50匹目・17人でパジャマパーティーを

「で、スイーツ食べ放題の話は無くなった訳よ。――全く、どうやったら私物と謝礼の封筒を間違えるんだか……」


左腕で頬杖ほおづえを突き、右手のストローでアイスコーヒーをカラカラとかき回しながら私は愚痴をこぼす。

何の話かというとあのスイーツ食べ放題のチケット2枚、実は蜴田えきださんの私物でうっかり渡す封筒を間違えてしまったそうだ。電話でそれを聞いた時には『どうしたら間違える?』と心の中でツッコんでいた。それで翌日、蜴田さんが本来の謝礼とお詫びの菓子折りを持って家に謝りにやって来た。

尚、本来の謝礼の封筒はまだ明けていない。だってまた中身を間違えてたりしたら、ねぇ。

まぁそんな訳で戌輪しゅわとのデートの話は無くなった――んだけども。


「でも結局その犬岬ちゃんとはお出かけしたんでしょ?」


「ん、まあね。図書館で本読んだり、書店で本を見繕みつくろったりね」


流石さすがに大会を開いてまで大騒ぎしたのに、『チケット無くなったのでデートの話は無し』ってのはどうかと思ったし。それで戌輪の行きたい所を巡りまわってきた。戌輪もそれで満足したようだし。


「あーやとお出かけ、いいなぁ~。私もお出かけしたい~」


「いや、これからするんでしょうが……雨が止めばの話だけど」


私の言葉でこの場の全員が外を見ると、大雨。本当だったらこれから皆でショッピングとランチに行くはずだったんだけどねぇ。天気予報じゃ降りそうにも無かったんだけど、見事大外れ。待ち合わせていた菓子屋『みっくす堂』のテラスで雨宿りする事に――みっくす堂は強面のおっちゃんが店主の店だ。以前にも待ち合わせで利用してたあの場所ね。


「アー……これは駄目そうですナノ」


「……だね」


ソラのスマホを覗き込む――どうやら予報はこれからずっと雨。外れてほしいけど空模様を見る限り、全く止む気配はない。

……折角りんりんたちとのお出かけだったのになぁ。


「……ってゆーかさぁ、さっきから気になってんだけど――そっちの人、ひとことしゃべんないんだけど。自己紹介とかもしないし」


りんりんの視線の先には――口にくわえたストローをがじがじかじりながら腕を組み、偉そうにふんぞり返っている鮫咲杏奈さめざきあんなが座っていた。その上、何故か機嫌が悪そうだ。


「杏奈、行儀悪いからストロー齧るの止めなさい。あと自己紹介」


「……鮫咲杏奈」


銜えていたストローをコップに戻し、自分の名前を言ってそっぽ向いてしまう。なんなんだ今日の杏奈は。いつもの調子だったら偉そうにして威張り散らしてそうなんだけど全然そんな素振そぶりも見せない。ホント、虫の居所でも悪いのかな?


「鮫咲?……鮫咲、鮫咲――」


『鮫咲』の名前を聞いて何か思い出そうとしているのか、りんりんはブツブツとうわ言の様に名前を繰り返し呟く。


「――鮫咲ぃっ!!あーやを泣かした奴じゃん!!!」


そして唐突に叫ぶ。こっちはこっちでいつもの調子――っていうか何?泣かしたって。


「ちょっとりんり――」


「はぁ!?何よ泣かしたって!?遠西綾芽に泣かされてんのはこっちだっての!!」


りんりんに噛みつく杏奈。私は泣かした覚えは……あの時のは私が泣かしたんだろうか?それはともかく、なんか二人とも今にも喧嘩を始めそうな雰囲気なりつつある。かたわらのスイカとソラも心配そうに二人を交互に見ているし。私は二人を手っ取り早く鎮めるためにテーブルにあったどら焼きを一個ずつ掴み、りんりんと杏奈の口に素早く突っ込む。


「もがっ!?」

「むぎゅっ!?」


「騒がないの。店の人や他の客に迷惑でしょ?」


ただ実際は他に客の姿も無いし、おやっさんは気にしなそうだけど。どら焼きを突っ込まれた二人は途端静かになり、椅子に座り直しもきゅもきゅとどら焼きを頬張ほおばり始めた。


「それでりんりん。私が泣かされたってどういう事?」


「……剣道部の助っ人、それだけ言えば十分でしょ?」


どら焼きを頬張りつつ、視線を私の方に向ける。――ああ、そっか。りんりんは知ってたんだっけその事を。まあだからこそ、あの時の剣道部員の皆は今も剣道を続けてるんだし。


「なんデスカ?二人だけの秘密なんてずるいですデシタノヨ?」


興味津々と言った感じで身を乗り出してソラが迫り聞いてくる。別に私は秘密にしているつもりは無いんだけど、聞かれなかったから言わないだけだし。


「……仲が良いんだね、あんた達ってさ」


大人しくどら焼きを頬張っていた杏奈がポツリ。そういえばこの娘、性格がアレなせいで友達いないんだっけ……自分で思っておいてなんだけど今酷い事考えたなぁ。

もしかして杏奈の不機嫌な理由って私以外知っている人物が居ないんで、疎外そがい感から来るものかもしれない。


「――ところでさ、雨が止みそうにないけどどうする?」


杏奈の言葉と私の態度で何かを察してかスイカが話題を切り替えようとする。


「そーですねぇ……ただここで居座り続けるのもどうかと思いますデスノ」


「お昼もまだだし、これでお開きってのもなんだか~だしねぇ」


ソラとりんりんもスイカに続けて話を繋げる。そして3人とも私に熱い視線を注いでくる……まあそりゃそうだよね。私もここでお開きにするのもどうかと思うし。


「つか皆、明日も休みだよね?」


私以外の四人に聞いてみると、皆一様いちように頷く。それであれば問題は無いね。


「んじゃ今から私の家でどんちゃん騒ぎでもしよっか――夜通しでね」


「おっほ!もしかしてあーやの家でパジャマパーティーと洒落しゃれ込んじゃう感じでいいの!?うひゃっほう!」


私の言葉に異様なテンションで騒ぎ出すりんりん。スイカ、ソラも『やった』と言った感じでハイタッチしてるし。そして杏奈は――


「……ま、楽しんでくればいいんじゃない?私は関係無――」


「ほら杏奈も立って立って。これから昼食やら晩飯の買い出しとかに行くよ」


杏奈の言葉を遮り席を立つよう促す。その言葉に驚きの表情を浮かべる杏奈。


「え、で、でも私は……アンタ達の友人でも何でもないし……」


それでも躊躇ためらうの杏奈に私は手を差し伸べ、


「何言ってんのさ、私はもう杏奈の事を友人だと思ってるんだけど?」


「――っ!……ふ、ふん!アンタがそう思ってるのなら勝手に思ってなさいよ遠――綾芽!」


減らず口を叩きながらも私の手を取り杏奈は席を立つ。その様子を温かく見守るスイカとソラ。りんりんはと言えば――


「そーゆーのを自然体でやるからファンクラブとか陰で出来ちゃうんだよね~」


にやにやしながら肘で私の腕を突く。


「うっさい。……えっと、パジャマは居候達の誰かから借りればいいけど、下着は――」


「ふふっ♪こんなこともあろうかと持ってきてたのだぁ!」


とりんりん、スイカ、ソラは手元にある荷物を軽く持ち上げる。……もしかして最初から泊まる気だったのかな。しかしそうなると――


「……泊まるなんて考えもしなかったし……」


そう呟く杏奈。やっぱりというかなんというか杏奈は持ってきてない様で。


「だよねー。ま、体格も胸の大きさも私とそう変わらないみたいだし、私のでよければ貸すけど?」


その言葉に杏奈は目を見開き私を凝視する。しかしすぐに答えを出さず何かを考えてから、


「いや、私はママかパパに持ってきてもらう様に電話するわ。――そこまでアンタに色々してもらうと……」


最後の辺は言葉が小さくなってよく聞こえなかったけど、まあ杏奈がそう言うなら私からは何も言う事は無い。


「んじゃ、家に連絡入れるから皆はパーティー用に色々お菓子を見繕って来て頂戴」


私がスマホ片手に少し離れるとりんりん達は『了解~』と言って店の中へ入っていく。杏奈はどうすればいいのかとキョロキョロと、私とりんりん達を交互に見ているとソラがそれに気付き杏奈に近づく。


「ほらアン!私たちはお菓子選びデシタノヨー♪早く早く♪」


そう言って杏奈の手を取り店の中に入っていくソラ。私が見ていた事に気付いたのか少し顔を向けウインクを飛ばしてくる。流石、私と一番長い付き合いのソラだ。私がやりそうな事をフォローしてくれるのがありがたい。私も連絡を済まして皆の所に早く戻ろう、そう思いながら家に電話を掛ける――





昼食やゲームとかで盛り上がった後の夜。


「いやーなんかここまで人数が多いと修学旅行みたいだね~」


広間には所狭ところせましと敷布団が敷き詰められており、私たちはその上で思い思いの場所で寝転んでいた。なんか成り行きで私やりんりん達のパジャマパーティーに居候連中も参加する事になり大所帯となっちゃったし。


「も~明日からまたダイエットにしないと~」


と悲しそうな顔をしつつも手元のマカロンを口に入れる丑瑚ひろこ。他の数名も同じような事を言いつつも、やはり丑瑚と同じ様にお菓子を頬張っていたり。


「それじゃあ時間もいいし、怪談話かあーやの恥ずかしい過去話パート2でも――」


「却下。なんでそんな2択になってんの」


りんりんの提案は無しとするけど、なんか話題になるようなものが思いつかないな。大きいサイコロでも作って『恋バナ』とか『当たり目』とか書いた紙をサイコロに張り付けておけばよかったかな。そう思っていると――


「……質問。綾芽と、茜たちはどうやって仲良くなったの?ちょっと参考までに聞きたいんだけど」


今まで口数が少なかった杏奈が口を開き、質問を投げかけてくる。


「あーボクも知りたーい!」


少し離れた場所で会話をしていた子音しおんたちにも聞こえていたみたいで、興味がある様で私とりんりん達に視線が集まる。


「まあ私たちは話してもいいんだけども……」


スイカが私の方をちらりと見やる。他の二人も私に気を遣ってか、私の言葉を待って話そうとはしない。


「――話して大丈夫だよ。別に恥ずかしい事でもないし、大事な思い出だしね」


そう言うと3人は微笑む。そして一番最初に話し始めたのは、ソラ。


「そうデスネー、私があーやと初めて会ったのは――」

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