22匹目・春の遠西家のとある1日(3)

正午過ぎ。

私達4人はあのアニメの最終回を見終えた。

見終えたのだけれども――


「「「「…………」」」」


皆、閉口していた。

気まずい。

すごーく気まずい。


別にアニメの終わり方がとんでもないオチだったとかではない。

寧ろ綺麗に纏めた終わりだった。

では何に対して閉口しているのかと言えば――


「いやーまさかアニメで女の子同士の『朝チュン』が見れるとは思わなかったよー♪」


「「――っ!」」


ぽぽんっ!


巳咲が嬉しそうに言うと丑瑚と寅乃はみるみる顔を真っ赤にし、さらに干支化までしてしまう。

そうアニメの最終回の冒頭数分間、主人公の女の子と想い人の……その、なんていうか、くんずほぐれずな映像が流れまして。


ええ、家族で和気藹々わきあいあいとテレビを見ていて唐突にエロい映像が流れてお茶の間が凍り付く、まあそんな感じに。

巳咲はおおーと声を上げて、食い入るように画面に釘付け。

丑瑚と寅乃は少し俯きつつもちらちらと画面を見ていた。


私?……実は以前ネットで最終回のネタバレを喰らっていて、その事を知っていたりする。

それもあって皆の反応に内心ドキドキしながら見ていた。

まあ想定通りの反応になったけど。


「……いや、その、うん、綺麗に終わったし、面白かった、よね?」


「そ、そうね~主人公の子がすごく頑張ってたし~」


寅乃と丑瑚が画面から視線を逸らしながら、各々感想を述べる。

しかし巳咲の感想と言えば――


「もーーーちょっと女の子同士の『絡み』が欲しかったな~」


その声に吹き出し、増々顔を赤くする寅乃と丑瑚。


「時間的に言えば二回目のCM?が入る前までぐらいはヤって欲しかったけど、綾芽ちゃんはどう――もがっ!?」


こっちに顔を向けると同時に巳咲の口にどら焼きを突っ込む。

流石にこれ以上ソッチ方面の話を膨らませるのは危険だ。


「あー……お昼どうしよっか?」


ふがふが藻掻もがいている巳咲を尻目に二人へと言葉を投げかける。

二人は我に返ったかのように顔を上げ、


「そ、そうね~も~みんなお腹ぺこぺこよね~?

 ちょっと私が作っちゃうね~」


そう言いながら立ち上がり、そそくさと台所に入っていく丑瑚。


「そ、そうだ。私、昨日お風呂入ってなかったし今軽く入ってきちゃうね!」


寅乃も何かと理由を付けて立ち上がり、離れへと向かった。

残されたのは私と――もきゅもきゅとどら焼きを頬張る巳咲。


「ふっふふー、二人とも初々ういういしい反応で可愛いわねー。

 ――さあて、二人きりになったしさっきのアニメみたいな事、し・ちゃ・う?」


「とゆーか巳咲、時間いいの?」


私はお茶の入ったコップを手に取りながら時計を見る。

巳咲も私につられ時計を見ると、


「あらら、もうこんな時間だったのね。

 それじゃあ名残惜しいけどまたね綾芽ちゃん♪

 丑瑚ちゃーん、私の分は部屋に持ってきてねー」


立ち上がりながらそう言うと離れの自分の部屋へと戻っていった。

と言うのも巳咲は担当の人ともうすぐ打ち合わせの時間と聞いていた。

まあパソコンを使ったリモート会議で家から出るわけじゃないけど。


一歩も家から出ずに済むのは楽そうだし、巳咲本人も『お酒呑みながらでもできるから』と嬉しそうに言ってたっけ。

……よし、昼飯は私が持って行こう。

いやなんか巳咲が真面目に打ち合わせしているか急に不安になったし。



少ししてから私は昼食のサンドイッチをお盆に載せ、巳咲の部屋にやって来た。

こんこん、と控え目にノックをして巳咲が出てくるのを待つ。

すると――


「あら、綾芽ちゃんが持ってきてくれたんだ、ありがと♪」


私は出てきた巳咲に目を奪われる。

巳咲は先程までとは別人と思えるぐらい、雰囲気が違っていた。

ただほんのりと化粧をしているだけ、だと思うけど、それでも私はそんな巳咲に――見惚れていた。


「ん?どうしたの綾芽ちゃん。

 ……あ、もしかして私に欲情し――」


「はい、昼食。

 あと打ち合わせ中に変態発言しないように」


巳咲の発言に我に返り、さっさと昼飯を渡して部屋を後にした。

背後から『私でもTPOわきまえているわよー』と抗議の声が聞こえてきたが無視。

……巳咲に見惚れたのは、きっと気の迷いだと思っておく。


まあ巳咲も女性だし、流石に人前に出るんだから身だしなみを整えるか。

化粧かぁ……私にはとんと縁のない事だけど、一度くらい亥菜にしてもらおうかな?

