23匹目・面と向かって言われるのは

「うー……ごめんね子音」


「ううん謝らないで綾芽おねーさん。

 綾芽おねーさんが元気になってくれればそれで……」


私はベッドに横たわりながら子音に謝る。

その子音はベッドの横で、今にも泣きだしそうな顔をしている。

……子音にこんな表情をさせるなんて『おねーさん』失格だな私。


「……ほら、そろそろ出ないと遅刻しちゃうよ?

 次は……絶対見に行くから、ね?」


私が微笑みながら促すと子音は小さく頷き立ち上がる。

そして私の部屋から出る間際まぎわ


「何かあったら連絡してね、試合中でもすぐに駆け付けるから!」


子音は振り返り、えへへと笑顔を浮かべる。

その言葉は凄く嬉しい。

嬉しいんだけど――


「……いや、試合に集中しなさい」


私がそう言うと子音は、えー、と残念そうな声を上げる。

なんていうか私が子音に連絡して、途中で帰ったせいで試合に負けたら申し訳なさすぎるし。


「でもまあ、うん、綾芽おねーさんがそう言うならボク頑張ってくるね♪」


サムズアップしながら子音は部屋から出て行った。


そして今この家にいるのは私一人だけ。

各々おのおのの所用――友人たちと遊びに行ってたり買い物とかで出払っている。

私がこんな状態で皆心配はしていたけど、気にしないで出掛ける様に言っておいた。


「……静かだ」


独りちる。

いつもだったらここに居ても誰かしらの話声が聞こえてくるものだけど。


頭の下にある氷枕の位置を直し、天井を見つめる。

体調を崩さなければ今頃子音の試合を見に行くはずだったのに。

そう思いながら次第にまぶたが落ち、意識が眠りへといざなわれていく――




数日前。


四月も末で明日から五月と言う日の午後。

私は乾いた皆の洗濯物を家の中へ取り込んでいると、


「綾芽おねーさん、今度の休みって暇?」


私の背中へ抱き着きながら子音が聞いてくる。

視線を後ろに向ければニコニコ笑顔の子音――と、不満そうな顔でこっちをにら酉海ゆうみの姿が。

私が子音に抱き着かれている事をこころよく思っていないんだろうな。


そんな事を考えつつも、


「今度のって、連休の初日?

 特に用事もないけど……何か私に用があるの?」


「うん!その日バスケの試合なんだけど、スタメンでボクが選ばれたんだー♪

 だから綾芽おねーさんに中学での初スタメン試合、見に来てもらいたいんだけど……」


上目遣いで恐る恐る聞いてくる子音。

あーもう可愛いなぁ。


「さっきも言ったけど特に用事も無いしね。

 お邪魔じゃなければ見に行くよ」


子音に向き直り、優しく子音の頭を撫でながら私は答える。

それに対し子音は満面の笑みを浮かべ、


「えへへ、やったー!

