21匹目・春の遠西家のとある1日(2)

学生組を学校へ送り出し、私はくだんのお気に入りのアニメを一話から見返していた。

最終回を見る前にもう一回見るのが私流。

あと寅乃がいつ起きてくるのか分からないし、時間をつぶすのにも丁度良かった。


「ただいま~」


2話目が終わるぐらいに、玄関から丑瑚の声が聞こえてくる。

しばらくして丑瑚が私のいる居間までやって来た。

見ればうっすらと汗をかいている。


「おかえり。

 タオル用意してあるけど、それともお風呂入ってくる?」


テーブルの上に畳んで置いてあるタオルを指差しながら言う。


「ありがとう綾芽ちゃん~。

 タオルで十分よ~」


そう言って丑瑚はタオルを広げ、自分の汗をぬぐう。

それから一旦部屋を出て、しばらくすると小さい牛乳パック片手に丑瑚が戻ってきた。


「ウォーキングの後の牛乳って、も~格別よね~」


牛乳パックにストローを差しながら、笑顔で言う丑瑚。

ウォーキング。

最近丑瑚の日課となっている。

まあ日課と言っても始めたのは、辰歌の件が片付いた辺りなんだけども。


以前学生組が家を出た後、ふらっと丑瑚も家を出ていたのはこれだ。

なるべく私と顔を合わせないようにする為、だったのだけれども他にも理由があって――


「でもご飯を抜いたダイエットは駄目だからね?

 ちゃんと3食食べて――」


「んも~大丈夫よ綾芽ちゃん~。

 も~そんな事しないから~」


私がそう言うと丑瑚は苦笑しながら私の傍らに腰を下ろす。

まあ、そう言う事だ。


丑瑚は現在ダイエット中。

なんでも肉付きが、特にお腹周りがだいぶヤバイらしい。

そのせいか最近は他の子たち――辰歌とも風呂に入りたがらないし。


正直私から見て丑瑚自身、そこまで目立つような体形をしている訳じゃない。

むしろいい感じだ。

この前抱きしめた時なんかそれはもう、良い抱き心地で――それは置いといて。


「別に見た目変わってないしそこまで気にすることないと思うけど?」


「でもでも~ここまでぷよぷよしてるのは~考え物よ~?」


と言って丑瑚はTシャツをまくり上げ、自分のお腹を私にさらす。

私に比べれば確かにぷよぷよしているけど、それでも許容範囲だと思う。


「うーん……やっぱり気にするほどじゃないと思うけど。

 それにこのぐらいが丑瑚って感じがするし」


と私は晒されている丑瑚のお腹をぷにぷにとつつく。


「ひゃん!?……んも~綾芽ちゃんは~急にお腹触っちゃ駄目なんだから~」


ビクン!と体を跳ねあがらせた後、丑瑚は頬を膨らませながらこちらを可愛く睨む。

そんな丑瑚の頭を私は優しく撫でる。


「ごめんごめん、なんかつい触りたくなっちゃって」


「……も~……一言言ってくれれば触らせてあげるのに~」


拗ねたような感じで言うものの丑瑚は目を細め気持ちよさそうに撫でられていた。

……うん、次からは一言言ってから触らせてもら――


「じゃー触っちゃうよー丑瑚ちゃん♪」


「ひゃううううっ!?」


ぷにっと晒されていた丑瑚の脇腹を巳咲は勢いよく掴んでいた。


「――って巳咲!?」


そう巳咲だ。

私と丑瑚のあいだにいつの間にかしれっと入り込んでいる。


「ほうほう……これはこれは、中々の触り心地だねー」


「も、も~!蛇沼さん~!貴女には許可してませんよ~!

 た、助けて~綾芽ちゃん~!」


ひたすら丑瑚のお腹を揉みしだく巳咲に押し倒されそうになる丑瑚が助けを求めてくる。

私はその声で我に返り、


「巳咲いい加減にしなさい!

