56匹目・可愛い子羊は私に甘えたい

巳咲みさきの絵本を読み終えてからずっと思い出そうとしている。

――一緒に本を読んでいた誰かの事を。それにあの絵本の物語もどこかで……


「……綾芽姉ぇ?手が止まってる?」


未夜みやが不思議そうに鏡越しで後ろの私に声を掛けてくる。どうにも考え事ばかりでいつの間にか手が止まっていたようだ。


「あー、ごめん。ぱぱっと背中流すね」


「……ゆっくりでいい」


ぽつりと言うと未夜は黙ってしまう。私はボディスポンジを持っていた手を再び動かした。未夜の背中に傷がつかない様、丁寧つ優しく洗っていく。しかし未夜の肌は白く透き通るようで凄く綺麗だ。普段の甘ロリな格好も相まって本当にお人形さんみたいだなぁって思う。


さて――今私たちは風呂場にいる。離れの大浴場ではなく、母屋おもやの風呂場に。巳咲の絵本を読み終わった後、ふと時計を見ればそろそろ夕食の支度でも――と思える時間。色々考えながら読んでたらもうこんな時間かぁ。そう思って私が立ち上がると未夜は、


「……綾芽姉ぇ、どこ行くの?」


「そろそろ夕食の支度しようかなって。その間に未夜はお風呂に入ってきちゃって。未夜が出るころには夕食もできあがってるし――」


「嫌」


私が言っている最中、メッチャ首を振って拒否してくる未夜。そこまで嫌がるってどういう事?とか思ってたら――


「綾芽姉ぇと一緒に、お風呂入る」


「……はい?一緒に?未夜と……私とで?」


私の言葉に未夜は静かに頷く。それは構わない、っていうか喜んでと言いたい所だけども。夕食の支度もあるしなぁと言いかけた時、


「駄目?未夜、綾芽姉ぇと一緒にお風呂入りたい。お夕飯作るの、未夜も手伝うからお願い……それでも、駄目?」


小首を傾げ上目遣いで未夜は私にお願いしてくる。……うん、お願いされちゃあ無下に断れないよね?そう自分に言い聞かせながら、『しょうがないなぁ』と肩をすくませる。




――と言った感じで今に至る。何故母屋の風呂場なのかといえば、やはりこちらも未夜のお願いで、


『綾芽姉ぇがいつも使っているお風呂に入りたい』


との事。そういえばこちらの風呂場は他の居候達には使わせた事無かったなぁ。辰歌よしかたちとか午馳まちと入った時は離れの大浴場だったし、そもそも他の娘達がこっちの風呂場を使いたいとか言い出した事も無かったし。とゆー事は母屋の風呂場に入るのは、居候達の中で未夜が初めてになるね。


「でもさ未夜、なんでこっちのお風呂なの?離れの方が広いしさ伸び伸びできるのに、こっちなんて未夜と私で丁度位の広さだしさ」


未夜の背中の泡をシャワーで流しながら聞いてみる。未夜は鏡越しに私を見ながら、微笑み答える。


「だって、こっちの方が綾芽姉ぇと距離、近くなるし」


……あーもう、なんでこの娘こんなに可愛い事言うんだ。その上、可愛い。ものすごく可愛いから、ぎゅ~って抱きしめたくなる。けど、流石に本当に実行して未夜に悲鳴上げられて、拒絶されて嫌われるかもしれないのでそんなよこしまな思考を全力で理性で押さえつける。


「~~~~~っ。ほ、ほら未夜、背中流し終わったから湯舟に――」


「……今度は未夜、綾芽姉ぇの背中流す」


ボディスポンジを持ち、ふんす、と鼻息を荒くし意気込む未夜。……断れないよね、うん。



「はぁ~いい湯~」


背中を流してもらった後、未夜と一緒に湯舟に浸かる。だけどその前に少しやり取りもあった。私も未夜も髪が長いので二人とも髪をまとめてお団子頭にすると、お互いを見やり同時に口を開く。


『お揃い~』

『お揃い~』


そう言いながら二人でお互いの纏めた髪の毛をむにむに触っては笑顔になっていた。


「未夜もちゃんと温まってる?」


「……うん、いい湯」


私の足と足の間に収まって私の胸に背中を預け、湯の温もりの心地良さに浸っている未夜。私もお湯の温もりと、未夜の肌の柔らかさを堪能していると不意に、

むにゅ

と未夜の背中が私の胸を押し潰す。最初は偶々たまたまかと思ったけど、未夜がちょっと動く度にむにゅ、むにゅ、と背中で私の胸の感触を確かめるが如く押し潰してくる。



「……あのさ未夜、もしかしてわざと背中を押し付けてる?」


「うん」


あらやだ、私の質問に即答しましたよこの


「……綾芽姉ぇのお胸、程よい大きさ、程よい柔らかさ、未夜凄く落ち着くし気持ちいい……綾芽姉ぇ、嫌?だったら止める」


……私の胸を気に入ってくれているのなら、悪い気はしない――はず。ただ何故か目の前にある未夜の頭では目まぐるしく、羊の耳と角が現れては消え現れては消えを繰り返している。私が後ろから抱きしめている形だからかすぐに干支化も治るみたい……だけどその度に羊の尻尾が現れてはお腹辺りに当たりまくるのでこそばゆいやらなんやらで、只今何とも言えない気分になっております。ちょっと、問題が起こりそう。心身ともに。


