58匹目・可愛い嘘
「~~♪」
私は鼻歌交じりでテンション高めで台所に立ち、朝食を作っている。なんて言うか昨夜の
……ちょっと調子に乗り過ぎて、今大変な事になってるけど。
「……綾芽姉ぇ、おはよう。甘くて、いい匂い……♪」
「おはよう未夜、朝食もう出来上がるから顔を洗ってきちゃいなさい」
「……ふぁあい」
返事なのか
「……わぉ、山盛り」
未夜の目の前には
「……厚みがあるけど、すごい、ふわふわ。こんなパンケーキ、初めての、感触」
未夜が一つのパンケーキにフォークを刺して感触を確かめながら感想を述べる。未夜の感想通りこのパンケーキ、ちょっと手の込んだ作り方をしている。この前動画サイトで自分でもできそうな作り方があったので真似してみた。まあその作り方は
「それに、バニラの香り、私、この香り、好き♪」
切り分けたパンケーキを顔に近づけ、未夜は嬉しそうに香りを楽しんでいる。そして
「どう、美味しい?」
私が聞いてみると未夜はパンケーキを頬張りながらサムズアップする。気付けばパンケーキは3枚目――いや早いなおい。まあ気に入ってくれているのならなによりだけど。そう思いながら私も一枚食べ始める……我ながらいい出来だ、と自画自賛してしまう。
一枚分を食べ終えた辺りで私は前日から気になる事を未夜に聞いてみる。
「そういえばさ、未夜。少し気になってたんだけど……
私の問いかけに未夜は5枚目のパンケーキを頬張りながら軽く答えてくれた。
「皆、一つ下に住む、家族みたいなもの。だから、親しみを込めて、あだ名で呼んでる。……本当は、他の人に、敬称付けて呼ぶの、苦手。だから、あだ名で呼んでる、けど、いずれは、敬称を付けて、呼びたい、ううん、呼ぶ。辰歌と卯流は、辰歌年下だし、卯流は……まあ、呼び捨てでもいいか、って感じ」
ああ、だから未夜はお父さんの事、『
「それじゃあ私の事はどうしてなの?」
改めて聞いてみると未夜は食べる手を止め、モジモジし始めた。
「……最初、呼び捨てに、しようとした。だけど、呼び捨てだと、綾芽姉ぇ、嫌な顔する、かもしれない。だから、『綾芽姉ぇ』って、呼ぶことにした」
「まあ、初対面で呼び捨てはちょっと『ん?』ってなるかもだけど……なんで呼び捨ては止めたの?」
「……だって、まさか、一目惚れ、するなんて……思わなかった……だから、綾芽姉ぇに、嫌われたく、なくて……」
見れば未夜は顔をパンケーキで隠していたけど――それで隠せるほどパンケーキは大きくない。はみ出ている頬と耳は真っ赤だし。そんな未夜の様子が可愛くて可愛くてしょうがない。――私は微笑みながら自分の皿にあるパンケーキを数枚、未夜の皿に移していた。
朝食も済んで私は皿洗いなどの後片付け中。未夜は身支度の為、一旦部屋に戻っていった。洗い終えた食器を水切りカゴに入れていると、
ピンポーン
チャイムが鳴り響く。私はすぐに手の水気を拭きとり、玄関へと向かう。そして
『はーい』と声を上げながら玄関の戸を開くと、一人の男性――未夜のお父さんが立っていた。
「おはようございます遠西さん。授業参観の時以来ですね」
「ええ、お久しぶりです羊栖菜浜さん。未夜ももうすぐ準備できると思いますので、上がってこちらでお待ちになってください」
「すみません、それではお言葉に甘えて」
未夜のお父さんはそう言って軽く頭を下げ、私の案内で家に上がる。居間へ案内していると、未夜のお父さんが恐る恐る声を掛けてきた。
「あの、ウチの未夜は遠西さんに迷惑をおかけしてないでしょうか?」
「全然そんな事ありませんよ。いつも大人しくていい子にしてますよ、まるで可愛い妹が出来たみたいでいつも楽しいですし♪」
私が笑顔でそう返すと安心した表情を浮かべる未夜のお父さん。……でもまあ現状、私は妹以上の感情を未夜に対してあるし、未夜も姉以上の感情を私に対してある。そんな事言ったら未夜のお父さん、卒倒しそうだなぁと思ったので言わないでおこう。
「それは良かった。時々突拍子もない事を言う子なので……一昨日も急に電話してきて『迎えに来るのは
「――え、ああ、いえ。そのぐらい大した事無いですよ」
