39匹目・望むのは師弟以上の
しばしの静寂の後、私はポツリ一言。
「……今、
「いや、そういう意味ではなくてですね。
まあそれは分かっている。
ちょっとボケてみただけだし。
「ええと、その、ですね。
実は今回の助っ人が終わっても剣道、続けてみようかと思いまして。
それで、師匠の近くでこれからもずっと指導を受けたい、そういった意味を言いたかったんです。押忍」
「――そっか、
「押っ忍!師匠の剣道を見て続けてみたくなりまして!
それに、この前『師匠の指導力を全国で証明する』とか
たはは、と苦笑いする午馳。
でも私の指導力はともかく午馳に関しては十分全国に通用する実力を秘めている。
いつか午馳と手合わせするのが楽しみなるぐらいに。
――でも、一つ気になる事が。
「……でもさ午馳、さっきの『お傍
その言葉を聞いて午馳は凄い勢いで顔を真っ赤にし、ぽん!と干支化した。
「え、プ、プロっ、いや、あ、あのっ、そのっ、なんていうか――」
なんとか答えようとするけど上手く言葉が
そこで心を落ち着かせようとして、午馳はしばらく深呼吸を繰り返していた。
私はそんな午馳が落ち着くのを待って、黙って天井を眺めている。
どのくらい時間が経ったのだろう。
落ち着いてきたのか午馳は少しずつ言葉を紡ぎ始める。
「……そうですね、正直に言うと私、師匠の事が、好きです。
師匠として尊敬しているとか、友人としての親愛とかじゃなくて。
それ以上の想い――
そう言ってチラリと横目でこちらを見やる午馳。
「恋慕って……特に午馳が私に
「――師匠って本当そう言う事に自覚ないんですね。押忍」
呆れたといった感じの物言いだけど、午馳の表情は優しい微笑みを浮かべている。
「私が師匠を意識始めたのは、亥菜さんがコーデした師匠を見た時ですかね。
あの時の師匠にはキュンとしました。押忍」
そういえばあの時全員干支化してたっけ。
「それで、私自身が師匠の事が好きだって自覚したのがここ最近の事です」
「……まあ、剣道の事で距離が大分近かったからね」
「押忍、それだけじゃないです。
私の事、『可愛い弟子』と言ってくれたり、慰めようと優しく……抱きしめてくれたり」
……あの行動自体、自然に
本当に自覚無いなぁ私。
「あの、やっぱり変、ですかね?
こんな風に同性を好きになるって……」
午馳はそう言いながら私を見ないようにそっぽ向いてしまう。
「友達やクラスメイトの中には異性の恋人がいますが、私は異性の恋人が欲しいと思わなくて。
それで男子に告られてもいつも断ったりしてます……押忍」
午馳って告白された事あるんだ……。
まあ午馳は見た目もいいし、話を聞く限りでも活発で社交的で、そりゃ惹かれるのも無理もないだろうし。
「――かと言って、女性だったら誰それ構わず好きって訳でも無くて……。
こんな気持ちになったのは……綾芽師匠だけなんです、押忍」
顔をそっぽ向けたまま、こちらに視線どころか顔を向けない午馳。
精一杯の告白、と捉えていいのかな?
ふと視線を自分の手に向けると、すぐ近くに午馳の手。
私は――午馳の手を優しく包み込むように
「お、押っ忍!?師匠!?」
突然の事に午馳は凄い勢いで私の方へ顔を向ける。
よく見ればうっすら、目尻に涙を浮かべて。
「……人が人を好きになるのに同性とか異性とか関係ないと思う。
私も同性――女性が好きだし」
「綾芽師匠も、ですか?」
「それに、
「……それは薄々気付いてました、押忍。
ああ、気付いてたのか。
午馳は本当良く見てるなぁ。
「それに
「……え?卯流も?」
「――いやもう、本当に自覚無さ過ぎです師匠。押忍」
と言われても正直びっくりだ。
辰歌とか寅乃は分かるけど卯流もって……あれ?
もしかしてこの前の……キスって、もしかしなくてもそう言う事なのかな?
