役目


 致命的に、牙が突き刺さる。

 致命的に、爪が抉り穿つ。

 主要臓器は傷だらけで血は失い、生存は絶望的だ。



 「デエエェェェェェェミィィィィィィィィィィスゥゥゥゥゥゥゥウウウウチャァアアアアアアアンンンンン!」

 全力疾走。洞窟内で嵐でも出来た様に空気が喚き散らす。

 魔性、化生、怪異妖怪魑魅魍魎が消し飛ぶであろう勢いで走る。走る。とかく走る。


 自分に持てる力を全て使い果たそう。

 自分に許される全ての手段を使おう。

 自分に出来る全てを考えよう。

 それでも不可能は世の中に在る。

 手を伸ばしても届かない。その悔しさと惨めさ、無力さに慟哭して来た人を知っている。

 だからこそ、私は自分に出来る最善と全力を。

 だからこそ、私は奥歯を砕く勢いで自分の歯を食いしばった。


 でも今回、私は決して間に合わなかった。間に合えなかった。

 それは見えるだけでも数えきれないおびただしい数の噛み痕と爪痕を見れば解る。

 だからこそ、駆け付けてそれを見た時に、私は先ずこう言った。

 他にも色々と頭では蠢いていた。情報が錯綜して混乱して目が回って訳が解らなかったけど、これだけは言わねばと本能がその言葉を口にさせた。



 「ありがとう。」

 弱々しく燃える炎を纏った魔人が、厄災から我が子を守るが如く、テミスちゃんに覆いかぶさり、その周りには傷を負わせた犯人たちが湯気を立てて痙攣し、引っ繰り返っていた。

 満身創痍。傷だらけ。瀕死の重傷。病院送りどころかICU送り。

 魔人は死にかけていた。

 が、しかし、その魔人が守っていた少女は傷一つ付けられていなかった。

 無傷。涙の流れた跡は有っても無傷。

 そう、かの魔人、私達を殺しに来たと思しき魔人アモンはテミスちゃんを怪物達の爪と牙から守ったのだ。




 少女に牙と爪が迫る寸前、洞窟の奥底から熱風と共にやって来た魔人は躊躇う事無くテミスと怪物共の間に割って入った。

 八華との闘いで見せた肉体の炎化はしない。

 出来ない訳ではない。敢えてそうしなかった。

 消耗こそしているものの、元来炎の化身たるアモンには肉体の炎化は自然なこと、寧ろ実体がある方が不自然といっても過言ではない。

 しかし、そうしてしまえば自らの肉体は爪や牙を通り抜け、守るべきものに届いてしまう。

 消耗しているが故に、現状火力では迫る牙や爪を消し炭に出来る保証もない。

 だからこそ、実体で全てを受けた。



 「オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!」

 深々と突き刺さる牙。

 体を抉る爪。

 地の底から響く様な苦悶の声。

 牙や爪は容赦無く無抵抗な魔人の体へ向かっていく……。

 「舐めるなよ。」

 しかし、魔人も黙ってやられる訳にはいかなかった。

 傷だらけの体から全力を絞り出す。


 『焔球』


 自身を起点として一定領域を火の海へと変える強力無比な筈のそれだが、今の状態では目を回させる程度のこけおどしにしかならない。

 しかし、それでもう十分だった。

 「デエエェェェェェェミィィィィィィィィィィスゥゥゥゥゥゥゥウウウウチャァアアアアアアアンンンンン!」

 既に自分の出来る事、そしてすべき事は終わったのだから。





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