の巣にされたいんですか?」
「…………」
にこ、と可憐な
「わ、悪かった……勝手に出て行って、迷惑掛けたと思ってる……」
「あらやだ〜、謝ったら許すとでも思ってるんです? あなた、私にお仕事ぜーんぶ押し付けようとしたんですよねえ? いい度胸してるじゃないですか〜」
「……いや、あの……本当に、すみません……」
床に額を擦り付け、グリアムはひたすら謝るしかない。ウルは相変わらずニコニコと恐ろしい笑顔を浮かべ、愛用の拳銃を構えて愛らしく首を傾げている。
そして彼女は周囲に視線を巡らせ、殺風景な部屋を一通り眺めると再び口を開いた。
「……それにしても、家出して一週間の仮住まいにしては随分と良いお家ですねえ? 新築一戸建て、お庭付きの木造住宅? やだ〜、素敵〜」
「……お前がさっき銃乱射したせいで、壁は穴だらけだけどな」
「何言ってるんですか〜、すぐ直せるでしょう? 世界最強の魔導師、グリアム師団長様なら」
「……」
くす、と小馬鹿にしたように笑うウルへと一瞬視線を向け、グリアムは嘆息する。彼は指先で宙に
「“
刹那、描いた五芒星が白く光り、瞬く間に弾けた閃光が部屋を巡る。すると壁に空いた穴はたちまち塞がり、土石によって随所が破壊されていた床も一瞬で修繕された。
程無くして、室内が元の質素な情景を取り戻した頃。ウルは「さっすが〜」と手を叩いてやはり微笑む。
無邪気な笑顔を振りまきながらも殺気を隠そうとしない彼女に、グリアムは冷や汗を流すばかりだ。
「綺麗になると、やっぱり凄く良いお家ですね〜。師団長がお一人で住むにはちょっと贅沢過ぎません? 女でも連れ込むおつもりですか?」
「……はっ!? お、女なんか連れ込むわけないだろ!」
「あ、そうですよね〜。師団長って、顔はまあまあお綺麗なのに口下手過ぎて童貞ですもんね? 失礼しました」
「お、お前……!」
悪意満載の発言を口にして鼻で笑う部下に、グリアムの表情がひくりと引き攣る。こいつ、上司を舐め腐りやがって……! と肩を
(……つーか、ウルだって今まで男なんか居た事ないだろ……! 同じ環境で育ったんだし……、……うん。いや、ないよな? そんな気配無かったよな? そもそも任務ばかりで男に構ってる時間なんか無いし……、え、ないよな? 彼氏なんか居た事ないよな!?)
と、脳内だけでグリアムが喧しく騒いでいる間も、ウルは指先でくるりと拳銃を回し、悶々と考え込む彼を見下ろしながら挑発的に笑っている。
「何を考えているんだか知りませんが……それより、他に何か言う事は? 師団長」
「……お前、男いた事ある?」
「は?」
「あっ、いや、そうじゃなくて……、ウル、悪かった。お前が怒るのも分かる。仕事も後処理も全部押し付けて、俺の都合で勝手に出て行ったのは良くなかったと思ってる。すまない」
「……ふーん?」
「……だが、俺を教団に連れ戻すのは……もう少し、待ってくれないか?」
グリアムはそう続けて、ふと自身の掌を見下ろす。
「……俺、気付いたんだ。幼い頃からずっと、“最強の魔導師”として特別扱いされて過ごして来た俺には……魔法以外に
「そうですね」
「え、即答?」
さも当然と言うように頷いたウルに、グリアムは心底落胆した。やっぱり俺ってポンコツだったのか……と懸念していた事実を再認識したグリアムは肩を落としつつ、更に続ける。
「……だ、だから、その……少し、修行したいというか。生活力のない師団長なんて、まずいだろ? ……おそらく俺はこの先死ぬまで、教団の連中の手で生かされて行く事になるんだ。でも、人生で一度ぐらいは……俺の力で生きてみたくて……」
「……」
「……だから、頼むウル。俺の事を連れ戻すのは──」
「──さっきから何をごちゃごちゃと、わけの分からない事を抜かしてるんです? 師団長」
彼の言葉の全容を待たず、ウルはバッサリとそれを一蹴する。グリアムは声を詰まらせ、やがてゆるゆると視線を落とした。
……やはり、ダメか。
そう確信してしまい、心のどこかで家出の続行を諦めかけた彼だったが──ウルの口から続けて放たれたのは、予想外の言葉で。
「私は、貴方を連れ戻しに来たわけじゃありませんけど?」
「…………」
……は?
