36匹目・何かしらの因縁は巡り巡る

午馳まちの気合の入った宣言から数日。

私はのんびり道場の掃除をしながら午馳が帰って来るのを待つ。

夕方、学校から帰ってきた午馳はすぐに道場にやって来た。


「お帰り、それじゃあ早速――」


「押っ忍!師匠!二刀流ってかっこいいと思いませんか!?」


近くに在った竹刀を左右の手に一本ずつ持ち、ブンブンと振り回す午馳。

やっぱり誰でも一回はそう考えるよね。

――だけど現実は甘くない。


「午馳、高校生以下の試合じゃ二刀流は禁止だよ」


「そ、そうなんですか?……ちょっと残念――」


「それに二刀流には通常の竹刀と小太刀こだち竹刀っていう短い竹刀を使わないといけないし、二刀流の構えも覚えなきゃいけない上に片手で竹刀を振れる筋力も」


「押忍、すみません。二刀流は諦めます」


片方の竹刀を差し出して頭を下げる午馳。

分かればよろしい、と言わんばかりに私はフンと鼻息を漏らし竹刀を受け取る。


「まあ二刀流の練習自体することは問題無いんだけどさ。

 ――午馳がこれからも剣道を続けるのなら、だけど」


「……押忍」


私がそう言うと午馳は一言呟いて黙ってしまった。

……続けるかどうかはまだ悩んでいるみたい。


「それじゃ、いつも通り上下素振すぶりを……1000回で」


「押忍……え、今、1000回って、聞き間違い――じゃなさそうですね」


午馳は私の顔を見るも、私は笑顔を返すだけ。

それで大人しく素振りを始める午馳。

まあ午馳なら四十分も掛からないだろうし。


午馳の様子を見ながら私は持っていた竹刀を近くに立て掛け、防具とかの手入れを始める。

少ししてから午馳が、


「押忍、師匠、ちょっと、いいですか?」


素振りをしながら私を呼ぶ。


「どうしたの?何か気になる事でもあるの?」


「いえ、そう言う、訳では、無い、のですけど、今度の、土曜日、なんです、けど――」


「ひとまず素振り終わってから話しなさい」


私がそう言うと午馳は『押忍』と答え、黙々と素振りに打ち込む。

それから数分。


「押っ忍!師匠!素振り1000回終わりました!」


「早っ!」


この前素振り500回でヘロヘロになっていたのに、今日は少し息が上がっている程度だ。

しかも足取りはしっかりしていてすぐにでも次の稽古に移れる位に元気。


「すごいじゃん午馳、こんなに早く終わらせるなんてさ」


「押忍、早く師匠に話をしたくて気が付いたら終わってました!」


気が付いたらって……でも手入れの最中に午馳を横目で見ていたけど、回数をサバ読んでたりとかはしていないのは事実。

……前々から思ってたけどこの子、凄い逸材いつざいだわ。


そんな事を考えながら真剣な面持ちで午馳の顔を眺めていると、


「ど、どうしたんですか師匠。

 ……そんなマジマジ見られていると、ちょっと恥ずかしいです、押忍……」


そう言うと午馳は顔を赤くし、私から視線を逸らすと同時にぽん!と干支化する。

――こう、元気娘が恥じらう仕草をすると『ぐっ』と来るのは何でだろうねぇ。

それなので私はそんな午馳をまだじーっと眺める事に。


私の視線に耐え切れなくなった午馳は、


「お、押忍っ!それはともかくとして!

 師匠、是非とも網葉西あみはにし高校剣道部員の皆にも稽古をつけてもらえないでしょうか!?」


勢いよく頭を下げる午馳。

いや唐突に何言ってんだこの子。

いきなりの事に私が面食らっていると午馳は慌てて口を開く。


「実は今日、少し剣道部員と手合わせしたんですけど……私の上達ぶりに皆さん驚いてまして。

 『数日でどうやってそんなに上達したのか』と聞かれて、師匠の事を話したら皆さん興味津々で。

 仕舞いには稽古をつけてもらいたいという事なのです、押忍」


成程なるほど経緯いきさつは分かった。分かったけど……私はやらないよ」


午馳から顔をそむけ再び手入れを始める。

あくまで私は午馳の指導だけするつもりだ。

他の子たちまで稽古を付けたり、指導をするつもりは毛頭もうとうない。


そもそも午馳に剣道の指導とかするのも私の気紛きまぐれみたいなものだし。

……まあ午馳が剣道に対して楽観的なのがちょっと腹立ったって言うのもあるけどさ。


だけど――午馳の上達ぶりには目を見張るものがある。

午馳は手合わせの部分をちょっと濁してたけど、きっと剣道部員と互角以上に渡り合ったんだろうね。

でもそれはきっと私のお陰じゃなく、午馳自身の努力と才能の賜物たまもの


だから、他の子たちに午馳と同じ指導をしても午馳と同様に上達するとは限らないはず。

それはもう以前に経験済みだし。


「……押忍、師匠」


しばらく沈黙していた午馳が口を開く。


「今日5月30日、私の誕生日なんですよ」


「そうだったんだ、誕生日おめでとう午馳。18歳に――」


「押っ忍!それで誕生日プレゼントが欲しいな~って思うんですけど」


そう言ってじっと私を見つめてくる午馳。

……ああ、そう来るか。

私ははぁ、と溜息をき、


「――ああもう、分かったから。

 だから欲しいものは別のにしなさい」


肩をすくめながら言うと午馳は両手で拳を作りガッツポーズをする。


「それで何時なんじ何処どこへ行けばいいの?」


「あー……今週の土曜日朝8時、ウチの高校で大丈夫ですか?

