狂気と光

 奴は狡猾だった。

 防具が脅威なら、それを失わせればいい。

 少し前まではどうやら防具以外にモンスターが嫌がる匂いの出るものを身に付けていたようだが、今、それは薄れて効果は無い。

 『どんな防具も装備しなければ意味が無い』そんな格言がこの世界に在るかは知らないが、何処の世界でも防具は置物としていては意味が無いのは同じだ。

 防具が無くなれば、飢えて乾いたモンスター共は恐怖していたもの、脅威を纏わなくなった少女を喰らうだろう。

 それを見た自分の敵は、どう思うかを知っている。

 だからこそそんな行動に出た。最適の行動である。

 しかし、最適解を選んではいるものの、最適解という事とは別に、単純に愉しんでいる。

 「ジェェェ!ジェェェ、ジェェェェエエエ!」

 嗤う様に鳴きながら少女を捨てて、メガクロヘビはその場を後にした。


 少女は異常であった。

 怪物達の巣窟に抵抗する力も無く放り出された状況で、彼女は悲鳴をあげなかった。

 それだけなら『恐怖で動けなかった』と説明が出来るだろう。が、今回はそれも出来ない。

 彼女の心を支配していたのは恐怖ではなく罪悪。

 自分が死ぬことで、自分を助けようとして懸命に動いてくれた人達の努力を冒涜する事になった罪悪で埋め尽くされ、溢れ、恐怖が介在する余地は絶無だった。

 皆が必死で足掻く最中、自分は何も出来ないという無力感と虚無感による罪悪が渦巻き、暴れていた。

 だから、怪物達の爪と牙が迫る最中、彼女がとった行動は一つだった。

 「………………。」

 沈黙。

 口を両手で力一杯塞いでの沈黙だった。

 ここにこれから来るであろう、自分を今までで一番思ってくれた人に、悲鳴と苦悶を聞かせない様に、傷にならない様に、心を殺してしまわない様に、

 彼女なりの真心、無力な自分のせめてもの抵抗、そして力一杯の恩返しだった。



 解っている。これは狂気だ。

 少女が命の危機に瀕して行うべきは一つ。助けを求める事。

 無力な自分を受け入れる以前に、自分の無力さの本質を知らないでいる少女が行っていい所業ではない。

 自分は未だ無力で、しかし未来が在って、現在は無力だが未来は無限である事を知らずに内に秘め、未来を失いたくないが為に助けを求め、来る痛みに恐怖し、到来する怪物達に苦痛を以て蹂躙される自らの命を思って、抵抗して悶えるべきだ。

 彼女の狂気は数多の怪物の牙と爪、死への恐怖を以てしても揺るぐことは無かった。

 牙と爪とが迫る中、彼女はやっと人らしく、目を瞑った。



 最早彼女は逃げも隠れも出来ない。

 そして、この状況を覆せる人間は最早居ない。


 牙と爪が悉く、切り裂いた。




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 最近諸々御座いまして、本作を書けない状態が続いております。申し訳有りません。

 この作品、書いて楽しいのですが、書くからには楽しく無ければならないので、未だ少し、復活は難しそうです。

 もう一つの作品は何故投稿出来ているかと言えば、アレは割と幸せでなくとも書けるという理由です。

 ただ、書く意志は有るので、待っていて下さい。


黒銘菓より

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