 絶対!ぜーったいに見に来てね!約束だよ♪」


再び私に抱き着いてきた。

しかし同時にぽん、と干支化もしてしまう。

子音にとってそれほどまでに嬉しい事なんだろうなぁ。


「……あちゃ~干支化しちゃった。

 そうだ綾芽おねーさん――」


何か思いついたのか子音はほんの少し私と距離を取り、


「指切りげんまんの代わりに、約束のちゅーして♪」


と言って目を閉じ唇を突き出してきた。

本人的には干支化も治せる名案だと思ってそう、いや絶対思ってる。

……それにこの光景を見ている酉海はまた険しい顔をしてるんだろうなぁ、と酉海の方に視線を向ける。


酉海は――全然険しい顔にも苦虫を噛み潰したような顔にもなってはいなかった。

ただ私と子音をじーっと見つめて――いや見守っているように思える。

私の視線に気付いたのか酉海はぷいっと視線を逸らし、明後日あさっての方向へ向いてしまった。


私が酉海の行動に首を傾げていると、


「どうしたの?綾芽おねーさん」


子音が不思議そうに声を掛けてくる。


「――んー……何でもない。

 ほら子音、干支化治すよ」


その声に子音は再び目を閉じ、唇を突き出す。

私は酉海を気にしつつも、その唇に優しく自分の唇を重ねる。

数秒。

ぽん、と治った証を聞いてから唇を離す。


子音は私とのキスの余韻に浸っているのか、自分の唇を指で軽くなぞっている。

少ししてから子音は我に返り、


「――あー……そうだ、宿題やらないとー。

 そ、それじゃボク行くねー」


慌ててこの場から足早に立ち去って行った。

用を思い出したかのようにしてたけど、多分急に恥ずかしくなったんだろうなぁ。


その場に残された私……と酉海。


「…………」


「…………」


酉海はただ無言でたたずみ、私を微笑みながら見つめている。

いやなんか怖いんですけど。

その上、一っ言も喋らないし。


――意を決してこちらから話しかけてみる。


「……酉海、さっきの事なんだけど――」


「鼠谷先輩はぁ、遠西さんの事がぁ本当に大好きなんですねぇ」


私の言葉を遮る様に酉海は口を開く。

……わざとかな、これは。

私が戸惑っているも尚微笑み浮かべる酉海。

一寸ちょっとを置いてから歩き出し私に近づくと、


「洗濯物取り込むのぉ手伝いますよぉ」


「あ、うん、お願い……」


私の隣に並び一緒に干されていた洗濯物を取り込み始める。

折を見てさっきの事を聞いてみよう、そう思って洗濯物を取り込んでいると――


「さっきのは仕方ないので見逃しましたが、

 今度私の目の前でしたらその口、ぎ落としますよ?」


酉海の小声が耳に届き、背中に悪寒が走る。

冷や汗を流しながら酉海の方へ向き直るが、酉海は柔らかい微笑みを浮かべたままだ。


「どうかしましたかぁ?」


微笑みながら小首を傾げる酉海。

今のは幻聴、かと思いたいが確かに隣の酉海から発せられた言葉だ。

……止めていた再び手を動かし、洗濯物を取り込みながら一言。


「……今更だけど、酉海って私の事嫌いみたいだね」


酉海はその一言を聞くと、先程までの微笑みが消え目を大きく開き私を見やる。

少しの静寂の後、酉海は満面の笑顔で――


「はい、私、遠西さんの事――大っ嫌いですぅ♪」


そう言うと洗濯物を抱え、家の中に戻っていった。

……笑顔でそう言われると、ちょっとへこむなぁ。

そんな事を思いつつ私も残りの洗濯物を取り込み、家の中に戻る――


しかし私は子音との約束を破ってしまった。


疲れでも溜まっていたのか、子音と約束を交わしたその日の内に風邪を引いてしまう事に……。




ぼんやりと天井を見つめていた。

寝ていたはずがいつの間にか目が覚めていた様で。


「……大嫌い、かぁ」


そこまで好かれてはいないとは思っていたけど、そこまで嫌われていたとはねぇ。

やっぱり子音が私に懐いているのが相当気に食わないのかな。


そんな事を考えながら時計を見る。

もう少しでお昼か。

氷枕も私の熱で大分だいぶぬるくなってるし、私自身汗であちこちぐしょぐしょだ。


「うーん……まだ体だるいけど……氷枕交換しにいかないと……」


朝よりか体調は良くなってきてはいるけど、動くのはまだシンドイ。

それに薬も飲まないと……こっちに置いとくべきだったなぁ。

まあ今家にいるのは私しか居ないんだし愚痴ぐちっても仕方ない。


緩慢かんまんな動きで掛けていた布団をめくり上げようとすると――


こんこん、と扉をノックする音。

それと同時に、


「遠西さん、起きていますかぁ?」


の声が……この声って。


「……酉海?」


私の声が聞こえたのか「失礼しますぅ」と言いながら扉を開け顔を覗かせたのは、やっぱり酉海だった。

――先程見た夢、というか先日の出来事が脳裏に浮かぶ。


「えっと、ど、どうしたのかな?」


まさか私に止めを刺しに――と言いかけたけど寸前で思いとどまる。


「いえ遠西さんに止めを刺しに――ふふ、冗談ですよぉ?」


私の考えを見透かしたように酉海が笑顔で言う。

……笑顔で冗談と言われても。


引いている私をよそに酉海がベッドに近づいてくる。


「ちょっと失礼しますねぇ」


そう言って私の首に触れ――ずに氷枕に触れた。

一瞬私の首でも締めるのかと身構えてたけど……それはちょっと失礼だったかな。

それから酉海は私、時計を見てから顎に手を当て考え込む。


少しして酉海が口を開く。


「ええーとまず氷枕の交換、それからお昼と薬、それから遠西さんの身体を拭きましょうか」


いつもの間延びしたような口調ではない酉海。

それにも驚くのだけども、それよりも――


「……どうして酉海がいて、私の面倒を?」


この時間だとまだ部活、子音の試合の最中だし、酉海はバスケ部のマネージャーのはずだ。

それに大嫌いと言った相手の面倒を見るなんて。


その言葉に酉海は顔だけこちらに向け一言、


「――鼠谷先輩に頼まれたので」

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