 他校との合同練習もあるんですけど、押忍」


さいわい特に用事も無いし、家の事は丑瑚ひろこに任せる事にしよう。


「んー、おっけ。……起きれるか心配だけど」


「押忍!僭越せんえつながら私が起こしに――!」


その申し出は丁重ていちょうにお断りした。




当日。


寝坊した。


「……私好みのアニメを深夜にやるのが悪い」


誰に言うでもなく言い訳を高校の校門で独りちる。

時計を見れば9時過ぎ、一時間ほど遅刻している。

急いで向かいたい所だけど、


「……私、校内に入っていいのかなぁ?」


卒業生とは言え今は部外者。

……となると一回連絡とかするべきだったかも。

そんな事を考えていると、


「すみません、敷地内に許可無く立ち入るのはご遠慮願いたいのですがぁ」


と私を不審者だと思ったのか見回りの先生が話しかけてきた。


「あー……申し訳ないです。

 ただちょっと用事が――って、蜂須賀はちすが先生じゃないですか」


「あら、あらあら。もしかして遠西さん?

 あらあら、ものすごい美人さんになってまぁ」


おっとりとした感じのその先生が私に近寄ってきては、私の頭からつま先まで見やる。

目の前の先生は蜂須賀 ともえ先生。

今はどうか分からないけど私が在籍していた時は剣道部の顧問――そう、かつて私に剣道部の指導をお願いしてきた先生だ。


「それでどうしたの?母校が恋しくなったのかしら?」


先生はからかう様に言ってくるけど私は冷静に対応し、


「いえ……また剣道部に用が有りまして」


私のその言葉に先生はバツの悪そうな表情を浮かべる。


「……その、、かしら?」


「いえ、そうじゃないです。

 ウチで預かっている子が剣道部の助っ人で――馬頭山めずやまって言うんですけど」


その名前を聞いて先生が『ああ』と声を上げる。


「それじゃあ馬頭山さんが言っていた師匠って、遠西さんの事だったのねぇ。

 どおりで遠西さんと馬頭山さんが重なる訳だわぁ」


うんうんと納得したといった先生。

まあ私が教えている訳だからフォームとか色々重なって見えるんだろう。

それよりも――


「あの、校内の剣道場に行きたいんですけど……駄目ですか?」


「ん~……ま、私が付いてるしいいでしょう。

 それに私も剣道部顧問、様子を見に行かないとですし~」


そう言って剣道場のある方向へ歩き出す先生。

私も防具の入ったリュックを背負い直し、その後を追う。



「そう言えば今日、他校との合同練習なんですよね?」


剣道場に向かう道中、私がそう言うと先生は一瞬歩みを止める。


「――そうよ、相手は『鮫咲さめざき高校』」


聞き覚えのある高校。

その高校は――私、いやこの高校の剣道部が決勝で負けた相手。

でもそれも過去の話。


「当時の面子めんつが居るわけじゃないですし、私は気にしてない――」


「……それがね、ちょっと問題が」


先生が言いかけてると目の前の道場から、どすん!と大きな音と『きゃあ!』と幾つもの悲鳴が聞こえてくる。

――嫌な予感がする。


私は駆け出し道場の扉を開く。

私の目に映ったのは――防具を身にまとい尻餅をついている女生徒と、防具を一切身に着けずニヤニヤ嗤う女性。


「ほーら、ダメダメじゃん。

 その『師匠』ってヤツの教え方が悪いんじゃないの~?」


「……師匠を悪く、言うなっ……!!」


その言葉で防具を纏っているのが午馳だと分かる。

けれど何でこんな状況になっているのか――


「あーもううっさい」


午馳の言葉に苛ついていたのか、女性は竹刀を――

女性の動きを見て私は反射的におどり出て、


ぱしんっ!


女性が繰り出した『突き』を私は持っていた竹刀で叩き、『突き』の軌道を逸らす。

女性の竹刀は道場の床を擦り音を立て止まる。


「……誰よあんたは」


「し、師匠……」


『突き』を止めた私を睨む女性。

しかし午馳の師匠という言葉に大きく目を見開き、笑みを浮かべる。


「そうあんたがそいつの言ってた師匠なのね。

 ねぇ、私と勝負しない?」


唐突に勝負を申し込んでくる女性。


「……私に勝負する理由はないよ。『鮫咲 杏奈あんな』」


「あら私を知ってるの?私ってばもしかして有名人かしら?」


「いえ、多分有名じゃないと思うけど」


私の言葉に吹き出す周囲の剣道部部員。

それに対し鮫咲はキッ!と睨みつけると剣道部員は皆視線を逸らす。


「貴女の突きは特徴的だし、それに以前見た事あるからね。

 ――かつての決勝、その大将戦で」


そう、因縁のある大会だ。


でも――私は先鋒だったけどね。

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