54匹目・小話その1~お礼はコスプレで~
慣れない靴を履き、コツ、コツ、と靴音を響かせ歩く。というか靴どころか今着ている服も着慣れていない――つか結構恥ずかしい。ギリギリ見せられるとは言え、お腹周りはスケスケだし。
だけど恥ずかしいという考えは
「ふぁぁ……素敵……」
「まるでゲームの中からそのままでてきたみたい……」
周りに人の目があるからだ。元のゲームのキャラ的にキリッとしていてクールに立ち振る舞っているので、私もそれに
カーテンの前で立ち止まり、
カーテンの向こう側では様々な声が聞こえてくる。
ああ、前にもこんなことあったなぁ。
あの時は、居候達の前で
……だけど今回は。
私は意を決してカーテンの向こうへ歩き出す。
バサァッ!
その音と共に現れた私をフロアの全員がこちらに視線を向けてくる。一瞬その視線に怯んだけど、すぐさま左手を腰に添え、右手を前方に突き出したポーズを取り、
「同志諸君!『でぃす・ふら』へよくぞ参られた!我々は君たちを歓迎する!」
と同時に後ろから5人の女性がカーテンの向こうから出てくる。その中にはコスプレをしている
そしてその5人も一礼してそれぞれポーズを取りながら、
「「「「「歓迎します!同志諸君!」」」」」
と声を揃える。
そんな私達を見た人達は一瞬静かになったかと思うと、ワァ!!と歓声を上げ大騒ぎになった。
「うおぉぉぉお!マジか!『六薔薇』勢ぞろいじゃんか!」
「再現度高杉wまじパネェww」
「リ、リアルもす、捨てたもんじゃないでゴザルねw」
「つか『黒薔薇』がすげぇ……!」
「あはぁ!『黒薔薇』様ぁ!素敵!抱いて!」
……一部とんでもない声が聞こえてきたが、聞こえなかった方向で。
ちなみに『六薔薇』は、とあるゲーム――申樹や戌輪たちがプレイしているオンラインゲームに登場する6人のNPCの事で正式名称は『Se
個別の名前もそれぞれ『
そしてその『黒薔薇』としてこの場に立っているのが、コスプレしている……私。ふとフロアの奥の席にいる人物が目に入る。その人物は私をこの状況へと導いた元凶――もとい依頼者。私の視線に気付いたのかその人物は満足気にサムズアップする。私はそれを見て、その人物――
数日前。
私は寅乃が働いている店、『でぃす・ふら』にやって来た。理由は寅乃のコスプレ姿を見に来た――訳じゃなく、別件で。まあその別件が終わればじっくり堪能させてもらうけど。
「いらっしゃいませ――あ、メイド長さん♪」
店内に入ると出迎えてくれたのは巫女姿の娘。店内には他にも修道女系とかの神職関係を
――違う違う。コスプレ鑑賞に来たわけじゃない、と本来の目的を思い出す。
「こんにちは。今日は大象寺――とらのにセクハラしてた常連客に用が有るんだけど……今日は来てる?」
「はい、丁度来店してとらのちゃんが接客してますよ~。ご案内しますね♪」
そう言うと巫女服の店員はその席まで案内してくれた。その席には本当に寅乃が大象寺に応対していた。まあ、多少寅乃の笑顔は引きつってるけど。私がその席に近づくと二人とも私に気付き、
「――あ、綾「おお!メイド長!お久しぶりです!」
寅乃の声をかき消すほどの大声で嬉しさを表現する大象寺。
「こんちは。し、とらの、コーヒー一つお願いするよ」
「え、あ、はーい。少々おまちくださーい」
注文を受けた寅乃は接客モードでキッチンへ入っていった。私はそれを見送った後、大象寺と同じ席に着くなり頭を下げた。
「遅くなったけどありがとう大象寺。オフ会の時、キミの情報と行動が無ければ申――えんしんを助けられなかったよ」
そう、本来の目的は大象寺に礼を述べる事。オフ会の後、ゴタゴタしていた為すっかり大象寺に礼を言うのを忘れていた。まあゲームのチャットで言ってもいいとは思うけど、私的にそれはなんか違うと思ったので今回の形をとらせてもらった。
「いやいやいや!頭を上げてくださいメイド長!僕は情報提供とちょっと体当たりしただけで、最終的にはメイド長がギルマス殿を助け出したんだし!」
頭を下げた私を見た大象寺は大慌て。なんていうかコイツも
「それでも大象寺は陰の功労者だしさ、今更だけどちゃんとお礼を言いたかったんだ。あとは飯でも
その提案に大象寺は嬉しそうにするもすぐさま黙り込んで何か思案している様だ。そして少しして口を開く。
「め、メイド長!奢ってもらうのはありがたいですが……別の事を頼んでもいいでしょうか?」
「……?常識の範囲内
その結果が今回のコスプレ。私に『黒薔薇』のコスを着て欲しい、それが大象寺の頼み事。どうにも大象寺は私と『黒薔薇』が似ていると思い言ってみたそうだ。
ただ私自身コスプレ衣装を持っている訳じゃないので、どうしようかと思いあぐねていた所に丁度寅乃がやって来た。――いるじゃん衣装作れる人が。
その後は衣装を寅乃が作り、場所の提供をここのオーナーの
「二名の同志がいらっしゃいましたぁ!」
そんな声が聞こえてきてここまでの経緯を振り返っていた私はすぐに頭を切り替え、『黒薔薇』を演じて客――同志を迎える。
「よくぞ参られた同志達よ――」
「あ。綾芽っちだ」
「わぅ、綾芽姉さんだね」
来店していたのは
「よくぞ参られた!歓迎しよう!」
ポーズを決めながら演じ切る。正直、今すぐこの場から逃げたい。あと今すぐこの記憶を消滅させたい。
ちなみに私が帰るまで二人とも(あと大象寺も)店に居た。
後で聞いた話だけど申樹たちは
そしてしばらくの間、申樹と戌輪から『黒薔薇メイド長』と呼ばれることに。
――この二人の記憶も消えてくれないかなぁ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます