逃がしませんよ、師団長。 ~世界最強の魔導師は家出したので探さないで下さい~
umekob.(梅野小吹)
第1章 家出は突然に
第1話 世界最強の男
静寂に満ちた北の果て、凍て付く夜の氷の世界。
草木も眠る極寒の地で、降りしきる雪に紛れてしまいそうな白いローブを
銀の仮面で素顔を隠したその人物は、月明かりに照らされて
「──来たか」
静かに零れ落ちたそれは男の声である。彼は仮面の下に隠れた
自我を失い、凶暴化した獣達は彼を敵だと認識したのか、牙を剥き出して一斉に飛び掛かって来る。その額にはくっきりと、隣国の紋章を模した“
(……帝国の
仮面の男は嘆息し、襲い来る無数の
「“
獣の軍勢へと向けた
「“
呪文の詠唱と共に掌の光は大きく膨らみを増し、赤々と燃える巨大な球体へと変貌する。仮面の下に隠した眼を細め、彼は
「“
ゴウッ、と瞬時に爆炎を纏った球体が凄まじいスピードで獣の軍勢に向けて放出される。真紅の炎は
静かだった氷の世界に耳を
そんな彼の背後に、フッと黒い影が落ちたのも、丁度同じ頃合であった。
「グギギッ!」
額に敵国の紋章を浮かべた
直後。
──ドォン!!
冷たく満ちる静寂を裂くように響いたのは、銃声。同時に頭部を撃ち抜かれた獣が白眼を剥いてその場に倒れる。噴出した
「何をぼんやりしているんです、師団長。こんなアホ面の毛玉共に背後を取られたりなんかして」
「……」
「世界最強が聞いて呆れてしまいますねえ。今なら私でも貴方を殺せてしまうかも」
うふふ、と上品に笑い、たった今
世界最強──そう称された男は再び嘆息し、彼女から顔を逸らした。
「……勘違いするな、ウル。お前の気配に気付いていたから避けなかっただけだ」
「あら、気配は完全に消したつもりでしたのに。私もまだまだですね」
「安心しろ、常人なら誰も気付かない。気配も殺気も完璧に隠せていたぞ」
「ふふ、ご冗談を。貴方の寝首を掻けないのであれば完璧とは言えませんよ」
上品に笑いつつ、彼女──ウルは、再び銃声を響かせて自身の背後に迫った
「全く、うるさい毛玉ですねえ。この森にもとうとう帝国の
「……」
「それに、いつまでもこんな寒い所に居たらお肌が乾燥してしまいますし。さっさと“
「……ああ」
笑顔を振り撒くウルに男は頷く。彼女が自身の都合ばかりを主張するのはいつもの事だ。もはや言及する気にもなれず、彼は黙ったままウルの後に続く。
──二人は
先程魔法によって
二人は上層部からの命により、遠いこの北の地までわざわざ
(つまらないな、やっぱり)
冷え切った空気の中に、仮面の下から漏れる白い吐息が溶けて行く。彼はこの生活に酷くマンネリを感じていた。
全ては、己が強過ぎるせいで。
そう、彼は強過ぎるのだ。
世界最強という称号は飾りなどではない。真実なのである。
彼は、世界最強の魔導師──
「──グリアム師団長」
「!」
不意に呼び掛けられ、男──グリアムはウルに視線を向けた。相変わらずニコニコと口元に笑みを浮かべている彼女は、「アホ面で空なんか見上げて、どうしました?」と穏やかに問い掛ける。
グリアムは仮面の下で暫く視線を泳がせていたが、程無くして「いや……何でもない」と彼女に首を振った。ウルは頬に手を当て、仮面に隠れた瞳をきょとんと瞬かせる。
「あら……何も無いのにアホ面で空を見上げていらしたんですか? 気持ちの悪い人ですねえ」
「……仮にも上司に向かって気持ち悪いとか言うな。……それに、仮面を着けているんだからアホ面かどうかなんて分からないだろうが」
「うふふ、やだ、私ったら。普段からアホ面だと思っていると白状しているようなものでしたね、失礼しました」
「……」
──全く、減らず口ばかりをペラペラと……。
グリアムは溜息と共に肩を竦め、毒ばかりを口にする可愛げのない補佐を追い越して、凍て付いた氷の森の奥へと消えて行った。
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