――思い出したら卯流にキスされた時みたいに急に顔が熱くなる。
今きっと、私の顔は真っ赤になってるんだろうなぁ。
さらに他の子たちにキスした時の事も思い出しちゃって余計に恥ずかしくなってくるし。
「押忍、師匠どうしたんですか?顔真っ赤にして」
「いや、うん……気にしないで」
「――もしかして、卯流ちゃんとのキスでも思い出したんですか?押忍」
午馳の言葉に私は思わずブフゥ!と吹き出す。
「えほっ!げほっ!……あの時、見てたの?」
呼吸を整えなんとか自分を落ち着かせながら午馳に問う。
「遠目でしたけど……卯流ちゃんが綾芽師匠に抱き着きながら、顔を近――」
「みなまで言わないで」
これ以上顔を赤くしたくないので午馳を制する。
それでも午馳はまだ何かしら言いたいのか、不満げに私の手を強く握り、
「えー師匠の恥ずかしがってる顔見たいから言いたいですー。
あーなんか勝手に口が動いて喋っちゃいそうですー。
誰かが
凄い棒読みで私をチラチラ見てくる午馳。
……ああ、そゆ事ね。
私は手を握ったまま上体を起こし、午馳の顔を覗き込むように顔を近づける。
急に私の顔が近くなった事に驚いたのか午馳は小さく体をビクッと震わせた。
そんな様子の午馳だけど私はお構いなく、じっと見つめながら、
「――まだ午馳の口はお喋りしたそうにしてるのかな?」
それに対し午馳は
「おおおお押忍、まままだ喋りそうかもしれませんけど、なんかそそそそろそろ大人しくなるかもしれません!おおおお押忍押っ忍!」
視線があちこち泳ぎながらちょっとヘタレた。
――でも干支化は治さないと、ね。
そう自分に言い聞かせながら私は空いている手を午馳の頬に添えて、
「え、し、師匠!ち、近い!顔近い!今日はこの辺で――ん……!」
唇を重ね、喋りかけていた午馳の口を塞ぐ。
数秒後にポン!という音と共に午馳の干支化は治ったけど、まだ唇を離さない。
午馳はといえば嫌がる
しばらくして唇を離すと午馳はうっすら眼を開くけれど、どこか
「――これでお喋りな口は大人しくなった?」
ちょっと茶化した感じで午馳に聞いてみる。
午馳はぽーっとしながら自分の唇をなぞりながら一言。
「……駄目です」
「駄目?」
「――大人しくなるどころか、余計
唇に指を添え、恥ずかしそうに笑む午馳。
つまりもっと塞いでいて欲しい、と。
「それじゃあ――可愛い弟子の口がきちんと大人しくなるまで、師匠として塞いでおかないとだね」
再び午馳の顔に唇を近づける。
正直これ以上キスしたら理性が飛ぶかも。いや飛ぶね。
そう思いながら唇を――
「綾芽ちゃーん、まだいるー?」
その声に私、それに午馳もビクッと体を震わせる。
心臓が口から飛び出るかと思うほどめっちゃ
道場の外から私を呼ぶ声――
近づいてくる足音に急ぎ距離を取る私と午馳。
それと同時に道場の入り口から巳咲がひょこっと顔を覗かせてきた。
「お、やっぱここに居たんだ。
――どうしたの?午馳ちゃん
「な、何でもない……そ、それよりも巳咲!何か私を探していたみたいだけど!?」
無理矢理話題を変える私に巳咲は何か察したのか、ニンマリ笑みを浮かべ道場に入ってくる。
「ま、後で詳しくきかせてもらうと・し・てぇ♪
綾芽ちゃんにちょっと頼み事があるんだけどぉ」
「頼み事?……変な事じゃないでしょうねぇ?」
それを聞いた午馳がぽん!と何故か干支化する。
……ナニ想像したんだか。
「大丈夫、今日は私の仕事関係の事だから」
「仕事?絵本作家、だっけ?そうは見えないけど」
「綾芽ちゃん、
喜びを表しているのかクネクネと蛇の様に体を動かす巳咲。
「それはいいから。さっさと用件」
「つれないの。んで、次の本でちょっと剣を振るう場面があるんだけどさぁ。
困ったことにイメージが湧かないんだよねぇ。
そ・こ・で~」
何かを期待する様、巳咲は私を見つめる。
成程、私をモデルにしたいと。
「……ま、いいけど。
それじゃあ午馳、相手を――」
立ち上がりながら午馳に声を掛けていると、
「さあ!午後の勝負よ!遠西綾芽!」
突然大きな声を上げながら道場に入ってきた――
「……いやなんでまた来たのさ、鮫咲杏奈。
強くなってから来るんじゃんかったっけ?」
「ふふん!午前の時よりも1mmぐらい強くなってるし!多分!」
胸を逸らしドヤ顔でよく分からない理屈を
――まあ丁度いいか。
「巳咲、ちゃんとカッコよく描いてよ?」
その言葉にサムズアップする巳咲。
「それと午馳、私と鮫咲の手合わせをよく見る様に。
見る事も稽古の一環だからね」
「あ、お、押忍!――綾芽師匠、頑張ってください!」
午馳の声援を受け、私は再び鮫咲との手合わせする事に。
――まあ、結局私の全勝だったんだけどね。
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