「……未夜、ほどほどに、ね?」


それからの未夜は私の言葉を聞いていたのかいなかったのか、未夜自身が満足するまで続けられた……。私はと言えば『そう言えば羊の尻尾って本当は長いんだな~』とか他の事を考えてぎりっぎりで耐え抜きました。ええ、耐え抜きましたとも。




風呂を上がり、夕食も未夜と楽しく過ごし――今は未夜の部屋の前。私はふぅ、と一つ深く息を吐いてから未夜の部屋の扉をノックする。


「――未夜、入るよ」


「……いいよ」


未夜の了承の言葉を聞き、扉を開け部屋に入る。そこで目にしたのは――部屋を埋め尽くさんとする大量のぬいぐるみたち。それもどれもこれも変わっているタイプ。簡単に言えばいつも未夜が持ち歩いている羊のグレイくん、アレ系統のぬいぐるみだ。


「……色々すごいね、未夜のぬいぐるみたちは」


部屋を見渡し感想を述べる。しっかし……もふもふな毛で覆われたチュパカブラ、羊の形をしたナスカの地上絵、アフロヘアーなオルメカヘッド、もふもふ感倍増のモスマン等々、どうにもこうにも未夜のぬいぐるみたちは珍妙――もとい変わり種ばかり。


「……みんな、大好き」


そう言ったのがちょっと照れ臭かったのか未夜は抱えていた羊のグレイ君で口元を隠す。前の時もそうだったけど未夜は本当にグレイくんが好きなんだなぁ。そしてグレイくんに負けず劣らず、このぬいぐるみたちも好きなんだと未夜の表情から見て取れる。

――そして眠りにつくまで未夜は嬉しそうにぬいぐるみたちの話をし、私はそんな未夜を見て笑顔でそれに付き合うのだった。




――体が動かない。それに息苦しい。まるで、何かが私の上に乗っかっているみたい。

恐る恐る目を開き腹の上に乗っかっているソレをみると、そこには……アフロヘアーのオルメカヘッドが――



「……綾芽姉ぇ?大丈夫?うなされてた」


未夜の声が聞こえてきて、私の意識がゆっくりと覚醒していく。……今のは夢だったか。未夜はうなされている私に気付き、心配して声を掛けてくれたようだ。


「うん大丈夫、未夜。ありがとう心配してくれて……ところでさ――」


心配してくれている未夜に礼をべる、けどそれ以上に言わなくちゃいけない事がある。


「なーんで未夜は私に馬乗りになってるのかな?」


「?」


私の言葉に何故か疑問符を浮かべ首を傾げる未夜。そのついでみたいな感じに私の胸を揉みしだいているけど。


「……もしかして、私が寝てからずっと馬乗りになってた?」


「うん」


あらやだ正直。


「――まあそれはいいとして、その、私の胸を揉んでいるのはなんで?」


ちなみに私は夜は着けない派、つまり今はノーブラ。それを知ってか知らずか未夜は今も私の胸を揉み揉みしてる。


「…………綾芽姉ぇのお胸、程よい大きさ、程よい柔らかさ、未夜凄く落ち着くし気持ちいい――」


「それはお風呂場で聞いたよ。そこまで気に入ってくれるのはいいけど……ちょっと度が過ぎるというか」


その言葉に未夜は俯いて、シュン……となる。それと同時に私の胸を揉んでいた手が止まった。


「……ごめんなさい、綾芽姉ぇ。未夜、かあの事思い出して、綾芽姉ぇと母を重ねてた」


ぽつぽつと語りだす未夜。


「綾芽姉ぇのお胸、なんだか母と似ている気がした。何故か分からないけど、そう思った。……だから綾芽姉ぇのお胸を触ってれば、母の事、何か思い出すかもしれない、から」


……未夜もまだ子供だ。だから母親の温もりを求めてたのかもしれない、私の胸に。ただ、未夜の私の胸を揉む手の動かし方が母親を求めるソレじゃない気がするのは今は言わないでおこう。


「……じゃあさ、今度お母さんに会いに行ってくれば?まあ向こうも再婚してるって言ってたし、会いたくないって断られるかもしれないけど――」


言葉の途中で未夜は長い黒髪が乱れるのも気にせず、首を横に激しく振り拒絶する。


「どうして?……まあ、お父さんが嫌がるかもしれないし、しょうがな――」

「違うの……違うの……」


ますます髪を乱し横に首を振る。何が違うのかな?そう思っていると、すぐに未夜の口から答えが出てくる。



「――母、どこにも、居ないの。この町にも、この国にも、他の国も、どこにも……死んじゃってるの」

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