57匹目・私は貴女の温もりに包まれて夢を見る

「落ち着いた?」


「……うん」


私にまたがっていた未夜みやおろし、ベッドのはしに寄りかかる。その隣で私に寄り添うよう未夜が膝を抱えて座っている。


「……ごめんなさい、綾芽姉ぇ。綾芽姉ぇとかあ、全然違う人なのに――」


そう言って俯きしょぼくれる未夜。……まさか私にお母さんの面影を求められるとは思わなかったけど。まあだからお風呂の時、執拗に私の胸を――忘れておこう。


「色々驚いたけど気にしてないし、怒ってもないよ。……でもさ、未夜のお父さんからお母さんが亡くなっているって事を聞いてなかったんだけど」


「……あの時、未夜が居たから、本当の事、言えない。そういうだから」


確かに授業参観の時だったし、未夜が隣に居たらそう言った話はできないか。……いや、なんで未夜が居たら話せない?未夜は知っているのに、母親が亡くなっている事に。


「――もしかして、未夜のお父さん、未夜が知ってる事に気付いてないの?」


そう聞くと未夜が静かに頷く。だよねぇ……だとすると『なんで未夜はその事を未夜のお父さんに話さない』のか、それに『約束って、誰と誰の?』。そんな疑問が浮かんでくる。だけどその疑問も未夜にはお見通しなのか、すぐに未夜の口から答えが出てくる。


とう、未夜がもう少し大きくなるまで黙ってるつもりみたい。それが父と母との、だから。昔、父の書斎を掃除してたら父の日記、出てきた。母と出会った時の事、母は体が弱かった事、結婚した時の事、未夜が生まれた時の事、……未夜を生んでから母が病院から出れなかった事、もし母が死んだらその事は未夜が大きくなってから伝える事、それから――」


「うん、そこまででいいよ。……そっか、未夜はお父さんとお母さんの約束を破らせないために黙ってるんだね。親思いだね未夜は」


そっと私は未夜の頭を抱き寄せ、優しく何度も撫でる。――親思い。その言葉でふと思い出されたのが、以前のとあるやり取り。


「もしかしてあの時、甘えるのを辰歌よしかに譲ったのって」


「……未夜には父がいる。でも辰歌、両親が居ない。だからその分、ね」


そう、以前卯流はるな一家を見て辰歌が寂しそうにしていた時の話。あの時はただ単に未夜も優しいところあるんだな、としか思わなかったけど。でも未夜の身の上話を聞いたから分かる。未夜も肉親を失っているからこそ、辰歌の気持ちも分かったんだろう。だからこその行動なんだろう、と。

……本当、ウチで預かった達はいい子たち過ぎるよ。


「――泣きたくなったら泣いてもいいからね?」


色々な想いをため込んでいるであろう未夜に優しく語りかける。しかし未夜は首を振り拒否する。


「……日記読んだ時、目一杯泣いた。だからもういい。それに――」


言いながら未夜が私と距離を取ったと思ったら、


ちゅ


すぐさま近づいて私の唇に口づけし顔を離す。突拍子の無い未夜の行動に私は固まっていると、未夜が顔を赤らめ先程の言葉の続きを紡ぐ。


「大好きな、綾芽姉ぇの前では……笑顔でいたい」


と言いながら可愛らしく微笑む。同時にぽん!と干支化する未夜。……本当に未夜は私の事が好きだというのは、未夜の今の状態を見れば分かる。


「……ねぇ、綾芽姉ぇは、未夜――私の事、好き?」


驚き戸惑っている私の反応が無い事に未夜は不安を感じたのか、顔を近づけ上目遣いで見つめてくる。

その仕草、そして先程の台詞で私は未夜にきゅん、と来た。来てしまった、可愛すぎる――そう思考するよりも早く私は未夜を抱きしめていた。


「――!?あ、綾芽姉ぇ……?」


突然の私の奇行に今度は未夜が驚き戸惑い固まってしまう。そんな未夜をよそに私は囁くように『好きだ』と――言うはずだったのに。私の口から出たのは、『好き』とは異なる言葉。


「未夜は、私なんかでいいの?まだまだこれから色んな出会いもあるだろうし、私みたいな変な――下手すりゃロリコンの分類になる危険人物よりも、もっとまともで素敵な人が――」


「私!綾芽姉ぇがいい!綾芽姉ぇじゃないと駄目なの!」


私の言葉を遮り、未夜が声をあららげる。未夜を見れば――顔を真っ赤にして眉毛を逆八の字、頬を膨らませている。『柳眉りゅうびを逆立てる』、そんな言葉が今目の前の未夜にピッタリなほど――怒っていた。それと同時に悲しみが未夜の瞳の奥に満ちている。そんな初めて見る未夜をなんとかなだめようとするけど、


