53匹目・仲良くなるのに時間は関係ない

就寝からどのくらい時間が過ぎたのか。まだまだ辺りは暗く、周囲からは可愛らしい寝息が聞こえている。中々寝付けなかった私は少々喉に渇きを覚え、皆を起こさないように静かにそして踏まないように部屋を抜け出した。



「……ふぅ」


冷えた麦茶が喉を潤し、少々火照ほてっている体を冷やしてくれるように感じる。私はからになったグラスをぼーっと眺めながらりんりん達の話を振り返り、自身の色々な事を思い出し懐かしんでいた。


私はあの時、ソラに淡い恋心を抱いていた。だからこそ仲良くなりたい、助けになりたいと思ってイタリア語を覚えたりしてソラに話しかけたのだ。つまりめっちゃ下心ありありでイタリア語を勉強していたり。

だけど……それ以上は踏み込めなかった。友人以上の関係を考える度に、小さい頃に告白した相手の『気持ち悪い』という言葉と嫌悪感に満ちた表情がフラッシュバックしてたからね。だからもっと時間を掛けてトラウマも克服して――と思っていたらのソラ帰国。


それからの私はこう思った。『誰かを好きになったりして苦しい想いが増えるのなら、誰かと仲良くなるのはもうやめよう』と。自分でもよく分からない理屈。それでも当時の私はそう考えてしまっていた。

その後はりんりんたちが言っていた通り中学に入るまで友達らしい友達はいなかったし。でもまあソラ達のお陰で中学高校は退屈なんて無縁の学生生活送れたのはありがたかった。

……でも高校の卒業式の日、私は自分勝手な考えでで3人との絆を手放した――それでもあの娘達はそんな私を、今でも変わらずにかけがえのない友と呼んでくれている。


かたっ

背後から物音が聞こえる。誰か起きてきたのか、と振り返ると。


「……ちょっと綾芽、お手洗い、何処どこよ……」


ぷるぷると小刻みに震えながらにらむ杏奈の姿が。



「はい、麦茶」


「……んっ」


皆が眠っている広間、そのすぐ隣の縁側えんがわに座っている杏奈は差し出したコップを受け取り、夜空を見上げる。私も杏奈の隣に腰を掛け、同じく夜空を見上げる。昼間の様な大雨はいつの間にか止み、降っていたと微塵も感じさせない位穏やかな夜風。天空からは月や星の光が雲間をすり抜けて辺りと私達を照らしている。

静かな夜の心地良さを感じながら私は一口、麦茶をすする。


「……ほんっと、つくづくアンタが羨ましい」


そんな言葉をポツリと呟く杏奈。見れば俯き、手に持っていたコップのふちを指でなぞっている。


「急に何?」


「別に。ただアンタを見てたり、話を聞いたりしてると『コイツ周りからすんげぇ慕われてるな』って思っただけ。そりゃ馬頭山あの子もアンタを師匠だって選ぶ訳だって。それに比べて私は全然人望も無くて――って思ったら……」


そう言って最後に大きな溜息を吐く杏奈。まあこの娘の場合は性格が問題なのが大きな要因だしなぁ。


「……まぁなんか、すっごい変わり者が一人、友人とか言ってるけどさ」


「へぇ、そんな物好きがいるんだ。一度会ってみたいものだね」


そう言って夜空を見上げる。杏奈はちょっと頬を膨らませていたけどすぐに夜空を見上げていた。本当に静かな夜。だからなのか、


「……でもさ友達って、いいもんだよね」


ついついそんな言葉をこぼす。


「いや、何さ急に」


先程の私みたいなセリフを吐く杏奈。


「ん?……なんとな~く、そんな事を思っただけ」


視線は夜空に向けたまま私は言葉を返す。


「あっそ――つかニヤニヤしててキモイ」


そう言いながらコップを傍らに置き寝転ぶ杏奈。……どうやら顔に出てるみたいでキモがられた。私は『あはは……』と乾いた笑い声をあげまた夜空を仰ぐ。


「……ま、『友達』云々は否定しないでおく。……『友達』、だし」


「ありがと」


「んじゃ鮫咲は友達の友達ってことになるのか~」


不意に背後から声が聞こえてくる。振り返れば広間の障子が少し開いていて、そこからりんりん、スイカ、ソラが顔を覗かせていた。


「……いつから起きてたん?」


「えーっと、鮫咲さんがお手洗いに行った辺りから、かな?私たち3人だけだけど」


私と杏奈が縁側に着いた頃には3人とも起きてたのか。て、事は一部始終の会話は聞かれてたのか。


「私達もそちらに座ってもいいデスカナー?」


「私は構わないけど、杏奈は?」


「いいんじゃない?私はもう寝る――」


「はいはい、サメナも駄弁だべろうじぇ~」


起き上がった杏奈がそう言って戻ろうとすると、りんりんがそれを阻止してまた縁側に座らせる。りんりんは杏奈の隣に座り続いてスイカ、ソラがりんりんと私の間に座る。


「ちょ、別に私は――ってか何よその『サメナ』って」


「『サメザキアンナ』だから略して『サメナ』。私らはお互いにあだ名で呼んでるからアンタにもあだ名で呼ぶことにした!」


りんりんは昔から友人になった相手にあだ名をつけていたのを思い出す。今も変わらないなぁ。

ちなみにりんりんのあだ名は私が付けた。スイカとか他の人たちは苗字もしくは名前呼びだったけど、私的にはなんか仲間外れみたいで嫌だったし。りんりんにその事を伝えて『りんりん』とあだ名をつけた。

