44匹目・ちょっとした大事件、発生

「ええっと、確か――ダイゾージ、だっけ、キミ」


「そうです!大象寺だいぞうじ 聖斉きよなりです!」


申樹しんじゅたちのグループから少し離れた所に移動し、私は目の前の人物に話しかける。――大象寺 聖斉、寅乃しんのの店の常連客で以前一悶着ひともんちゃくあった人物だ。その時は私が出張でばって事無きを得た、のかな?


「いやーまさかここでメイド長と再会できるなんて嬉しいであります!」


私に再び会えたのがそれほどまでに嬉しいのか、すっごい目をキラキラ輝かせる大象寺。……私は別に会いたくはなかったけど。

ちなみに名前は以前亥菜りなに教えてもらっていて、頭の片隅には記憶にあった。……まあ本人に会うまですっかり忘れてたけど。


「まさかメイド長も同じギルドに居たなんて――」


「いや、その事なんだけど……」






――私と大象寺は申樹とギルメンの一行と合流して複合施設内のカラオケボックスに入った。それから各々自己紹介をしそれぞれ思い思いにギルメン同士の交流を始めた。

しばらくして何人か席を立っては戻ってくる。私もそれに続く様に席を立って少ししてから部屋に戻る。


「おかえり~、とお――メイド長、どこ行ってたん?」


申樹は戻ってきた私に気付き、持っていたコップを机に置く。――なお申樹も私の事を『メイド長』と呼んでいるのはそれを私のプレイヤー名にしたから。

最初に大象寺がそう呼んじゃってたし、どうせならそれをプレイヤー名にしちゃえって感じ。

……まあ自己紹介の時は少々恥ずかしかったけどさ。


「ん、ちょっと『お花をみ』にね」


私はそう言いながら申樹の横に座る。申樹は私の言葉に不思議そうに首を傾げる。


「花?でも花なんて持ってないじゃん」


「……女性がお手洗いに行ってくる事を隠語でそう言うんだよ」


「へぇ……じゃあ男の人の場合は?」


「確か『きじを撃ちに』――って何言わせるの」


そう言って肘で申樹を小突く。申樹は『ごめんなさーい』と言いながら舌をペロっと出して笑う。その笑顔を見て私もつられて微笑む。


「ところでさ――」


私は自分のコップを持ちながらある話を切り出す。


「申樹は、あの人に告られたりしたらどうする?」


あの人――私はあごで丁度部屋に戻ってきた人物を示す。その人は最初に申樹を可愛いと言っていた男性だ。プレイヤー名は……メコウとか言ってたな。見た目少々チャラい感じの好青年といった感じ。


「あの人?つか急にどしたん遠西さん。あ、まさか遠西さんあの人の事、一目でマジ恋しちゃった――」


「いや全然興味無い。んでどうなの?」


申樹のからかいをバッサリ切り捨てもう一度申樹に問う。


「そだねー……ちょっとイケメンかもしれないけどさー。告られても断るかなぁ」


「それまたどうして?」


「私も遠西さんと同じかな~?興味無いって感じ、よく知らない誰かと付き合うよりも遠西さんとか――戌輪と付き合ってた方が楽しいし~」


そう言うと申樹はテーブルの上にあったフライドポテトを一つ摘まんで口に放り込む。心なしか耳と頬がほんのり赤くなっている。


「……そっか」


私は軽く頷いて、申樹の頭優しく撫でる。


「と、メイド長!?何を――」


私の行動に吃驚びっくりしたのか少々抑えつつも声を上げる申樹。


「申樹が干支化しそうだったし、ね?」


そう言うと申樹は大人しく撫でられていた。――うん、この分なら大丈夫だろう。何があっても。

しかし……この光景を見ていたギルメンたちが好奇の目で見ていたのは居た堪れなかったけど。




「さーて次はゲーセンで大騒ぎだよ~♪」


申樹が先頭に立ちギルメンを引き連れゲーセンへと向かい歩いている。ギルドマスターらしく皆を引っ張っているのが微笑ましい。

その一団の最後方さいこうほうに私と、大象寺が肩を並べ歩いていた。


「――メイド長殿、今の所は何事も起きなくていいですなぁ」


「そだね、でもそろそろじゃないかな?行動を起こすとしたら」


そんな会話を大象寺としながら私の視線はある人物を定めていた――。ふと、申樹は何かに気付き一団から離れ、そちらの方へ駆け寄る。

そこには、一人の男性が壁に背を預け具合が悪そうにうずくまっていた。申樹はそれに気付き近寄って行ったのだ。


「あの、大丈夫ですか?具合が悪いなら救急車とか――」


申樹が屈んで話しかけると、男性は顔を上げる。そして――にやりと笑う。瞬間、男は申樹の背後に回り込み左腕で申樹の首を拘束。右手にはどこからともなくナイフを取り出し申樹の頬に突きつけ、こちらににじり寄ってくる。


「そこのテメェら!こいつをブッ殺されたくなけりゃ有り金置いていきなぁ!」


血走った目で声を荒らげて叫ぶ男。ギルメン一同何が起こったのか理解できていない様子――一人を除いて。

私の視線は申樹を捕らえている男ではなく、その一人であるメコウに向けていた。見ればメコウは周りに気付かれぬよう、ほくそ笑んでいた。


(やっぱり、コイツの仕業か――)