「……綾芽姉ぇは、私が嫌いだから、そんな事、言うの?」


その言葉と同時に未夜の目から涙が溢れる。……未夜を見ていた私の心にも罪悪感が湧いてくる。未夜を嫌うはずがない、好きだ、大好きだ。

だけど年が離れている私がそんな事を言えば、周りからまあ色々何かしら言われたり変な目で見られるのは当然だろう――それよりも心配なのは私の言葉で未夜の将来を縛ってしまうかもしれない事だ。だからさっき何かと理由を付けて私を諦めてもらおうと考えていた。

……その結果、未夜を泣かせてしまったんだけども。


「――未夜」


未夜の名前を呼びながら再び未夜を抱き寄せる。けれども未夜は先程とは違い、私から離れようとする。それでもなんとか未夜を離さない様、力強く抱きしめる。


「大好き」


聞こえないふりなんて出来ない位近い距離で未夜に私の気持ちを伝える。私の言葉を聞いた未夜は、途端腕の中で落ち着いたよう大人しくなった。


「……本当に?嘘、じゃない?」


「本当」


そう言って小さな体の未夜を優しく抱きしめる。未夜もそれに応える様、私の胸に顔を埋めると同時に腕を回してきてぎゅっと抱きしめてくる。しばらくそう抱きしめ合っていると未夜が口を開く。


「……でも綾芽姉ぇ、モテモテ。私以外からも好き、言われてるはず。きっと綾芽姉ぇ、みんなに大好き、言ってる。そこの所、どう?」


その言葉に私は、『うっ……』と言って黙る。瞬間で今までの記憶から居候達の告白を思い出し、確かに皆から『好き』って言われている。……でもそれと同時にある事に気付いた。


「……私から言った事無い――『好き』って言葉。ちゃんと言った相手って、未夜が初めてかも」


そう今までの記憶を振り返っても皆から好きと言われている記憶は確かにある。だけど私からの返事は保留してたり曖昧にしてたりキスで誤魔化してたり……しかもいまだに返そうとはしてないし、控え目に言って最低だな私。と自虐的な思考に思わず溜息が出てしまう。


「綾芽姉ぇは、皆が嫌いなの?」


今まで胸に顔を埋めていた未夜がこちらに顔を向けて聞いてくる。私は――軽く首を振りそれを否定する。


「好き。大好きだよ、皆の事。……でもさ、『私なんかが~』とか『迷惑なんじゃないかな~』とか思うと言えな――」


自嘲気味にそう言っていると突然、

ペチン!

と未夜の両手で私の顔――両頬を挟み込むように叩いてきた。何が起こったのか私が理解する前に未夜が口を開く。


「……好きな人に、好きと言われて、迷惑じゃない事、綾芽姉ぇなら、わかるでしょ?それに皆、綾芽姉ぇに、色々助けられて、段々と惹かれて、段々と好きになっていったんだよ。そうなっちゃうくらいに、綾芽姉ぇには、魅力があるんだよ?だから、綾芽姉ぇは、胸を張って、いいんだよ?皆に、好きって、言っていいんだよ?」


未夜の真っ直ぐな眼差しと、真っ直ぐな言葉が、私に突き刺さる。……まさか、未夜にいさめられるなんてね。私もまだまだだなぁ。


「……きっと、皆、綾芽姉ぇから、『好き』って言葉、聞けるの、待ってるから」


「うん……ちゃんと言うよ。怖がらずに、皆に『好き』って」


私は未夜の目を見つめ、伝える。そんな私を見て安心したのか未夜は、


「――ふぁあぁ……」


大きな口を開け欠伸あくびをする。つられて私も小さく欠伸をしてしまう。お互いに欠伸が治まるとどちらともなく微笑む。


「それじゃあそろそろ眠ろうか。明日は未夜のお父さんも迎えに来るし」


「……うん。……綾芽姉ぇ――」


私が布団に潜り込もうとすると、未夜は両手を前に差し出してくる。


「……?どうしたの?」


「……綾芽姉ぇに、ぎゅっと、抱きしめられながら、寝たい」


顔を赤らめて上目遣いでそんな事言われちゃあ、断れないわ。苦笑しながら私は未夜を抱き寄せ、灯りを消した。しばらく未夜を抱きしめていると、ぽん!と干支化が治る音が聞こえ、同時に未夜の寝息が聞こえてくる。寝つきがいいなぁ未夜は――そんな事を考えながら私も微睡んでいると、


「――うん、母、綾芽姉ぇは、私の、お嫁さん、なの」


とんでもない寝言が聞こえてきた。


でも、『こんな可愛い娘が私と一緒になってくれるのだったらいいなぁ』とか、『他の居候達もそういう風に思ってくれてたらいいなぁ』とか考えながら私の意識は眠りに落ちていった。

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