 丑瑚が嫌がって――」


「ふふ、かかったね綾芽ちゃん!」


止めに入るのに近づいた私を待っていた様で、巳咲はすぐさま私に飛び掛かってくる。

不意を突かれ私は巳咲に押し倒されてしまう。


「――は?」


瞬間、何が起きたか分からず視線を巳咲に向ける。

その巳咲は私の上着を胸の辺りまで捲り上げ、お腹をしきりに撫でまくっていた。


「はああぁ……意外と綾芽ちゃんのお腹、引き締まっててス・テ・キ♪」


恍惚の笑みを浮かべる巳咲。

しかし時折巳咲は撫でる力加減を変化させる。

それは指先でなぞる様に、それは掌でまさぐる様に。


「って、くすぐったい!離れなさい巳咲!」


「ああん♪」


私は巳咲の両肩を掴み、引き剥がす。

剥がされた巳咲は一旦私から距離を取るものの、視線はまだ私のお腹に定めていた。

それはさながら獲物を狙う獣の様で。


「ねぇ綾芽ちゃん?もっと触りたいんだけどなぁ?」


だ。

 それにそろそろ寅乃も起きてくる……どうしたの丑瑚?」


私が衣服の乱れを直そうとしながら丑瑚の方を見やると、丑瑚は――干支化していた。


「……綾芽ちゃん~、私も触る~!」


闘牛の様に鼻息を荒くし、私目掛け力強く抱き着く。

そのせいでまたも押し倒された形になってしまう。


「ちょ!丑瑚!落ち着いて!」


「んも~綾芽ちゃんも私のお腹、触っているんだし~私も綾芽ちゃんのお腹を触ってもいいでしょ~?」


「確かに触ったけども!でも今じゃなくて――」


「私も私もー♪」


丑瑚を引き剥がそうとする前に巳咲も乱入してきやがる。

流石に2対1じゃ分が悪いけど、どうにか二人の魔手から逃れようとしてみる。

しかし傍から見れば女性三人がくんずほぐれずの――


「おはよー、なんか騒がし……」


寝起きの寅乃がやってきて、目の前の光景に言葉が途切れる。


私や丑瑚はブラが露わになるほど上着が捲り上げられ、というか巳咲は着ていた上着をそこらに放り投げてるし。

さらに私の下のジャージ脱げかかっているし、丑瑚に至ってはスカートがめくり上がり淡い青のショーツと形の良いお尻が丸見えだし。


ちなみに私や丑瑚、巳咲も寅乃が入ってきた事に気付いて動きを止めていた。


「……あ」


固まっていた寅乃が再び口を動かす。


「……朝から3人でプ、プレ――」


言い終わる前に寅乃は顔を真っ赤にし、目を回して倒れ込んでしまった。


「ちょ、寅乃ー!?」


どうやら寅乃には刺激が強すぎたみたいで。




「はぁ……朝から刺激的で……」


朝食を終えた寅乃は出されたコーヒーにスティックシュガーを入れながら溜息を吐く。


「ごめんなさい~綾芽ちゃん、それに寅乃ちゃん~。

 なんかすご~く興奮しちゃって~」


申し訳なさそうに私と寅乃に頭を下げる丑瑚。

なお干支化は治療済みだ。


「むしろ寅乃ちゃんも混ざればよかったのに。

 そうすれば夢の4――」


「巳咲ちょっと黙って」


悪びれる様子も無い巳咲の口に、お茶請けのどら焼きを突っ込み黙らせる。


「さて寅乃も起きてきたし、アニメの最終回でも――」


「あれ?遠西さん、最初から見てたの?

 だったら私もここから一緒に見るよ」


さっきのゴタゴタで忘れていたけど見ていたアニメは流れっぱなしで、画面に映っていたのはアニメの4話目が始まるところだった。


「それじゃもう一回最初から――」


「ううん、ここからで十分。

 ……昨日の夜一回見てるし」


寅乃が最後ぼそっと小声で呟く。

私はその部分は聞こえなかったふりをし、


「そっか。それじゃここから一緒に見よっか」


そう言うと寅乃は嬉しそうに私の隣に移動してきてちょこんと座る。


「それじゃあ~私も~。

 綾芽ちゃんたちが~どんなアニメ見てるのか見てみたい~」


丑瑚もそう言って私の隣に。


「アニメも興味あるけど、綾芽ちゃんに興味あるから一緒にいるね♪」


さらに巳咲は私を後ろから抱きしめる様に――


「ってなんでそこ!?」


「だってー綾芽ちゃんの両隣取られちゃったしー?

 残るのはここぐらいしかないと思うけど?」


そんな巳咲に私は呆れ、少し思案する。

で、ある事を思いつく。

私は机を移動させてから、


「寅乃、ちょっと移動してもらっていい?

 んでそこに巳咲が座って」


寅乃はええーと不満そうに言うけど、渋々移動し寅乃が居た所に巳咲が座る。


「それで、私は遠西さんの後ろに――」


「ううん、逆。

 私が寅乃の後ろに」


と私は開脚して、寅乃に足と足の間に座る様ジェスチャーする。


「え、ふえぇ!?いい、いいの!?」


いきなりの事に寅乃が戸惑っていると、


「寅乃ちゃんには刺激が強いみたいだから、代わりに私が――」


巳咲が私の前に座ろうとする。

私がそれを制止しようとするけど、


「がうっ!」


寅乃が虎の様な咆哮を上げ、素早く私の前に座る。

座ってからも尚、巳咲にがるる!と威嚇している寅乃。


「はいはい、大丈夫だから。

 落ち着いて、ね?」


私が寅乃の頭を撫でてあげると、寅乃は大人しくなり私に背中を預けてきた。

両隣の二人は羨ましそうに見ているけど今回は寅乃優先って事で諦めてもらおうか。


かくして4人でのアニメ鑑賞会が始まった。

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