35匹目・師匠と呼ばないで
「――497!――498!――499!――500!
――っはぁぁぁぁ!疲れましたぁ!」
500回の上下
慣れない動作をしたせいか大分息が上がっているようだ。
でも基本姿勢や足の動かし方、竹刀の握り方、素振りの仕方諸々を教えた翌日に素振り500回を20分程度でやってのけるのは
剣道に必要な体力、筋力は申し分無い。
――だけどまだまだ。
そんな午馳の様子を見ながら私は干していた防具を床に置き、
「それじゃ少し休憩してから次は『
「お、押忍っ!
「……なんで『師匠』なの?」
「押忍!格闘技の先生と言ったらやっぱり『師匠』でしょう!」
「うん、マジで止めて」
師匠と呼ばれるほどそんな大層な人間じゃないって、私は。
――そう、本当なら人に教える程の力量なんて
「ねえ午馳は何で運動部の助っ人をしてるの?」
道場の床に汗だくで横たわる午馳にふとした疑問を投げかける。
――しかし結構キツ目にメニューを組んだけど、休憩を挟みつつも午馳は文句も言わずやってのけたのは驚いた。
私の疑問に午馳は息を整えながら少しずつ答え始める。
「お……押忍……、前にも……言ったと思いますけど私は小さい頃から体を動かすのが好きなんですよ。
ただ走ってるだけでも十分楽しい、そんな感じでした。
でもふと、こう思ったんですよ『他のスポーツでも楽しく感じられるのかな?』って」
午馳は答えている内に息も整ったのか上体を起こし
それを見て私も午馳の前に座り胡坐をかいた。
「それで午馳はどうしたの?」
「押忍!最初は飛び入りでサッカーやソフトボール、テニスとかをやらせてもらってました。
ルールや体とかの動かし方は違うけど――『すごく楽しい!』、そう感じられました!」
目をキラキラ輝かせ満面の笑顔で熱っぽく語る午馳。
そんな午馳を見ているだけで『楽しい』という想いが私にまで伝わってくる。
「それで色んなスポーツに飛び入り参加しては入ったチームの勝利に貢献、いつの頃からか『助っ人の
「へぇ、まるで午馳が勝利の女神みたいだね。
そりゃあ助っ人で呼びたくもなる訳だ」
「えへへ、押忍っ!お陰で色々な運動部系からお声が掛かる様になりまして。
……ただ武術系の部は今まで断っていたんですけどね」
照れ臭そうに頭を掻きながら笑みを浮かべる午馳。
「それまたなんで断ってたの?」
「なんて言うか、球技系のスポーツともさらに違ったルールじゃないですか?
それにちゃんと鍛えていなかったりすると痛いって聞いてるので」
確かに柔道で言えば受け身、空手で言えば拳の握り方とか武術系は基本諸々がしっかりしていないと怪我をしてしまう。
「私、痛いと興奮しちゃうんですよねぇ」
「そう興奮……………はぁ!?」
とんでもない単語が聞こえてきて、思わず午馳の顔を二度見してしまった。
午馳に至ってはさも当たり前といった表情だし、私の反応を見て目を丸くする。
「え、興奮しませんか?痛みがあると、こうなんかぞくぞくするというか、気分が
「いや、まあ、痛みはともかくとして試合とかで
この子アレか、ちょっとMっ気あるんじゃないかな。
つか今日のキツ目のメニューを嬉々として受けていたのって……考えないようにしよう。
「それで、私ってば痛みで興奮すると挙動不審になるらしくて。
以前テニスの試合でボールがお腹に直撃したんですけど、それから記憶が
後で試合を見てた子たちにその事を聞くと『すごいテンションで試合してたよ』って目を逸らされました、押忍」
ふふ、と笑いながら遠い目で話す午馳。
どんなテンションだったんだろう?
「……それ、剣道して大丈夫?」
「押忍、多分大丈夫だと思います。
師匠とやってみた感じ、相手の打突を捌ききって受けなければなんとか」
午馳の言う通り打突を受けなければ痛みも無い、だけど素人の午馳が全てを捌ききれるわけがない。
それに捌き切っても攻撃に転じることが出来なければ意味は無い。
……本当に大丈夫かなぁ?
「それにしても、今までやった事無い剣道の助っ人を引き受けたのはなんでさ?