と、言いながら私は居間に通した未夜のお父さんにお茶を出し、まだ部屋にいる未夜を呼びに行った。
「……うーん」
未夜は二つのぬいぐるみの前で唸っていた。一つはいつもの羊のグレイくん。もう一つは……なんだっけ?グレイくんと同じ様な形状だけど、足には水かき付いてて顔からは
未夜はきっとどっちを持っていこうか悩んでいるんだな。
「おーい、未夜ー。お父さん来たよー」
「……うん、もうちょっと、待って」
私が呼びかけで未夜はちらりとこちらを見るけど、すぐに目の前のぬいぐるみに視線を戻す。そんな未夜を眺め、苦笑しながら私はある事を聞く事にした。
「そう言えば未夜、なーんで『お父さんの都合で迎えが今日になった』って嘘ついたのかなー?」
そう言いながら私は未夜に歩み寄り、近くにしゃがみこんだ。一瞬未夜の動きが止まったけど、すぐに一体のぬいぐるみへ手を伸ばす。それはいつものグレイくん。それを手にすると同時にぽん!と干支化する未夜。
「……いつも綾芽姉ぇ、他の誰かと、一緒にいる。でも、昨日は違う、綾芽姉ぇ一人だけになる。だから――」
……もしかして未夜はこの家で私が独りぼっちになる事を心配して、わざと残ってくれたのかな?未夜の気遣いが凄く嬉しい――
「私が、綾芽姉ぇを、独り占めできる、チャンス、だと思って」
さっきの感動を返して欲しい。そんな事を思っていると、未夜はグレイくんで口元を隠しながら、
「――それに、やっと、綾芽姉ぇに、たーっぷり可愛がって、もらえた、し」
恥ずかしそうに顔を真っ赤にし、けれども満足気な微笑みを浮かべる未夜。その言葉は聞き覚えがあった。昨晩にも思い出した辰歌とのやり取り、その最後に確かに言っていた。『後で、たーっぷり、可愛がってもらう』と。
……全く、もしこういったチャンスが来なかったらどうするつもりだったんだろうか。
「それで、満足した?」
微笑みながら聞くと、未夜は遠慮がちに首を横に振る。
「……だって、私から、キス、したけど、綾芽姉ぇから、キス、貰ってない、から……」
その言葉と共に静かに私との距離を縮めてくる未夜。私の目の前には目を閉じた未夜の顔がある。観念した私はそっと、自分の唇を未夜の柔らかい唇に――
ちゅ
重ねる。
唇を重ねている時間はとても長く感じられた。それでも一分にも満たない時間だろう。ぽん!と未夜の干支化が治っても暫くはそのままでいたけど、どちらからともなく唇を離す。
「……そろそろ行こっか。お父さんも待ってるし」
「……う、うん」
急に恥ずかしくなったのか未夜はいつもじゃ考えられない位、機敏にテキパキと荷物を纏めていった。
未夜のお父さんの所に着くころにはすっかりいつもの調子の未夜に戻ってたけど。
「……それじゃあ、綾芽姉ぇ、行ってくる」
「うん、行ってらっしゃい」
玄関先で手を振りながら見送る。
「ではこちらに戻ってきた時、また未夜をお願いします」
深々と頭を下げる未夜のお父さん。
「はい、頼りないかもしれないけど未夜の事は任せてください」
私も頭を下げる。それを見た未夜のお父さんは少々驚いた表情を浮かべたかと思うと、すぐに微笑んだ。
「……本当、
「――え?母さんと、ですか?」
「はい――と、あまり色々話してはいけないんでした。すみません、多くは伝えてはいけない、との事なので」
再び頭を下げ未夜の手を引き、立ち去ろうとする未夜のお父さん。もしかしてこの人も
「あの!もしかして何か知って――!!」
「遠西綾芽さん」
私の言葉を遮る様、未夜のお父さんから名前を呼ばれる。
「――今はまだ、私達から貴女に何も喋れません。だけどこれだけは――貴女は今『とある渦の中心』となっています。それ以上の事を知りたいのならば、藤季さんに聞くしかありません」
そう言うと
『とある渦の中心』
私も漠然と感じていた。
居候達が家に来てから大なり小なり、様々な事柄が私の目の前で起きていた。
それらは私がきっかけだったり、私が解決したり。
全て私を『中心』にしてだ。
――本格的に母さんに聞くしかないな、これは。
まあ全然連絡つかないんだけどね。電話もしてこないし。
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