55匹目・里帰りと絵本
「――それじゃあ綾芽おねーさん、行ってくるね~」
玄関先で
「綾芽おねーちゃん、
「うん、分かってるよ。んじゃ皆、いってらっしゃい。怪我とか無いように帰って来るんだよ~」
私も笑顔で
今はお盆も間近の8月。これから居候達は一週間ほど里帰り……と言っても
あと私と離れて干支化した時とか大丈夫なのか?と思うかもしれないけど、最近は干支化する
……なんて言うか、本当に、ちょっとずつだけど、改善しているんだなぁ。
そんな事を考えながら居候達の姿が見えなくなるまで見送り、これからの事に想いを
「さーって、これからどうしようか
視線の先にはぼーっと皆が出て行った玄関の方を見つめている未夜が立っている。未夜は私の言葉に反応してか、ゆっくりとこちらに首を向けて、
「……お腹すいた。綾芽姉ぇ、お昼ご飯、作ろ?」
「そうだね。もういい時間になるしお昼にしようか。なにがいい?」
そう言って私は未夜の頭を撫でる。
「
大盛りの素麺かぁ。苦笑しながら『はいはい』と答え、未夜と一緒に台所に向かった。
何故未夜だけ里帰りしていないのかと言うと。本来なら未夜の父親が今日迎えに来るはずだったんだけど、どうにも仕事の都合がつかなくなり明日なると連絡があったそうだ。未夜の母親は……未夜が小学校に上がる前にはいなかったみたい。どうにも離婚して後々再婚したみたいで一度も未夜に会いには来てないという。
そう言った話を以前――卯流の授業参観に行った時、未夜の親父さんに会って聞いた。その際、他にも色々聞いているけど、まあそれは追々。
「……思いの
ちゃぶ台の上には空になったいくつかの器とグラス。私と未夜はそこら辺にごろんと寝転がっている。
「未夜もお腹いっぱいになった?」
「うん、すっごく満足」
そう言って体を
「未夜の髪の毛って綺麗だよね~。手入れってどうしてるの?」
「少し前までは特に何も……だけどここに来てからおしゃれ
褒められたからなのか少し顔を赤くしながら答える未夜。だけど私と視線が合うとプイ、と顔をそむけてしまう。その仕草が可愛いなぁと思いつつも、未夜の黒髪ロングへの手櫛は止まらない。
「綾芽姉ぇ……しつこい」
あまりにも髪を
「この後どうしよっか」
寝転がり直し、天井を見つめながら聞いてみる。未夜も同じく天井を眺めながら、何をするか考えているみたい。少ししてから、
「一緒に、本読む?」
「読書?なんか面白いのある?」
視線だけを未夜に向ける。未夜は控え目に頷くと同時に口を開く。
「未夜が最近面白いと思うのは、遺伝子工学の本で中でも――」
「ちょい待ち。今なんて?」
何かの聞き間違いかと思い未夜に聞き直すが、
「遺伝子工学の本」
聞き間違いじゃなかった。よくそんな難しそうな本を読んでるなぁと思うけど、未夜の父親の職業を考えてみれば納得する、かな?