それで当のりんりんはと言うと『今の今までそんな事気にしてなかったけど……あーや、ありがと♪』と言いながら私に抱き着いてきた。そんな事があって今まで以上に私とりんりんは仲良くなった、気がする。


話しはれたけどりんりんがあだ名をつけるという事は、杏奈を『友達』と認めたという事。んで杏奈は、


「え、いや、あの……あ、アンタはどうなのよ綾芽」


何故かこっちに聞いてくる。


「いいと思うよ。つかこの5人の中で苗字とか名前呼びは仲間外れみたいで嫌だし、私もサメナって呼ぶよ。サメナも私の事『あーや』って呼んでくれれば嬉しいし」


私の言葉にりんりんが『あっ』って顔になったかと思うと、にやっと笑顔を浮かべサムズアップしてきた。私も小さくサムズアップを返しておいた。


「――ふ、ふん!しょうがないわね、私の事そう呼びたいなら呼べばいいし!これで満足!?あ、あーや、りんりん、スイカ、ソラ……」


声が尻すぼみで小さくなっていったけど確かに私達をあだ名で呼んだサメナ。私たちはその様子を見て微笑む。サメナは耳まで真っ赤にしていたけど、そっぽ向いてまた寝転がってしまった。


「……?おーい、サメナー?」


隣のりんりんが呼び掛けるけど反応は無い。少ししたらすぴー、と寝息が聞こえてくる。


「……サメナ、今の今まで緊張していた様子デシタノヨ。多分、あーや以外の人たちがサメナを受けて入れてくれるのか怖かったんだと思いマスデス。それで私達の言葉を聞いて緊張の糸が切れたみたいデスネー」


成程。確かに今日のサメナは今までとは違って言葉数は少なく、ツンの切れが悪かったのが思い出される。


「そっかー……ふぁあぁぁぁ……」


大きな欠伸あくびをかますりんりん。それが伝播でんぱしてか、


「ふぁぁぁ……」


「ふぁぁぁ……」


スイカ、ソラの順に欠伸をする。私はと言えば、


「――んっ」


欠伸をかみ殺した。


「あー、あーやだけ欠伸してない~」


「うっさい。ほら広間に戻って寝るよ」


りんりんがなんか言ってるけど無視して布団に戻る様うながす。


「……もうここで寝ちゃうか~。つかもう寝る~」


いつの間にかりんりんもサメナの様に寝転んで目をつぶっていた。そして瞬時に寝息を立てていた。早っ。

それを見ていたスイカとソラも横になり、


「まあ、これじゃあしょうがないよね。……明日全身痛くなってそうだけど」


「それも一つの思い出になりますデスヨー。さあさああーやも一緒に♪」


その様子を見た私は肩をすくめ、


「先に寝てていいよ。私はもう少し月でも眺めてから寝るとするよ」


「……そうデスカ。そういえばあーや」


ソラが声を潜めスイカたちを起こさないように私を呼ぶ。私がソラの方を見やると、月の光に照らされたソラ。その顔はほんのりと紅に染まり、表情は微笑んでいてまるで優しい女神の様だ。その女神様が顔を近づけるよう手招きし、私がその通りに顔を近づけると一言、


「――月が綺麗ですね」


一瞬、普通の会話だと思った。でもそのフレーズはとある有名な逸話のアレ、だよね。多分。

それをソラが本気で言っているのか、それともその話を知らずに言ったのか……私には判断がつかない。ひとまず私はソラの頭を優しく撫で、


「……そうだね。つかソラの方が綺麗かも――なんてね」


微笑みながらそう答える。ソラは最初驚いていた様だけどすぐに目を細め微笑みながら、


「Grazie 、あーや。おやすみなさいデスヨ……」


そう言って目を瞑り眠りに落ちていた。


「……さてと」


しばらく夜空を仰ぎ見てから皆を起こさないように立ち上がる。そして広間で寝ている居候達に向かって小声で呼び掛ける。


「――起きてる人~」


すると4人ぐらいが手を上げる。まあ一人ぐらいは起きてるかなぁって思ったけど。起き上がったのは巳咲みさき寅乃しんの午馳まち申樹しんじゅ


「良かった、何人か起きてて。ちょっとお願いしたいんだけど――」


「綾芽ちゃんのお友達を布団に運ぶ?それとも縁側に布団をもってく?」


メッチャ察しの良い巳咲。


「綾芽っちのダチを運ぶよか布団の方が早いっしょ」


そう言ってすでに布団を持ち上げている申樹と午馳と寅乃。本当、メッチャ察しが良くて助かる。


「皆ごめん。なんか友達優先しちゃって」


そう言って私が頭を下げると、


「押忍、顔を上げてください師匠。謝るほどの事でじゃないですよ」


「そうそう、それに今日もまた私達の見た事無い綾芽の一面が見れて私たちは満足だしさ」


にかっと笑う午馳と寅乃。そしてテキパキとりんりん達を起こさないように敷布団へ載せ、毛布を掛ける。ソラの隣には一人分空きがある。


「今回は友達と一緒だけど、次の機会があれば私達と一緒に、ね?」


「うん、ありがと。次はちゃーんと居候達みんなと一緒に寝るよ。約束」


その言葉に頷く四人。そして広間の障子を静かに閉じた。

私もソラの隣で横になり目を閉じる。

静かな夜に近くで聞こえる友人たちの寝息。

それが耳に心地よく、程なくして私は眠りに落ちていた。

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