前にもやる機会はあったでしょうに……興奮する
「押忍、ウチの高校に数年前、剣道部を団体戦で全国大会目前まで導いた凄い人がいたと聞いたんですよ。
ただその人、助っ人だったらしくてその後の大会とかには出場していなかったそうですけど……でも凄くないですか!?助っ人で全国大会に導くなんて!」
凄い、確かに凄い。
ただ……その話は私にも聞き覚えがある。
いや聞き覚えがあるどころか、ものすごーく身に覚えがある事柄だった。
「私も結構助っ人歴は長いんですけど、全国まで行った事は――」
「ねぇ午馳、高校どこ?」
話をぶった切り、午馳に聞いてみる。
「
やっぱり。
私は頭を抱え、大きく溜息を吐く。
「………………そこ、私の母校」
「押っ忍!そうなんですか!いやー師匠が私の高校のOG――もしかして師匠もその助っ人さんの話を知っているんですか?」
「知ってるも何も……多分その助っ人、私」
そっかー午馳が後輩かー。
というかそうなると
さらによくよく考えてみれば小学生組の通う小学校も、中学生組の通う中学校も私が通ってた学校じゃんか。
世の中狭いなー。
そんな事を考えて現実逃避をしていると、
「押っ忍!!師匠!」
大声で我に返り、午馳の方に視線を向けるとなんか午馳は土下座していた。
いやなんで?
「師匠がそんなすごい人とは存じず、申し訳ありませんでした!
ですが今後ともご指導ご
「いや……教えるのはいいんだけどさ、午馳は助っ人だしさ次の試合は――団体戦だっけ?
その団体戦に出れば剣道部の助っ人は終わりでしょう?それ以降も剣道を続けるの?」
私の言葉に午馳は顔を上げる。
そしてちょっと困った表情を浮かべ、腕組みをする。
「そうですね……一回ぐらいならと軽い気持ちで受けましたけど……うーん……」
「ま、その助っ人が終わってから答えを出せばいいんじゃないかな。
――っともうこんな時間」
時計を見ればもう間もなく夕食の時間。
……いや結構午馳ってすごいと改めて思う。
学校から帰ってきてから2時間少々、その時間で今日のメニューをこなしたのか、と。
「そろそろ夕食だけど、先にお風呂入って汗流してきなさい。
年頃の女の子が汗臭いのも――」
「では師匠も一緒に!お背中、流します!押忍!」
そう言って立ち上がり、私の腕を掴む午馳。
「私は後で――」
「師匠も年頃の女の子ですので!一緒に綺麗さっぱりしましょう!」
「……分かったから、ぐいぐい引っ張らないで」
私は大人しく午馳の提案を受ける事にする。
――『年頃の女の子』、かぁ。
そう言ってくれたのは午馳が初めてかな?
少し嬉しいかも。
「それじゃ着替えとタオル持ってくるから午馳は先に入ってて」
「いえ!弟子が師匠より先に入るなんて失礼に当たるかと!
なので大浴場入り口で待ってます!押忍!」
「……うん、じゃあそゆことで」
弟子にしたつもりは無いんだけどなぁホント。
私はそんなことを考えながら母屋の自分の部屋に向かった。
ざぶん、と二人同時に湯舟に入る。
その分の湯が湯舟から溢れ流れていく。
私と午馳はお互いに背中を流し合った。
やはり午馳は運動しているだけあって大分引き締まった体をしている。
かといって腹筋バッキバキ二の腕ムッキムキという訳でも無く、程よい柔らかさで思わず私の身体を使って
「押忍!師匠、一つ聞いてもいいですか?」
「何?」
「師匠はどうして当時剣道部の助っ人を引き受けたんですか?
この前のご友人の話では特に助っ人とかの話はしてなかったと思いますけど、押忍」
りんりん達が言わなかったのは多分忘れてただけかもしれないけど、確かに言ってなかった。
「どこで聞きつけたのか、私が剣道をやってると知った当時の剣道部顧問にどうしてもって頭を下げられちゃあねぇ。
剣道部員の指導込みで助っ人を頼まれて、後は午馳が聞いた通り全国目前まで」
「指導込みって増々凄いじゃないですか!現役剣道部員よりも頼りに――」
「でも私は、駄目だった」
私は浴槽の
思い出される苦い記憶。
「それぞれの部員に合った練習メニューを組んだりしてたけど、思う様に成果が出なくってさ。
ギリギリの試合が多かったけどそれでも決勝まで進めた――けどそこで終わった」
浴場の天井を仰ぐ様、顔を上げる。
「その時の私って結構本気で全国目指してたんだけどさ、でも
……はい、やめやめ!この話はお終い!」
だんだん気分が
ちらっと午馳を見やると何やら考え事をしているのか、顎に手を当て真面目な表情している。
しばらくして午馳は私の方に向き直り、ザバァと湯舟から立ち上がる。
「師匠!師匠の代わりに私が証明して見せます!
師匠の指導力は全国に通用するって!押忍っ!!!」
気合の入った宣言をすると共にぽん!と干支化する午馳。
そんな午馳を嬉しく思いつつ私は一言、
「――全裸で言う事じゃないでしょうに」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます