ヘカトンケイルとアルゴス


 スライムが私を包囲する。距離にして1m。

 全方位囲まれて天井も見えない。

辛うじて足元は未だ岩の地面だけど、徐々にスライムの地面が迫ってきている。このまま行けば私は窒息……………………………………させないよ!

 こんな風に完全包囲された時専用の対策技能も有るっての!


 眼を瞑り、息を吸う。

 『灰の眼アルゴスの眼


 私は元々黒目。しかし、瞬きをして、眼を開けた次の瞬間、私の眼球全体が灰色に変わっていた。

 『灰の眼アルゴスの眼

 アルゴス。神話に出て来る、目が沢山有ると言われている存在だ。

 この技の正体は単純で、両眼球を高速で、しかも全く違う動きで動かし、周囲を見る事。ただそれだけ。

 普通に考えてただ目が回る為に目を高速移動させるだけのもの。情報過多で脳味噌は焼き切れ寸前。本来ならば、見えると言うにはお粗末な映像しか眼には映らない。

 眼の色が変わる理由は、要は白と黒が混ざって灰色に見えるだけで特殊効果なんて無い。

 一見して意味はない。傍から見たら私の白目と黒目が灰色になっただけ。

 でも、でもね、私から見れば全然違う。

 (見える)

 視界にあるもの全てがくっきりはっきり、細部まで見える。

 不定形で境界が曖昧なスライムドームも、何処にどうやってどんな風にスライムが積み重なっているかが、全て、解る。

 スライムとの距離、80㎝。

 そう、ある程度の反射神経を持った人間がこれを行う事が出来れば、話は変わって来る。

 視界にあるもの全てを『目端に捉える』のではなく、『全てを真っ直ぐ見て捉える』事が出来る。

 この技の本質は一度に多数を相手にする時、視覚をフルに使って視界に存在する全てを見切る事にある。

 例え目の前で千人の人間が槍で隙間無く私をド突いて来ようとも、槍の隙間を縫うように、無傷で生還する事さえも可能になる。

 と、言っても、回避技だし、背後は見えないから全くの隙だらけ。《・》状況の打破には成らない。

 だけど、この技は避ける為に使った訳じゃない!


 『百腕魔人ヘカトンケイルラッシュ!』


 右足を軸に左足で地面を蹴り上げて身体を高速回転させる。

 ギュルギュルと岩の地面が削れ、空を切る音が聞こえてくる。

 既にスライムドームの壁は私の体ギリギリ、数字にして70㎝程前に存在している。

 体を独楽コマみたいにしてスライムを吹き飛ばす?そんな事する訳が無い。

 60㎝。スライムが徐々に距離を詰めていく。

 50㎝。スライムが近付こうとして……バチン!

 ドームの一部が弾け飛び、穴が穿たれた!

 プヨォ?ププヨ!プーヨプーヨプー!

 スライム達が戸惑った様になったが、直ぐに建て直し、八華に迫る……も……

バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチ


 電撃が弾ける様な音と共にドームが弾け飛んでいく。

 『百腕魔人ヘカトンケイルラッシュ!』

 拳がゲルを捕らえる。幾つも幾つも、ドームが狭まるよりも一手速く一撃が入る。

 これまた神話の怪物。腕が幾つも有る生物だ。

 この技は全力で自身をバレリーナの如く回転させ、全方位滅茶苦茶殴ったり手刀で斬ったり、兎に角ブチかましまくるだけ。回転するから死角と言う死角は無い。ただ、コントロールも無い。クルクル回ってるんだから仕方無い。だけど………『灰の眼アルゴスの眼』が有れば別。


 どんな物でも視界に入れば見切れる眼。

 死角無い拳と手刀の嵐。


 この二つが合わされば………どうなると思う?


 高速回転する中でもスライムの形はハッキリと見え、それを一撃一撃確実に仕留め行く。

 撃ち込めるのは正面の敵だけ。でも、正面は全面。死角なんて無い。




バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバ…ヒュヒュヒュヒュ…………………

 バチバチという音が消え、手刀と拳が空を切る音が鳴った時には、包囲していたスライムが全てその場から消え去って居た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る