私がそう思う理由は大象寺の言葉だ。


大象寺との再会時、私は大象寺に大まかに申樹の付き添いの件を話した。その際大象寺が話してくれたのだ。『ギルマスの事を可愛いと言っていた男には要注意』と。

聞けばこのメコウという男、こういったオフ会に参加しては未成年に手を出しては――と、その界隈では有名な人物だそうだ。

未だ捕まらないのは暴力、もしくは言葉巧みに捨てた女性を黙らせているとか。

そして女の子を手に入れる手段が、今も目の前で実演されている。


手下やツテを使って目当ての女の子を人質に取らせ、自分は窮地から女の子を救うヒーローとなる。救われた女の子は捕まっていたドキドキからかメコウに惚れる……と言った錯覚をする。所謂いわゆる『吊り橋効果』。

実は『お花を摘み』に行っていた時にメコウがそれらしい事を画策かくさくしていたのを聞いていたりもする。


「おい、その子から汚ねぇ手を離せ」


そうこうしている内にメコウがカッコつけて男に詰め寄る。

私はそれを後ろで見守る。……ぶっちゃけ茶番だしね。それにカラオケの時に申樹にも聞いたけど、そうそうメコウになびかないと思うし。

しかし申樹を人質に取っている男は、


「あ゛あ゛!?んだテメェは!?」


メコウ目掛けナイフを振り下ろそうとする――。

……何かおかしい。そう思い私はとっさにメコウの襟首を掴み無理に後退させる。刹那、ナイフがメコウが居た空間を舞う。


「げふっ――オマ!?何すんだよ!折角えんしんちゃんをカッコよく助け――」


「シャツ、切れてるよ」


そう指摘するとメコウは自分の着ているシャツに目をやる。見事に上着とTシャツがナイフによって切り裂かれていた。幸いなのは血が出ていない事かな。

それを見てメコウは尻餅をつく。


「……な、なに?どゆこと?段取りと違う――」


はっ、と我に返ったメコウはスマホを取り出し何処かに電話する。


「――ちょ、お前一体どういう……え?まだ準備できてない?」


メコウが声を発すると同時にスマホを落とし呆然とする。

あー……なんとなく察する。

つまり目の前に居る男はメコウが用意した『偽の暴漢』ではなく『本物の暴漢』。


「ごちゃごちゃうるせぇぞ!!さっさと金出せや!!んじゃねぇとコイツぶっ殺すぞぉ!?」


男はますます激高し、今にも申樹をそのナイフで突き刺しそうだ。――まずは。


「ちょっと待って」


私は両手を上げて男の前に歩み寄る。男はそんな私を警戒する様にナイフを向けてくる。


「なんだぁ!さっさと金を――!!」


「その子、足すくんじゃってるからさ、逃げる時足手まといになっちゃうかもよ?だから代わりに私が人質になるよ」


「あ゛あ゛!?てめえと代わっても同じ事になるかもしれねぇだろうが!!」


「まあその点は大丈夫、さ」


私の言葉に何かしらの凄みを感じ取ったのか男は押し黙りじろじろと私の全身を嘗めるように見やる。そしてなんとも厭らしい笑みを浮かべ、


「――へへっ、こんなガキよりもアンタみたいな綺麗所の方が後々も楽しめそうだしなぁおい」


私の方へ歩み寄ると同時に申樹の拘束を緩める。これで申樹は無事に解放――


「どっせい!」


ばきっ!


掛け声とともに、申樹が男に頭突きをかます。

一瞬何が起こったか私も男も理解できなかった。そして次に頭に浮かんだ言葉は『なんてことをしてくれたんだ』。


「へへん♪拘束を緩めたのが運のツキ~――」


得意顔で男から離れようとする申樹、けれども――


「この!クソガキぃぃぃぃぃぃ!!!」


申樹の思わぬ攻撃で完全にキレた男は素早く申樹のシニヨンにしていた髪の毛の束を掴む。そして申樹目掛けナイフが振り下ろされる。


「――あ」


いくら私でもこの距離ではナイフを止める事が出来ない。せめてもう一呼吸の間があれば。だが、無慈悲にもナイフが申樹に――


「はい、どーん!」


男が突然よろける。ナイフの振り下ろしも中断され、捕まっていた申樹も解放され倒れ込む。何が起きたのか。

男の向こうに立っていたのは大象寺。念の為に男の後ろに回り込む様に言っておいたのがまさか役に立つとは。おそらく隙を見て体当たりをしたのだろう。


「こ、この野郎――」


「アンタ」


大象寺に気を取られていた男に私が素早く近づく。私の声に驚き振り向きざまにナイフを突き出すも、


「よくもウチの子を傷つけようとしたな」


最小限の動きで突き出されたナイフを避け、右手の拳を男の鳩尾みぞおちに叩きこむ。


「――っ!?」


途端、男はあまりの激痛のためかナイフを落とし鳩尾に手を当てようとする、が、私は素早く男のふところに潜り込んで胸倉むなぐらと右そで辺りを掴み――そのまま引っ張りながら姿勢を低くしながら男を背負う形にする。


「成敗!」


その言葉と同時に男の体は宙を舞っていた――。

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