38匹目・可愛い弟子は貴女だけ
まあその次の日。
「これならどうかしら遠西綾芽!」
「なんの!っていうか一々フルネームで呼ぶな鮫咲杏奈!」
私と鮫咲の一進一退の攻防。
事ある毎に互いの竹刀がぶつかり、音を響かせる。
「師匠そこです!押っ忍!」
「綾芽ちゃんがんばれ~♪」
「綾芽おねーさん、気合だよ!」
居候達が口々に私へ声援を送ると、
「――ちょっと私への声援は無いの!?」
居候達の声援に対して
……勝負の最中なんだけどなぁ。
それにしても――私の家の道場は朝から
早朝から鮫咲が家にやって来て私に勝負を申し込み、居候達がなんだなんだと集まってきていつの間にか観客となった。
……勝負そっちのけで居候達と鮫咲がわーぎゃー騒いでいる事に呆れながら、ふと昨日の出来事を思い返していた――
小手を外しながら私は鮫咲の前に立つ。
そんな私を警戒したのか、寝転んだままだけど顔を上げ
まあ睨んでもかなり迫力に欠ける状態なんだけど。
ふぅ、と溜息を吐きながら――鮫咲に手を差し出した。
「……はぇ?」
私の行動に鮫咲は驚き、思わず
「な、何よ、私に情けでも掛けてるつもり!?」
「いやその状態で足バタバタしてると、
それを聞いて鮫咲はすぐさま上体を起こし、捲り上がった袴を正す。
「そう言うのはさっさと言いなさいよ、全く……」
顔を真っ赤にして言いながらも、鮫咲は私の手を取り立ち上がる。
だって今時手足バタバタさせる駄々っ子みたいになる女の子って珍しいし、何よりそんな光景をずっと見ていたい――いやそれはともかく。
「まあまあ、それはともかく決着ついたけど――」
「わーたーしーはっ!まだ敗けてない!だから勝負!勝負よっ!」
私の言葉を
……いい加減本来の目的を思い出してほしい。
呆れ返る私は勝負と連呼する鮫咲の両頬をつまんで左右に引っ張る。
「ほえ!?な、なにひゅるにょほ!?」
情けない声を上げる鮫咲をじーっと見つめ、
「……アンタは何しにここに来てるの?
部員たちの引率に来てるんじゃないの?
す・こ・し・は大人しくできないの?」
鮫咲の頬をびょんびょん引っ張りながら私は静かに、低いトーンで問いかける。
「……ひゃい」
私の圧に何か察したのか一言、力無く言うと大人しくなる。
その様子を見て私はよし、と頷き引っ張っていた頬から手を離す。
解放された鮫咲はしょぼくれながら道場の隅まで行って、膝を抱えて座り込んだ。
――さてと、遅くなったけど皆の指導を始めるか。
そう思って両校の部員にあれこれ指示を出していると、
「……遠西さん、ちょっといいかな~?」
何だろう?と思いつつひとまず全員に指示を出すまで待ってもらう。
それと……少々不安だけど鮫咲に後の事を頼み、私は蜂須賀先生の所に――。
「…………燃え尽きた」
昼過ぎ。
大の字に寝転び、ぼーっと道場の天井を見つめながらポツリと独り言ちる。
鮫咲との勝負は私の全勝。
『次に会う時はもっと強くなって勝ってやるからなー!』と捨て台詞を吐いて鮫咲は帰っていった。
見に来ていた居候達も各々の所用で出かけて行った。
残ったのは私と、道場の床を雑巾がけしている
「……………………今日はこのまま眠ろうかな」
「師匠、この前みたいに風邪引きますよ。押忍」
いつの間にか午馳が
「それじゃ布団持ってきて~。
それか私を寝室まで運んで~」
ダラダラし始めた私に午馳は呆れたといった表情を浮かべ、
「――さっきまでの凛々しくて威厳のある師匠は何処に……。
それよりも
「んー……いい機会だし、午馳も今日はもうお休みね。
今朝も素振りを1000回やってたしさ、あんまり
ほらほら午馳も寝転がっちゃえ~」
私は手をひらひらさせ午馳に寝転がるよう促す。
「……押忍、それでは隣、失礼します」
まだ何か言いたそうな午馳だったけど、渋々私の言う通り隣で寝転んだ。
静まり返る道場。
――二人無言でただ天井をぼーっと眺める光景、正直怖いと思う。
「あの、師匠。聞いてもいいですか?」
静寂を破り午馳が私を呼ぶ。
「私が答えられる事なら」
「押忍、それじゃ遠慮なく――師匠、昨日何かありました?
蜂須賀先生と話した後からちょっとすっきりした、というか肩の荷が下りたみたいなそんな感じですけど」
……よく見てるなぁ午馳は。
「この前、私が剣道部の指導したって話をしたでしょ?」
「押忍……師匠の指導の成果が
「ううん、やっぱり私のせいだった……半分は」
苦笑いを浮かべながら私が答えると、午馳はこちらを見やり首を傾げる。
「半分、ってもう半分は誰のせいなんですか?」
「……当時の剣道部員たち。
まあ自業自得とも言えるのかな?」
蜂須賀先生の話を思い出し、自嘲気味に笑いながら私は答える。
「ええと……話が見えてこないんですが、押忍」
「この前にりんりん達が言ってたよね、私に隠れたファンがいるって」
「押っ忍、男女問わずにいるって――あー……あの、もしかしてその剣道部員の方々も?」
午馳の言葉に頷く私。
本当、当時の私をぶん殴りたい。
マジで色々と気付かなさ過ぎるって。
「うん。それで、私が指導している時はみんな気持ちが舞い上がっちゃって練習に身が入らず、私が居ない時は……めっちゃ適当に練習してたみたい」
「………………えぇ……………」
呆れて言葉も無いといった午馳。
私も蜂須賀先生からそれを聞いた時は同じ状態だった。
「まあそんな訳で大会で負けたのは半分私のせい、半分剣道部員皆のせいって分かってさ。
そう思ったら少しは気が晴れて――」
そんな事を言いながらふと午馳の方を見やる。
午馳は――なんか不思議そうに私を見ていた。
「うーん……でもそれ以上に師匠、なんか嬉しそうですよね。押忍」
私は午馳の言葉に心底驚く。
「……本当、午馳はよく気付くねぇ。
うん、実はその話には続きがあってね――まあちょっと省略するけど、その剣道部員の子たちがね、今も剣道を続けてるんだって」
大学とかの学校に行った子も社会人になった子も。
どの子も私の教えた事を繰り返し練習し、今ではかなりの腕前との事。
「それで……今度、私と手合わせしたいって。
皆、私と直接会って当時の事を謝りたいとも言ってたらしいし。
――ただ私も随分剣道から離れていたし、腕が
「……もしかして今日鮫咲さんを招いたのって、師匠の調子を整える為――そう言う事ですか?押忍」
そう言う事だ。
性格はあれだけど剣道の腕前は確かだし。
まあ鮫咲のお陰でかなり鈍っていた感覚が戻ってきたのは事実。
……あの子も友達いないみたいだし、後でお茶でも誘ってあげよう。
「……けど、本当は師匠の弟子って一杯居るんですね。押忍」
そう言うと不満げに口を
話を聞いていて、自分だけが私の弟子じゃないと思って
そんな午馳に対して私は、
「なーに言ってんの。私の弟子は午馳だけだよ。
昨日も言ったでしょ、午馳は私の『可愛い弟子』だって。
他の子には言った事無いし、昨日も弟子入り志願してきた子たちは断ってたでしょ?」
「…………押忍、そうですね。
ありがとう、ございます、師匠」
午馳は顔を赤くして視線を天井へと向ける。
ふと、午馳の身に付けているカチューシャに目が行く。
「あれ?いつものカチューシャじゃないよね、それ」
「これですか?はい、この前の誕生日に
誕生日。
そうだ、この前午馳は誕生日だったんだっけ。
……すっかりプレゼントの事、忘れてた。
「……ゴメン午馳、プレゼント何がいい?」
そんな私に呆れつつ午馳は、
「押忍、やっぱり師匠忘れてたんですね。
――なんでもいいですか?」
私は『出来る範囲で』と答えると、午馳は少し考えてから真っ直ぐこちらを見つめてくる。
少しの間を置いてから午馳が口を開く。
「――権利をください」
「……ウチの土地の権利?」
「押っ忍、違います。
……ずっと、綾芽師匠のお
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