というのも未夜の父親はとある有名企業の研究員として勤めている。多分父親の影響で未夜もそういった分野の本も理解できるんだろうね。……それだけじゃなんか説明がつかない気もするけど。
それはともかく、そう言った難しそうな本は私の頭じゃ理解できそうにないので勘弁願いたい。しかしそれ以外の本となると……マンガとかラノベとか18禁系のとかしかない――
「あ、そうだ。未夜、そういう本もいいけどたまには絵本でも読まない?」
「絵本?……なんで絵本?」
不思議そうに首を傾げる未夜。
「前に巳咲から『綾芽ちゃんがまだ私の絵本を読んだ事無いって言ってたからこれをどうぞ~』って、巳咲の描いた絵本全巻渡されててね。一冊一冊はそこまでページ数は無いんだけど、中々読む機会が無くってね」
「セクハラ蛇さんの作品……ちゃんとした作品なのか、気になる」
目を輝かせ巳咲の絵本に食いつく未夜。それにしても巳咲の事は『セクハラ蛇さん』で
「綾芽姉ぇ、どしたの?」
未夜の呼びかけに考え事から意識が戻る。うん、姉ぇと付いてるけどやっぱり名前で呼ばれてる。
「――ううん、なんでもないよ。それじゃあ絵本持ってくるよ」
立ち上がり自分の部屋に向かう。その道中、やっぱり考えるのは未夜の呼び方だ。卯流と辰歌は同年代だし名前呼びは分かる。卯流の方が年上だけど。
でも他の居候達の呼び方を聞いていると、子音には『くせっ毛ネズミちゃん』、酉海には『お菓子鳥ちゃん』と言った感じに他の皆――私の友人たちに対しても同じ扱いだった。
「……なんて言うか、私は辰歌たちと同じ扱いなのかな?それとも――」
一瞬悪い思考が浮かんだが、それは無い、と頭を振ってその考えを振り払い急いで絵本を取りに向かう。
「ほうほう、これがセクハラ蛇さんの絵本……」
興味深そうにテーブルの上に並べられた絵本を眺める未夜。絵本のタイトルは『へびのお姫様の旅物語』、二冊目以降はそれぞれサブタイトルが付けられていて『ふかしぎの山』や『おかしとおもちゃのまち』とかある。その中で一番新しい本のサブタイトルが『剣の国のお姫様』。……間違いなく私をモデルにしたヤツだなぁこれ。以前イメージが湧かないからと私が剣道している所を取材してたし、それがこの結果と言う事かな……話のメインになるとは思わなかったけど。
ただこの絵本を見た時――何かが心に引っかかった。具体的にその『何か』は分からない。……読めばその『何か』が分かるかな?そう思い最初の一冊目を手に取り、未夜と共に読み始める。
『どこかの世界。そこはとてもとても平和で誰もが笑顔でいられる国。』
『王様も王妃様も心優しい人。だけど娘であるお姫様はちょっと変わり者。』
『お姫様は平和だけど退屈な日々が大嫌いで、退屈しないようにいつも誰かにイタズラをしては驚かせていました。』
『でもイタズラされた人たちはお姫様に怒る事も無く、笑っていました。』
『けれども、それがいけなかった。』
『ある日、王様の所に旅をしている魔女がやってきた。』
『お姫様はその魔女にもイタズラをしてまいました』。
『魔女はビックリして大切な水晶を落として割ってしまいました。』
『お姫様は他の人と同じ様に笑ってくれると思っていましたが、』
『魔女はカンカンに怒ってしまいました。』
『お姫様はどうして魔女が怒っているのかわかりませんでした。』
『それを見た魔女はますます怒ってしまい、魔法でお姫様をへびにしてしまいました。』
『その魔法は昼はへびの姿、夜は元のお姫様の姿になるという。』
『魔女は『お姫様がなぜ私が怒っているのかちゃんと分かって、私の所に来てちゃんと謝ることが出来たらその魔法は解けます』と言うと、魔女の姿はたちまち消えてしまった。』
『王様たちはお姫様がこのような姿になった事に大層嘆き悲しみました。』
『しかしお姫様は悲しむそぶりも無く、むしろ旅ができると喜んでいました。』
『お姫様は『なんで怒っているのか分からないけれど、旅をして魔女さんに会えばいいんだから』と。』
『そしてウキウキしながら旅の支度を始めました。』
『それを見た王様もお妃様もこう思いました。』
『――育て方、間違えたかな』
「……甘やかしたツケ」
読んでいる途中、ポツリと呟く未夜。なんだろう、これって子供向けというか親に刺さりそうな物語っぽい。別の意味で。
そんな事を考えていると同時に私の脳裏に過るものがあった。
……なんかこの物語、誰かと読んでいた気がする、と。
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