グリアムは言葉を無くし、ぽかんとウルの顔を見上げる。呆然としている彼に、ウルは「ほんとアホ面ですねえ」と鼻で笑ったが──いやいや、じゃあ何でお前ここに来たんだよ、とグリアムは眉を顰めた。
「……ウル、お前……わざわざ俺を探してたんだろ……? 連れ戻すためじゃないんだとしたら、一体何のために来たんだ……?」
「いやですねえ、師団長。そんなの決まってるじゃないですか〜」
うふふ、とウルは微笑み、構えていた拳銃をしまう。細めた碧眼にグリアムを映し、彼女は口を開いた。
「それはもちろん──」
「……グリちゃん?」
刹那。やけに耳に馴染んだ老婆の声が、二人の鼓膜を揺らす。
ぎくりとグリアムが肩を震わせて玄関へと顔を向けると、案の定そこにはリザの姿があった。どうやら開いていた扉から中を覗き込んだらしい。
「り、リザさん……!」
グリアムはたじろぎ、掌に汗を浮かべる。不思議そうに目を丸くするリザの視線の先では──毒牙を隠した
途端に、彼は背筋を冷やす。
(……ま、まずい……! こんな毒素の
グリアムは危ぶみ、焦ったように視線を泳がせた。
行き倒れていた自分に救いの手を差し伸べてくれたリザには、相当な恩義がある。そんな人を、みすみすこの毒サソリの餌食にする訳にはいかない。
そう考えていると、リザは戸惑ったようにグリアムへ視線を戻した。
「……さっき、こっちで凄い音がしたような気がしたから、心配で見に来たんだけれど……この子は? グリちゃんのお知り合いかしら……?」
「……え、えっと……その……っ」
グリアムは忙しなく目を泳がせ、口篭る。どうにか誤魔化そうと脳をフル回転させたが、頭は真っ白になり思考がうまく働かない。
そうこうしている間も、リザの表情は困惑の色に染まって行くばかりで。
(……ああ……もうダメだ。誤魔化しきれない……正直に言おう……)
ついに諦め、グリアムは肩を落とす。──短い間だったが、本当にリザには良くしてもらった。もう、すべて打ち明けよう。
自分が、世界最強の魔導師であること。
そんな肩書きに飽きて、勝手に家出したこと。
(……こんなくだらない理由でここに居座っていたのだとバレたら、さぞ幻滅されるだろうな……)
はあ、と無意識に溜息が漏れてしまう。とうとうグリアムは覚悟を決め、リザに口を開いた。
「……今まで黙っててすみません、リザさん……。俺、実は──もごっ!?」
「こんばんは〜! うちの主人が大変お世話になっているみたいで、本当にすみません〜。あ、私、妻のウルティナと申しますぅ〜」
「……っ、!!?」
突如ウルの手に口元を塞がれ、グリアムは目を見開いて硬直した。──いや、そんな事よりも。
(……こいつ、今なんて言った……!?)
──「主人」? 「妻」?
確かに、そう聞こえた気がした。
……いやいや、待て待て。誰が主人で、誰が妻だって?
今しがた放たれたそんな発言に動揺しているグリアムの事は差し置いて、人当たりの良い笑顔を振り撒くウルはどんどん話を続ける。
「……あ、すみません、急にこんな事言ってびっくりさせちゃいましたよね? 主人は少し照れ屋なもので、あまり自分の事を誰かにお話するタイプじゃないんですよ〜。もしかして結婚してる事も隠してたのかしら〜」
「……え、い、いや……あの……、え? ぐ、グリちゃん、あなた結婚してたの……?」
「はい! そうなんですよぉ、私の自慢の夫ですぅ!」
嘘つけェ!! とグリアムは心の中で叫んだ。しかし否定しようにも、口元は強い力で押さえ付けられている上、いつの間にかホルスターから引き抜かれたらしい銃口が背中に押し当てられている。
──黙ってろ、撃つぞ。
にこやかなウルの視線からそんな無言の圧を感じて、グリアムは頬を引き攣らせた。
だが、流石のリザも唐突すぎる展開に
「……あ、あの、え……? えっと、奥様……? どうしてこんな急に、彼を訪ねていらっしゃったの……? もしかしてグリちゃんを連れ戻しに……?」
恐る恐ると問い掛けたリザに、今まで笑顔を浮かべていたウルの表情は一変し、悲しげなそれに変わる。
「……それが……私達、
「まあ……!」
──いや、とんだ大嘘なんですけど。
平然と放たれる虚言に眉根を寄せるグリアムだったが……なんと、リザはその話を信じてしまった。「それは大変だったわね……」と口元を片手で覆い、細やかに肩を震わせて泣き真似をかますウルの背中を優しく撫でる。
ああ、リザさんやめてくれ……そんな奴に優しくしないでくれ。全て知っている俺の心が痛い。
「うっ、うう……ごめんなさい、大丈夫です……」
「……ごめんなさいね、私ったら……何も知らずに旦那様を引き止めてしまっていて……本当にごめんなさい、ウルティナさん」
「いえ、良いんです……。こうして愛する主人とも再会出来ましたし、責めるつもりなんてありません。私達の故郷は無くなりましたが、二人で支え合って、これから強く生きていきます……」
「……あの、ウルティナさん。お詫びと言ってはなんだけど……もし行く宛が無いのなら、夫婦で好きなだけここのお家を使ってくれないかしら? 私は、構わないから」
「……まあ! 良いのですか!?」
「……、……」
……あれ? おい、待て。
何かおかしな方向に話が進んで無いか?
グリアムはそう危ぶんだが──時既に遅し。完全に、話はおかしな方向へと進んでいた。
「ええ、もちろんよ!」
「ありがとうございます! では、お言葉に甘えて! 暫くこちらのお住まいで、夫婦共々お世話になりますわ」
「困ったらいつでも私を訪ねて来て頂戴ね! 力になるわ!」
「ふふ、助かります。親切な方が近くにいて良かった。……ねっ? あ・な・た♡」
「…………」
うふふふふ、と冷たい銃口を背中に押し付け、“自称・妻”が隣で微笑む。グリアムは冷や汗を止めどなく流しながら生唾を飲み、この悪魔のような部下から目を逸らした。
……いや、待て。待て待て待て。
(……ど……ど……ど……)
──どういう状況だ、これ……!?
そんなグリアムの心の叫びに、応える者は誰も居なかった。
.
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます