49匹目・二人、一緒で

戌輪しゅわの部屋。

今この部屋には私と申樹しんじゅ、ベッドに横たわっている戌輪だけだ。他の皆はそれぞれ部屋に戻ったり酒盛りを始めたりとしているだろう。そして先程倒れた戌輪の容態はと言えば――


「……すぴー、すぅ……わぅ……申樹ちゃん、馬頭山めずやま先輩からドロップするのは……うさ耳だよぉ……半魚人じゃないよぉ……わぅ……」


一体どんな夢を見ればそんな寝言が出てくるんだ。……まあ、見ての通り気持ちよ~く寝ている。


「うーん……ここ最近の戌輪ってば、なーんか眠そうにしてたんだよね~。まさかぶっ倒れるぐらい寝不足だったなんて思わなかったけど」


そう言いながら申樹は戌輪のずれた毛布を掛け直し、気持ちよさそうに寝ている戌輪の頭を優しく撫でる。申樹の言う通り、戌輪の顔色がすぐれなかったのは私も気にしていた。けどその事を本人に伝えようとしても、最終的に避けられるか逃げられるかのどっちかに……無理にでも捕まえて休ませるべきだったのかも。

ただ分からないのは戌輪の行動。どうして寝不足の体で物陰から私を見ていたり、あまつさえその状態でかるた勝負をしていたのか。ていうかそれでも他を圧倒してたのが凄かった。


「――そういえば、申樹の言った通りだったね。戌輪の圧勝だって」


かるた勝負が始まる前、申樹の口からこぼれた言葉。最初なんのこっちゃと思ってたけど実際の戌輪を見て納得せざるを得なかった。こういう事か、と。


「まーね、この子小さい頃からかるた大好きでさ、私もいまだにかるただけは戌輪に負けるんだよね~。それに小6の時に有名なかるたの大会で個人の部で優勝しちゃうわ、去年の校内百人一首大会で1位になっちゃうわ。もうこんなん勝てる気なんかしないっしょ」


戌輪が寝ているベッドに腰を掛けて申樹は苦笑いを浮かべながら肩をすくめる。でも、どことなくそんな幼馴染を誇らしく思っているようにも見える。


「なんか自分の事みたいで嬉しそうだね」


「そりゃね、生まれた時からずっと一緒の幼馴染だし自分の半身みたいなもんっしょ。……まあこの前ケンカやっちゃったけどさ」


「いいじゃん、喧嘩するほど仲が良いとか言うし。あー私も幼馴染が欲しかった――」


言いかけてふと脳裏にある光景が浮かぶ。

小さい頃の私が誰かと本を読んでいる――只、それが誰なのかは分からない。


「――おーい、綾芽っち~?どしたの、急にぼーっとしちゃってさ」


申樹の声で我に返る。


「……いや、私も眠いのかも。そろそろ部屋に戻るよ。喉も乾いたしなんか飲むかな」


そう言って立ち上がろうとすると申樹が、


「――あ、私がなんか飲み物持ってくるよ。だから綾芽っちは戌輪の事見てて~」


言うや否や立ち上がり部屋を出て行ってしまう。……私まだ何も返事してないのに。しょうがない、申樹が戻ってくるまで言う通りに――


「……わぅ」


かすかに戌輪の口から声が漏れる。視線を向ければ戌輪が目を半開きにし、天井を仰ぎ見ていた。


「戌輪、起きたんだ。体調とか大丈夫?」


「……わぅ、大丈夫です。――すみません、迷惑をお掛けして……」


「ううん、戌輪が大丈夫ならそれでいいしさ。それにやっと話ができたし……聞いてもいい?寝不足の理由とか色々」


少しの間を空けてから頷く戌輪。しかし戌輪の口から出てきた言葉は――


「……わぅ、遠西さん。その、まずは、机の上にあるノートを読んで、ください……」


その言葉で机を見ると何冊かのノートが重ねて置いてあった。これらを読めば寝不足の理由とか分かるのかな?


「どれでもいいの?」


「わぅ……どれかノート、一冊だけで、いいんで……」


それじゃあ、と一番上にあったノートを手に取り、戌輪が寝ているベッドに背を預けノートを開く。

そこには――綺麗に書かれた文字がびっしりと並んでいた。これは、小説?まあ戌輪が読んでくれって言ってるし、読み続けてみようか。





どのくらい時間が過ぎたかは分からない、気が付けばノート一冊分を読み終えていた。


「……わぅ、遠西さん、どうでしたか?」


私が読み終えたのを察して戌輪が声を掛けてくる。


「中々読み応えがあったし、物語の雰囲気もあって凄い引き込まれちゃったよ。メチャクチャ凄いじゃん戌輪、小説書けるなんてさ」


「……わぅ、色々、本を読んでたら、私も書きたくなって、気付いたら……。ここ最近は、刺激を受けて、時間も忘れて、ついつい……」


なるほど最近の寝不足の理由はそれだったのか。まあ刺激を受けて何かに打ち込むのはいい事だ……只、お陰で戌輪の挙動不審な行動もある程度察しがついた。


「だけどさ、戌輪」


「……わぅ?」


「……未成年がこう、色々を書くのはお姉さん、ちょっとどうかと思うよ。それに……この登場人物の一人って、モデルは私、だよね?」


その言葉に戌輪は小首をかしげきょとんとしている。そして上体を起こし、私の持っているノートを見つめ数秒フリーズ。


「――わ、わうぅ!?」


突如犬の鳴き声の様な声を上げると同時に、ぽん!と干支化をしてしまった。そして素早く私の持っていたノートを奪い去り、ノートと共に戌輪は毛布を頭からかぶり丸まってしまう。

