41匹目・犬猿の仲違い

とある日の夕食後、亥菜りなの部屋にて。

私はケーキをフォークで小さく切り分け、それを刺して亥菜の口に運ぶ。


「はい亥菜、あーん」


「あーん、ですわ」


嬉しそうに目をつむり口を開ける亥菜。

ケーキが亥菜の口に入ると、


「――ふふっ♪美味しいですわ、綾芽さんの手作りケーキ。

 それに綾芽さんに食べさせてもらえるから、より一層美味しく感じられますわ。

 今日は本当にいい誕生日となって満足ですわね」


「身に余る光栄です、亥菜お嬢様」


いつぞやにコスプレしたメイド長の時みたくうやうやしく一礼すると、


「はぅ!?それは卑怯すぎますわ綾芽さん!

 あの時の凛々しい綾芽さんを思い出してしまって、綾芽さんへの想いが暴走してしまいそうですわ!」


言いながら亥菜は両手を両頬に添えて顔を真っ赤にする。

ついでにポン!と干支化までしちゃうし。


しかし、なんで私が亥菜にケーキを食べさせているのか。

6月19日――今日が亥菜の誕生日だからだ。


この前、午馳の誕生日の話をきっかけに他の子たちの誕生日も聞いてまわった。

……結果、皆が遠西家にいる内はほぼ毎月に誕生日イベントを開催する事になった。

『ほぼ』というのは11月は誰も誕生日は無く、12月は私の誕生日だけだから。


ただ居候の中で一人、午馳の誕生日より前の人物いる――巳咲みさきだ。

彼女の誕生日は4月22日。

……そうとっくに過ぎている。

それを聞いて私が謝ると巳咲は、


『いーのいーの、私も言ってなかったし。

 それに綾芽ちゃんには晩酌とか色々してもらってるからねぇ。

 私の誕生日の事だけで文句言ってちゃ、バチ当たるってもんよ』


とケラケラ笑いながらコップを渡してくる巳咲。

その日の晩酌はいつもよりも長く付き合ったことが思い出される。



んで何故亥菜の誕生日に亥菜の部屋で亥菜にケーキを食べさせているのか。

まあ簡単に言えばこれが亥菜への誕生日プレゼント。

何をプレゼントすればいいのか思いつかず、直接欲しいものを聞いたところ『二人きりで過ごしたい』との事。


「でもこれで綾芽さん達と酒宴しゅえんをご一緒できますわね♪」


ケーキを頬張ほおばった後、亥菜は嬉しそうに言う。

亥菜は今日で20歳、お酒をんでも問題はない。

……ただ心配な事もある。


「……多分巳咲が絡んでくると思うけど大丈夫?」


「あらその時は丑瑚ひろこさんを巳咲さんの相手に付ければよろしいかと。

 ――私と綾芽さんはゆっくり呑み明かしましょう、ね」


そう言うとふふ、と不敵な笑みを浮かべる亥菜。

まあ確かに丑瑚の呑みっぷりの前では巳咲も大人しくなるしなぁ。

そんな事を考えていたらふと、亥菜の唇にケーキのクリームが少し付いている事に気付く。


「亥菜、唇にクリーム付いてるよ」


ジェスチャー交じりにそう伝えると、


「あら本当ですの?では――取ってくださいまし」


亥菜は目を瞑り、唇を突き出す。

最初、指ですくおうかと思ったけど――きっと亥菜は違う方法を望んでるだろう。


私は亥菜の顔に手を添え、顔を近づける。

そしてクリームが付いた唇にそっと、自分の唇を優しく――重ねた。


「――ん」


亥菜の声が少し漏れたと同時にぽん!と干支化が治る。

少ししてから唇を離し、


「――甘くて、とろけそう」


何気無くポツリと一言、私の口から漏れた。

それを聞いた亥菜が微笑み、


「それはケーキのクリームの話ですの?――それとも私とのキスの話ですの?」


問いかけながら両腕を私の首に回しながら顔を近づける。


「んー……両方、かな?」


そう言いながら私も亥菜の腰辺りに腕を回す。


「その、綾芽さんがよろしければ、ですが……私、もっと甘く蕩けたいのですけれども……」


「――亥菜お嬢様の望むままに」


私がそう言葉を返し、再び唇が重な――


バンッ!!!!!!


