残念ながら、八坂八華達は宿を失ってしまいました。

 リエさんの地図に従って街を歩くと、あっという間に目的の宿は見つかった。

 『宿屋 サバオリ』

 中々アグレッシブな名前だ。

 外観は海外の絵本に出て来る木造の大きめな家そのもの。

 新築とまでは言わないが、綺麗に掃除がされているお陰で印象は非常に良い。

 そしてなにより………

 「良い匂い。」

 匂いの元は建物の窓から立ち昇る湯気と煙。

 多分これは野菜のスープの匂い。

 解るのはそれだけじゃない。

 「これを作った人は腕が良い。スープ…………。」

 うっかり涎が出そうになる。

 「テミスちゃん、晩御飯は期待出来そうよ。」

 「うん!」

 テミスちゃんも匂いで解ったようだ。

 さぁ、異世界最初のご飯にレッツゴー!



 そんな上手くはいかなかった。



 宿の扉を開けるとスープの良い匂いが更に強く漂って来た。

 「こんにちは!ギルドのリエさんから紹介を受けて来ましたーーーーー↘!」

 声のトーンが落ちてきているのは別に気のせいじゃない。

 だって、目の前にいたのは、さっき他界他界したばかりのおじさんだったんだから。

 「お前………お前お前お前お前ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」

 扉を開けた途端にロックオンされてタックルを仕掛けられる。

 「ウォォォオオオオオオオオオオオオオ!小娘ぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!」

 扉の幅一杯にタックルが来る。後ろにはテミスちゃん。下手に逃げる訳にはいかない。

 間合いに突っ込んで来た他界他界おじさんに一歩踏み込むと同時に姿勢を低くし、おじさんの首を左手で掴んで持ち上げ、右手で腹部を押し上げて身体を完全に上空に浮き上がらせる。おじさんは私の後ろ、テミスちゃんの頭上を越えて宿の外へ飛んでいく。

 ドシャァァァァァァァァァァァァァアアアアアアアア!

 おじさんの顎が少し短くなったかもしれないけどしょうがない。

 「さぁ、宿へレッツゴー!」

 「ハッカお姉ちゃん?人間を投げるのは宿へ行くよりも些細な事?スルーして良い事?」

 テミスちゃんは少し戸惑った顔でそのまま私の後を着いて来た。

 「すいませーん。宿の方はいらっしゃいませんかぁー?」

 宿全体に声が響く。

 「ココデース…………」

 小さく返事が有った。

 でも、待てど暮らせど足音が近付いてこない。

 「すいませーん!ギルド東地区支部のリエさんから紹介されて来ました!」

 「ハーイ、ココニイマース…………」

 声はする。でも、足音が一切しない。あれ…………そう言えば、声が…………

 「ココデス、ココニイマス!」

 宿の中からじゃ無くて…………後ろの……。

 「今お前が投げたおじさんが宿の主だよ!」

 後ろから顎を擦りむいたおじさんが凄い顔をしてやって来た。

 「スイマセーン………リエさんからの紹介で宿を」

 「よし部屋は無い帰れ!」


 バタン!


 おめでとう。ハッカとテミスは宿を失った。






 私達は陽が暮れた街を歩いていた。

 王都というだけあってガス灯みたいなものが街中に設置されて明るいっちゃ明るい。

 ただ、物理的な明るさに半比例する様に、私達の心は暗くなってきた。

 「…………如何しようか?」

 「他の宿を探すの?」

 「いや、お姉ちゃんは知っての通り、コッチのお金を持ってないの。」

 不味いな。流石に私なら野宿の1・2………………………………世紀ならイケる。でも、テミスちゃんだけだと不味いな。

 クエストを今から受ける?この暗さの中、土地勘の無いまま動くのは流石に危険だ。

 仕方ない。

 「よし!良くは無いけどそこらの破落戸ゴロツキ共から金目の物を巻き上げよう。」

 「ねぇ、全然良くないんだよね?」

 「『奪うという事は、奪われる覚悟をするという事。』(by八坂八華)。

 さぁ、逝ってみよう!」

 さっきテミスちゃんを奪還した辺りに何人か居た。

 塵も積もれば山となる。さぁ、地道にハンティングDA!





 「あれ?お姉ちゃん!」

 ハンティングを開始しようと思った時、正面から声を掛けられた。

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