そう思いながら私は丑瑚と寅乃の待つ居間へ歩く。




「ただいまー☆」


「ただいまなのじゃー」


「……ただいまー」


元気のいい声と聞き取りにくい声が聞こえてくる。

どうやら卯流はるなたちが学校から帰ってきたようだ。

ドタドタと廊下を走ってきて、


「遠西ねーちゃん、おやつー☆」


笑顔でのたまう卯流。

その笑顔に対して私は笑顔を返し一言。


「今日はおやつ無いよ」


それを聞くや否や卯流は膝から崩れ落ち、両手を畳について四つん這い状態で落ち込んだ。

その後ろで辰歌よしかはそんな卯流を見て引いてるし、未夜みやは……うんいつも通り眠そうだ。


「……おやつの無い人生なんて、人生なんてー!☆」


卯流は顔を上げず、俯いたままただ叫ぶ。

そこまで言うか。

とゆーか実はそこまで落ち込んでないと思うのは気のせいかな。


「も~綾芽ちゃん~イジワルしないの~」


卯流の声を聞いて台所からやって来た丑瑚にたしなめられる。

それを聞いてか卯流がゆっくり顔を上げ、首を傾げる。


「ごめんごめん、ついついね。

 それじゃあ買い物行くから、ランドセルを部屋に置いてきちゃって」


私は立ち上がりながら小学生組へ荷物を置いてくるように促す。


「ん?ん?どゆこと?☆」


「実は、近くの商店街にスイーツのお店がオープンしててね。

 食材の買い出しがてら見てこようと思ってさ。

 それに今日の広告にこれが――」


そう言いながら私は3人に三枚の紙片を手渡す。

三人が不思議そうにそれを眺める。


「ふむ――これはその店の券かの?」


「……『1枚につき一品無料』」


「無料!無料だって☆」


未夜が紙片に書かれている文字を読み上げると、隣では目をキラキラ輝かせピョンピョンと飛び跳ねる卯流。


「儂は和菓子の方が好みなのじゃが……」


「辰歌っちはいらないの~?

 それじゃアタシが貰っちゃう――」


「いらないとは言ってはおらぬ!」


卯流が辰歌の持っている券を引き抜こうとすると、辰歌は素早く券を両手で隠し逃げ出した。

それを追いかける卯流、逃げる辰歌、二人は眠そうな未夜を中心にくるくると追いかけっこを繰り広げている。

その内バターでもできそうな光景だ。


二人がじゃれている光景をみて私と丑瑚は互いに顔を見合わせ、微笑んだ。





スイーツ店の前にあるベンチに座る私と小学生組の3人。

夕食の買い出しを終えて、今はそれぞれ思い思い選んだのスイーツ――クレープを堪能している。


「んー♪おいしー☆」


「……やみつき」


「ふむ、洋菓子だけかと思っておったが……和風なものがあるのは嬉しいのぅ」


3人に喜んでもらえて何より。

私はそれらの笑顔を眺めながら、コーヒーを飲んでいた。

そこまで小腹が減っている訳じゃないし。


「……綾芽姉ぇ、食べる?」


不意に未夜がフワフワ生クリームのクレープを私の目の前に差し出す。

一瞬私は状況が理解できなかった。

他の二人がそういった事をやりそうだったけど、まさか未夜がやるとは思わなかったし。


「……クレープ、嫌い?」


あまり感情の出ていない顔で、不思議そうに首を傾げる未夜。


「――嫌いじゃないけど……いいの?」


私が聞くと未夜は小さく頷く。

差し出されたクレープに少しかじりつくと、生クリームの甘さが口の中に広がる。

だけど嫌な甘ったるさじゃない。


「……どう、おいし?」


未夜が感想を聞いてくるので私は笑顔で、


「うん、美味しいよ。ありがとう未夜」


と返す。

すると――


「……どういたしまして」


そう言って微笑む未夜。

いつもは眠たげで無表情な事が多い子だけど、稀にこういう表情を見せられるとちょっとキュンとしてしまう。


しかしそれを見ていた辰歌が、


「……綾芽姉様、儂のも一口どうじゃ?」


焼きもち焼いているのか未夜と私の間に割り込み、あんこクレープを差しだしてきた。


「じゃあじゃあアタシも☆」


さらに卯流も悪乗りしてきて特盛クレープを差し出してくる。

私が苦笑していると隣の未夜がポツリ。


「……モテモテ」


その原因を作った本人が言うか、と思いながら私はそれぞれのクレープを齧っていった。




「……今日は色々あったなー」


あの後、眠いと言い出した未夜をおんぶし食材の袋は他二人に持ってもらい帰ってきた。

お陰でちょっと節々が……。


ちなみに今は夕食を終えて自室のベッドで横になって休憩中。

しかし申樹がみんなでゲームしたいと言い出し、皆それを承知した為この後ゲーム大会だ。


「んー……その前にちょっと風呂入ってくるか――」


と立とうとすると同時に、ノックが部屋に響く。


「押忍!遠西さん、準備ができたんで呼びに来ました!」


元気な午馳の声が聞こえてきた。

よくよく時間を見ればもうそんな時間だ。

……ぼーっとし過ぎだな私。


すぐにベッドから立ち上がり、ドアに向かう。

扉を開ければ午馳が笑顔で待っていた。


「さあ行きましょう遠西さん、皆待ってますよ!」


はいはい、と返事を返すと歩き出す午馳。

その後ろを私は付いて行く。


歩き出してからふと、ある思いが浮かぶ。


――こんな賑やかな日が続けばいいのに、と。


しかし私はかぶりを振ってその思いを振り払う。

だっていずれ、別れる日が来るのだから――

けれども、それまでは、精いっぱい、賑やかな日々にして、それを皆の楽しい思い出としていこう。


私はそう決意し、笑顔で皆の待つ部屋に足を踏み入れる――

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