――りそうな所で、ドアが勢いよく開かれた音に驚き私と亥菜は硬直する。

この場面を目撃されては色々厄介な事になるのは明白。

私が恐る恐るドアに視線を向けると――ドアは閉まっていた。


どうやら開けられたのは別の部屋のドアだったみたい。

ほっと胸を撫で下ろすと不意に亥菜と視線が合う。


「……」

「……」


お互い顔を赤くしてそそくさと距離を取る。


「ど、どこの部屋なんだろうねーあんなでかい音させてさー」


「そ、そうですわねーおちおち誕生日が楽しめませんですわー」


ちょっと気まずい。

すると――


「もう勝手にすれば!!!」


その怒声どせいの後、どすどすと騒がしい足音が遠ざかる。


「今の声……申樹しんじゅ?」


確か亥菜の隣の部屋は戌輪しゅわの部屋。


「申樹ちゃんと戌輪ちゃん、喧嘩けんかでもしたのかしら?」


「あの仲の良い二人が?……ちょっと見てこようか」


そう言って立ち上がると、亥菜も『お供します』と言って立ち上がる。

部屋を出ると戌輪の部屋のドアが開きっぱなし、しかし戌輪が閉めに出てくる様子も無い。

近づいて戌輪の部屋の中を覗いてみると、ただうつむいている戌輪が座っていた。


「……戌輪?」


私が名前を呼ぶと戌輪は驚いたのか、ビクッ!と肩震わせてから恐る恐る顔を上げる。


「……わぅ……遠西さん、それに猪林ししばやしさんも」


私達の姿を確認すると戌輪はまた俯き閉口へいこうしてしまう。

重い静寂。

かく、何があったのか聞かないと。


「……さっき申樹が怒鳴ってたけど、喧嘩したの?」


『申樹』の名が出た辺りで再び肩を、ビクッ!と震わせる戌輪。

だけど戌輪は何も言わない。

――まあ答えたくないという事なんだろう、そう思い私はその場を後にしようと振り返る。

それを察してか亥菜も心配そうな表情を浮かべつつその場を――


「……わぅ、私、変わらなくちゃ、いけないのかな?」


戌輪の言葉。

私が振り返ると戌輪は――泣いていた。

眼が隠れるほどの前髪の長さだけど、隙間から戌輪の瞳が覗かせている。


私を見つめるその瞳からは大粒の滴が無くあふれていた。




「少しは落ち着いた?」


「……わぅ」


小さく頷く戌輪。

泣いている戌輪を放っておく訳にもいかないし、亥菜共々ひとまず戌輪の部屋で泣き止むのを待った。

さいわい他にこの事態に気付いた居候達はいなかったみたいで、誰もここにやってくる事も無かった。


「それで……何があったか、話してくれる?」


その言葉に少し躊躇ためらいながらも、戌輪は頷いた――





「今度ギルメンの皆とオフ会するよ♪」


いきなり私の部屋にやって来るなり、申樹ちゃんが言ってきたんです。


「……わぅ、この前の話……本当に、やるんだ……」


ゲーム内のチャットでそんなやり取りをしていたのは見ていたんですけど、本気だとは思っていなかったんです。

……それに私、人と話すことがダメダメで……オフ会とか参加する気も無かったので、


「……わぅ、でも、申樹ちゃん。

 私……その、人見知りするし……きっと……皆、つまらないと思う、よ?」


「ダイジョーブダイジョーブ♪

 ほらチャットとかじゃ、皆とちゃんと話せるじゃん。

 それに私も居るし、イケルイケル♪」


笑顔で、楽観的に申樹ちゃんは言うけど……やっぱり私には、無理だと、思ったんです。


「……わぅ、やっぱり……私は、遠慮、するよ。

 申樹ちゃんだけでも、楽しんできて……」


私がそう断ると、申樹ちゃんは少しムッとした感じになって、


「――戌輪はそーゆー所、変えたいと思わないの?」


「……わぅ……少しは、そう、思うけど――」


「やっぱそう思うっしょ!?

 だからさ、今度のオフ会で一気に変わってみればいいじゃん♪

 戌輪の華々しい社交界デビューみたいな?」


どうしても、申樹ちゃんはオフ会に私を連れて行きたいみたいでした。

それでも……私は、


「……わぅ……そんないきなり、変われる訳、ないよ……。

 だから……オフ会の参加は、また……別の機会に――」


私がそう言うや否や、申樹ちゃんは、


「――あーそうですかっ!!」


声を荒らげて立ち上がり、部屋を出て行こうとしたんです。


「し、申樹、ちゃん……?」


ビックリした私は、申樹ちゃんの名前を呼ぶのが、精々せいぜいでした。

私の声を聞いた申樹ちゃんはドアの前で立ち止まり、


「戌輪がそこまで意気地なしだとは思わなかったよ……自分を変えようとしないなんてさ」


「……わぅ、変わりたくないって、言ってない、よ……。

 私は、もう少し、ゆっくりと……――」


申樹ちゃんは私の言葉を遮る様に、バンッ!と音を立ててドアを開けたんです。

後は……遠西さん達が聞いた、通りです……。




一頻ひとしき経緯いきさつを語った戌輪は、再び俯き黙りこくってしまう。

これは……どうしたものかと、私は隣の亥菜と顔を見合わせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る