第2話 死神とサソリ

 ──オルバエスト大陸東部、〈白薔薇の教団ロサ・ブランカ〉の本部内。


 カツカツとブーツの踵を踏み鳴らし、白いローブと仮面で素性を隠した二人の人物は大理石の廊下を歩いていた。すれ違う人々は皆一様に道を開け、二人に向かって頭を下げる。

 この光景はいつもの事だ。“世界最強”の肩書きを持つ彼とその補佐は、周囲から敬われ、時に畏怖の念を向けられながら、この教団ホーム内で日々を過ごしている。


 颯爽と歩く二人は固く閉ざされた重厚な扉の前まで辿り着くと不意に立ち止まり、門番さながらの出で立ちで巨大なハルバードを交差させている二体の巨像を見上げた。



「第一師団、師団長・“白銀の死神アルゲント・モルス”、並びに補佐・“蠍の女王クイン・スコルピオ”。ただ今帰還いたしました」



 凛と声を張るウルが白薔薇の標章が彫られたペンダントを掲げながら宣言する。すると巨像の胸元に彫られた同じ白薔薇のレリーフが輝き、ゴゴゴ、と錆び付いた動きで扉を塞いでいたハルバードが持ち上がった。

 同時に重厚な扉もゆっくりと開き、二人は慣れた様子で再び歩き始める。


 ローブの裾を靡かせ、颯爽と過ぎ去って行く二人を視界に入れながら、通路の端で頭を下げていた新任らしき若い男は「はへぇ~……」と感嘆の溜息を漏らした。



「すっげ~……あれが噂に聞く第一師団の二人……。背の高い方が“白銀の死神アルゲント・モルス”ッスか? 若くして師団長に上り詰めた、と名高い世界最強の大魔導師っていう……」


「ああ、そうだ」



 小声で耳打ちする彼に、隣にいた壮年の男が頷く。若い男は「へえ~」と好奇に満ちた声を発し、扉の奥に消えて行く二人に視線を向けた。



「そっかあ、あれが本物の……。初めて見たけど、なんか随分と細身ッスね〜! あれで本当に世界最強なのかよ」


「ば、バカ、口に気を付けろ……! 隣の“蠍の女王クイン・スコルピオ”に聞かれたらどうする!」



 へらへらと笑う若い男に向かい、壮年の男が慌てて叱責する。彼は恐る恐ると通り過ぎた二人の様子を伺うが、どうやらその耳には届かなかったらしい。男は安堵したように胸を撫で下ろした。



「……はあ……、どうやら聞こえなかったらしいな……。ったく、ヒヤヒヤさせやがって……」


「き、聞かれちゃマズいんスか、今の」


「マズいに決まってんだろ。あの死神の補佐は“サソリ”なんて可愛いモンじゃ済まねえぐらいおっかねえんだぞ」



 表情を引き攣らせ、壮年の男が彼に釘を刺す。“蠍の女王クイン・スコルピオ”──そう称されるのは勿論、師団長補佐のウルであった。



「あのサソリ女、気に食わねえ野郎にはとことん容赦ねえからな……。この教団内であの女の怒りを買った奴は、次の日にゃてのひらに風穴が空けられて、その手を塩水に沈められながら刈り取られた髪の毛束けたばの本数を一本ずつ数えさせられた後、最後には発狂しておかしくなっちまうって話だぜ」


「ひい……!? 怖っ……」


「一方で、世界最強の死神様の素性は謎だらけだしな……。年齢はおろか、性別だってはっきりとは分かんねえ。その素顔を見れんのは、司令官とあのサソリ女の二人ぐらいなんだとよ。不気味なモンだぜ……」



 男は神妙な面持ちで続け、手を握り締めて震える若い男に嘆息する。その手に風穴が空く事が無けりゃいいがな、と軽率な彼の今後を憂いた。



「まあ、お前は新人だから知らなかったんだろうが……とにかく、命が惜しけりゃ第一師団の二人に関わるのは極力控えた方が良いってこった。軽率な発言にも気を付けろよ。分かったか?」



 こくこくと頷く若者に壮年の男は微笑み、第一師団の二人が消えた通路の奥へと視線を送る。開いていた扉から覗く隙間は徐々に狭まり、やがて重々しい音と共に、再び固く閉ざされたのであった。




 * * *




 ──コンコン。


 教団内に帰還して数分。扉の奥へと進んだグリアムとウルは、プレートに「執務室しつむしつ」と記された部屋の扉を軽く叩いた。程無くして室内から返事があり、ウルは口を開く。



「第一師団、師団長・グリアム=ディースバッハ。並びに、師団長補佐・ウルティナ=ルヴェンです。任務完了のご報告に参りました」


「入りなさい」



 中から声が届いた後、ウルは静かに扉を開いた。「失礼します」と上品に一礼して足を踏み入れる彼女に対し、続くグリアムは無言のまま部屋の敷居を跨ぐ。しかしこれもいつもの光景であり、一見不遜ふそんな態度とも取れる彼の行動をとがめられた事はない。



「やあ、ウルティナくん。今回はわざわざ北の地までご苦労だったね。寒くて大変だっただろう?」



 木製のデスクに肘を突き、二人を出迎えたのは銀縁の眼鏡を掛けた物腰柔らかそうな黒髪の男。若くして〈白薔薇の教団ロサ・ブランカ〉を取り纏めている司令官──オズモンドである。そんな彼のねぎらいに、ウルはにこりと微笑んだ。



「いえ、とんでもございませんわオズモンド司令官。オーロラも見る事が出来ましたし、真冬ならではの幻想的な風景を堪能しましたから。私は満足です」



 うふふ、と頬に手を当てて小首を傾げたウルが平然とそんな嘘をのたまう。「肌が乾燥する」だの「面倒」だのと文句ばかり垂れ流していたくせに……、とグリアムは呆れたが、言及するとのちの報復が怖いため、その言葉は胸の内だけに留めておく事にした。


 小さく嘆息して目を逸らしたグリアムに、続いてオズモンドの視線が移る。



「グリアムくんも、お疲れ様。今回の魔獣核ヴォルコアも君が見つけて破壊してくれたんだってね。助かったよ」


「……」



 オズモンドの言葉に、グリアムは答えない。すると突如真横から放たれた強烈な肘打ちが彼の横腹を直撃した。「うぐッ!?」と思わず声を漏らし、横腹を押さえて彼女を睨めば「きちんとお返事しましょうね? 師団長」と穏やかながらも圧を感じる声が返ってくる。


 グリアムは息を呑み、嫌そうな表情を浮かべながらも、オズモンドに対して大人しく相槌を打ったのであった。



「ははは! 相変わらず仲が良いなあ、君たちは」


「ふふ、やだ、オズモンド司令官ったら。眼鏡の度数が合ってないんじゃありませんか? どこが仲良く見えるんです?」


「いや〜、仲が良いのは羨ましいよ。君たちは幼い頃から教団の中にいるからね。幼馴染みたいなものだし、将来そのまま結婚しちゃったりして。あはは」


「司令官、そろそろ補聴器も必要かもしれませんね。鼓膜こまくが壊れていらっしゃいますもの」


「……ウル、落ち着け……素が出てるぞ……」



 徐々に“良い子”の仮面が剥がれ落ち始めたウルを止めれば、彼女は「あら、ごめんなさい。司令官の頭の悪さがつい心配になってしまったものですから」と何の悪びれもなく言い放つ。仮にもこの教団の最高権力者が相手だというのにこの女は……、とグリアムは頭を抱えた。


 しかしくだんのオズモンドときたら、そんなサソリの猛毒にも気が付いていない。彼は呑気に笑い、デスク上に置かれている紅茶に口を付けながら言葉を続けた。



「ははは、まあまあ二人とも。もう深夜だ、ハードな任務で疲れただろう? 部屋に戻ってゆっくり休むといいよ。報告ありがとう、ウルティナくん」


「いえ、お気遣いありがとうございます。オズモンド司令官も、さっさとその壊れた頭をゆっくり休めて正常に動作させて下さいませね」


「ウル……お前、もう喋るな……」



 危うい発言を繰り返すウルに肝を冷やし、グリアムは彼女の腕を引いてそそくさと踵を返す。「二人ともお休み〜」と手を振る呑気なオズモンドに見送られ、二人は執務室を後にした。




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