戌輪が書いた小説の内容、それは……まあなんていうか、女性同士の、一線超えたあれやこれやがえがかれていた。その上、主人公は私で、相手は恐らく――申樹。『刺激を受けた』っていうのは、多分『私と申樹がキスしていた』ことだろうね。

あと戌輪が私を見ていたのは、私のくせとかを観察していたんだろうと分かった。だって私の癖とかやりそうな行動を書かれていた主人公がやってたし。


「わぅ!ち、違うんです!読んでもらいたかったのはこれじゃなくて!もっとちゃんとした方で!わ、私!頭がぼーっとしてて!つい、このノートを他のと一緒に置いちゃってて!わ、わぅぅぅぅ!」


良かった、ちゃんと普通の一般の方々が読めるモノも書いていて。まあ色々妄想もしちゃう年頃だし仕方ないとは思う。けれども――


「その小説、最後の方に別の女の子が出てくるよね?それって……」


その言葉にびくっと反応する戌輪。しばらくしてから戌輪が毛布の中からひょこっと真っ赤な顔を出してきた。犬耳もあるせいでその様はまるで飼い主に怒られて物陰に隠れたワンコみたい。可愛い。


「……わぅ、私、です……」


「そっか」


そう言いながら毛布にくるまっている戌輪の近くに腰掛ける。


「……わぅ、そ、そもそも、お、怒らないんですか?遠西さんを、モデルにしたり、その、い、色々、と……」


呟くような小さな声で言いながら戌輪は私の顔色をうかがっている。私と視線がぶつかるとぷい、と顔をそっぽ向けちゃったけど。


「んー……怒る、ねぇ。あくまで戌輪の小説の元ネタってだけだし、私の名前とか出てないから怒る理由は無いなぁ。逆に聞くけどさ、私をモデルとしたキャラと戌輪をモデルとしたキャラが、色々と、あれやこれやってなってるけど、戌輪は良かったの?」


そう言ってから戌輪の頭を優しく撫でる。しばらく無言で撫でられていた戌輪だけどゆっくりと起き上がり、私の真正面に座り込む――しっかりとノートを抱きしめながら。


「……わぅ、私、綾芽姉さんの事、好き、だから、問題無い、です……。綾芽姉さん、だったら、何されても、構わない、です……わぅ」


火が出そうな勢いで顔を真っ赤にさせ、前髪で少し隠れているものの涙目になっているのが分かる。そんな戌輪の告白。


「わぅ……本当は、かるた勝負で勝ち取った、デートの時に、小説の事とか、私の気持ちを、伝える、つもりでした……でも、今だったら、言えると、思って、申樹ちゃんに、席を外してもらったんです……」


ああ、さっきの申樹はちょっと不自然だったんだけどそう言う事だったんだ。親友思い、だとは思うけど……申樹は知っているのかな?なんせ親友同士の好きな相手が同じ人物だって事を。


「ねぇ戌輪、申樹は戌輪の気持ちの事――」


「戌輪~話し終わった~?」


私の言葉を遮って、能天気な声を上げながら申樹が帰ってきた。……まあいっか、何も知らない方がいい事もあるし。麦茶をいだコップを申樹から受け取り、そんな事を考えながら麦茶を呑み乾す――


「んでちゃんと綾芽っちに告白できたの、戌輪?」


ブフォ!

思わず麦茶を吹き出してしまった。


「うわ!?ちょっとティッシュティッシュ!」


「ごふっ!げふっ!――申樹、なんで戌輪が告白するって!?」


むせながらも噴出した麦茶を3人で拭きながら申樹に聞く。申樹はさも当たり前の事の様に、


「さっき言ったじゃん、『戌輪は私の半身みたいなもん』ってさ。なんとなく気付いてたし」


そう答える。幸運にも麦茶の飛び散った範囲は狭く、すぐに拭き終えることが出来て3人とも腰を下ろす。


「でもいいの?二人とも、恋のライバルになっちゃうんだけど……」


改めて麦茶を注ぎながら二人に問いかける。私なんかの為に二人の仲が悪くなるのは忍びない。そんな事を考えていると二人の口からとんでもない答えが返ってきた。


「え?ライバルになんないよ?だって――」

「わぅ、私と申樹ちゃん、二人一緒で、綾芽姉さんに、アタック、しちゃう、から」


「……は?」


二人の言葉に思考が追い付かない。つまり、戌輪と申樹はタッグを組んで他の居候とは違う手段で私にアタックしてくると?


「えーと、もし戌輪と申樹どちらかだけを選んだ場合は?」


「どっちかがおまけとしてついてきちゃうよ~♪ねぇねぇ綾芽っち~これって結構お得だと思うんだけどな~?」


「……わぅ、ど、どう?綾芽姉さん?」


にひひ、と小悪魔な笑みを浮かべる申樹と顔を赤らめながら上目遣いで聞いてくる戌輪が、ずいっと前のめりになりながら聞いてくる。可愛い娘達に迫られて思考が『いいかも』と塗りつぶされかかっていると、トントンと部屋にノックの音が響く。


「綾芽ちゃんいる~?綾芽ちゃん宛に電話がかかって来てるよ~」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る