51匹目・出会いと別れ、そして思い出は止まらない
あれは小学4年の頃。長い夏休みも退屈な始業式も終わって、教室ではクラスメートたちが夏休みの思い出を語ったりしている。少しすると担任の先生がやってきた――その後ろには見慣れない女の子を連れて。
「えー今日からもう一人、クラスメートが増えるぞー。……えっと、自己紹介、できる?」
何故か女の子に疑問形で自己紹介を促す先生。まあすぐに理由が分かったけど。女の子が先生の言葉に頷き、一歩前へ。
「Ehm ……Io、Non、私、
そう言うとぺこりと頭を下げるコンソラータと名乗る女の子。時折混じる聞き慣れない言葉にクラス中が困惑するけど、先生が初めに拍手をするとクラスメートたちも次々に拍手を始めた。
「それじゃあ鯨潟さんの席は後ろの――遠西さんの隣の席に座ってください」
先生が指差す方向には空席と頬杖を突いて女の子を見ている生徒――遠西と呼ばれた女の子がいた。鯨潟が席に座ったのを確認すると、先生はそのまま帰りの会を始めた。先生があれこれ話してたけどクラスメートの気持ちは完全に、鯨潟に向いていたのが分かった。話の最中、クラスメート達はチラチラ鯨潟の方を見ていたからね。
やっと帰りの会が終わると、クラスメートたちは一斉に鯨潟の周りに群がった。皆口々に『どこから来たの?』『ハーフなの?』『さっきの言葉ってなんなの?』と鯨潟に質問攻めしてくる。鯨潟は驚き戸惑いながらも、たどたどしい日本語で少しずつ質問に答えてくれる。
父親がイタリア人で母親が日本人、生まれてからずっとイタリアに住んでいた、父親が仕事の都合で日本に来る事になり一家でこちらにやって来た、日本語は母親に少し教わっただけであまり喋れない、だけど言っている意味はまあなんとなく分かる、といったところ。
他にも色々質問されていたけど鯨潟は、日本語でどう答えていいのか分からなくなったのか口数が目に見えて少なくなってきた。その間にも質問が増えて――
「そろそろやめてあげなよ。鯨潟さん、困ってるみたいだし。本人も言ってたでしょ、あんまり日本語が喋れないって」
クラスメートの輪の外から声が聞こえてきた。その声に鯨潟を囲んでいたクラスメートたちは口々に『ごめんね』と言ってからその場を離れていった。
残ったのは鯨潟とその隣の席で帰り支度を終え、立ち上がろうとしている遠西。
「ア――、Grazie 、トーニシ……」
鯨潟はそう声を掛けるけど、遠西はそのまま教室を出て行こうとしていた。しかし教室を出る際に遠西は、
「鯨潟さんが言ってるのイタリア語、だと思うけど、意味全然分かんないから」
そう言って遠西は教室から出て行った。鯨潟はそんな遠西の様子を見て、自分は嫌われていると思い、日本で上手くやっていけるのか不安になる――。
そんな不安はいつまでも頭の中で渦巻き、鯨潟はあまり眠れず翌日の朝を迎えた。両親に心配かけまいといつも通りの立ち振る舞いをし、学校に向かう。
だけど――授業が始まって早々、鯨潟は眩暈などの不調に襲われる事となった。先生に体調不良を訴えようとしたけど、日本語を上手く喋れない鯨潟にその事を伝えられるかどうか分からない。しかし刻一刻と体調は悪くなる――
「ねぇ、鯨潟さん」
隣から声が掛かる、隣の――遠西から。鯨潟が恐る恐る遠西の方へ向く。そこには遠西がノートを広げ、ある文字を指差していた。
『nei guai?』
鯨潟はその文字と遠西の行動に目を丸くし驚きつつも、
「――Io Si」
と答える。そうすると遠西は単語帳を取り出し、2枚のカードを出してくる。1枚は『non mi sento bene』、もう1枚は『toilette』とそれぞれ書かれていた。鯨潟は恐る恐る『non mi sento bene』の方を指差す。それを見た遠西は授業中いきなり立ち上がり、
「先生、鯨潟さんが具合悪いみたいなんで保健室連れて行きます!」
と鯨潟に歩み寄る。その声に驚き、先生もクラスメートたちも二人の方へ視線を向けてくる。その時には他の人たちから見ても鯨潟の顔色が悪いのが分かったと思う。先生も『それじゃあ遠西さん、お願い』と一言。
「――立てる?鯨潟さん」
そう言って手を差し出す遠西。鯨潟は差し出された手を取りゆっくり立ち上がる。そして手を繋いだまま二人は教室を出て保健室へ――。
『ちょっとした寝不足ね。少し横になって、何なら一眠りしておきなさい』
保健室の先生にそう言われ保健室のベッドで横になる鯨潟。その傍に遠西が座っている。鯨潟が横になり落ち着いたところで、
「――まあ、大丈夫そうだから私、教室に戻るね」
そう言って遠西が立ち上がる。
「マ、待ッテ!」
しかし鯨潟が遠西を去ろうとするのを制する。
「……トーニシ、イタリア語、分カルノ?ソレニ、トーニシ、ioの事、嫌イジャナイ?」
その問いかけに遠西は少し考え、先程座っていた椅子に座り直し答える。
「鯨潟さんの事は嫌いじゃないよ。もし昨日の態度について言っているのであればゴメン、私って結構人見知りで鯨潟さんにどう接すればよく分からなくて。イタリア語については昨日の夜、
そう言って笑顔を浮かべる遠西。そんな遠西を見て鯨潟は顔を赤くし、毛布で顔を半分隠してしまう。
「……Grazie――non、アリガトウ、トーニシ」
「どういたし……prego、鯨潟さん」
鯨潟は日本語で遠西はイタリア語で言うとお互い吹き出し笑いあう。
「――トーニシ、私ニ、日本語、教エテ?私、モット、日本語デ、皆ト、話シタイ。アト……」
日本語の教えを
「――日本語を教える代わりと言っちゃあなんだけど、私にイタリア語を教えてくれる?ちょっとイタリア語に興味あるし……それと、私と友達になってくれると嬉しいんだけど……駄目、かな?」
ちょっと照れながら遠西は鯨潟を見やる。鯨潟は大きく目を見開いて、
「――アリガトウ!!私モ、トーニシト友達ニナリタイ!……トーニシハ名前?」
「あー……ちゃんと自己紹介してなかったっけ。私は遠西 綾芽。綾芽でいいよ」
「アー……ヤ?アーヤ、イイ?」
「ふふ、あーや、かぁ……いいねそれ!鯨潟さん――はちょっと他人行儀かな?コンソラータさん――だと名前が長いし……それじゃあ『ソラ』!私はソラって呼んでいい?」
「と、まあそんな感じが私とあーやの出会いでしたノヨー」
はふぅと溜息を
「へぇ、あーやとソラの出会いってそんな感じだったんだ~。だから
こその『あの再会』って訳なんだねぇ」
一人納得いったといった感じでうんうんと頷くりんりん。私、ソラ、スイカ以外の皆は首を傾げ疑問符を浮かべているのが分かる。
「いや一人で何納得してるのよ。『あの再会』って――」
「pre
そう言ってソラが思い出話の続きを語りだす――
その一件からあーやとソラは仲良くなり、あーやはイタリア語をソラは日本語をそれぞれ学んでいった。ソラはあーやの通訳のお陰でクラスメートとも仲良くなり、ソラの不安も吹き飛んでいた。
そしてあーやとの日本語の勉強も次第に成果が表れ、1か月後にはあーやの通訳もいらなくなるほどある程度日本語を喋れるようになっていた。あーやもそこそこイタリア語で喋れるようになっていたけど、その時から他の言語にも興味を持ち始めて色々勉強し始めたみたい。まあそこら辺は後々の話にもかかってくるからまた後で。
こうして楽しい日々が過ぎていった――だけど、学年が上がって一か月が経った五月頃。
「――鯨潟さんがイタリアに帰る事になりました」
帰りの会で先生が哀しそうな表情で告げる。その隣でソラも俯き、今にも泣きそうな表情で立っている。クラスメートは勿論、あーやにとっても寝耳に水の話。
時折何か言いたそうにしていたのが思い返されるけど、結局言わなかったからいつか言ってくれるのだろう、そう思っていた。
帰り道、ソラとあーやの二人で歩く。
その間にポツポツとソラが口を開いた。帰国の理由は、やはり父親の仕事の都合。こちらでの仕事が一段落ついたので、イタリアに戻るとの事。
「――もっと、日本で、クラスメートと……あーやと一緒に居たかったデス」
「私も……ソラともっと遊びたかった……」
するとソラは私の手を握り、真っ直ぐ私を見つめ、
「私!向こうに戻ってもあーやに手紙いっぱい書く!私、あーやの事、大切な、友達!忘れたくないカラ!」
「……私、筆不精だから返事を書くか分からないよ?」
あーやの言葉に不満そうに頬を膨らませるソラ。でも、
「代わりに約束。いつか大きくなってから、また会おうよ。どんなに時間が経とうとも、絶対に会って遊ぼう。ほら――」
あーやがソラの手を丸めるようにし小指だけを立たせ、あーやはその小指を自分の小指を絡ませてくる。ソラが目を丸くし疑問符を浮かべていると、
「日本のおまじない、かな?こうして小指を絡ませるとその約束が叶う、みたいな」
「――わかりまシタ。あーや、絶対、ぜっーーーたいの約束、デスヨ?」
目の端に水の粒を溜めながらソラが言う。
こうして、翌日にソラはイタリアへと戻っていった――。
「……押忍?でもソラさん、今ここに居ますし、それに高校も一緒、でしたよね?」
不思議そうに午馳が当然の疑問を投げかけてくる。するとりんりんとスイカが『私たちの番』と言った感じに口を開く。
「ま、その疑問は私とスイカの思い出話で明らかになるからお楽しみに!」
「私とりんりんとあーや、それにソラと出会った時は――」
それは中学の時での話――。
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