20匹目・春の遠西家のとある1日(1)

「……ふぁあぁ……ん~朝か~……」


目覚ましが鳴る少し前。

カーテンの隙間から微かに光が差し込んでいるがまだ辺りは薄暗い。

それでも寝ぼけまなここすりながらベッドから上体を起こす。

そこに――コンコンとドアをノックする音と共に、


「綾芽姉様、起きておるか?」


ドアを少し開け、その隙間から控え目に辰歌が覗き込んでくる。


「…………辰歌よしか

 辰歌がまだ起きる時間じゃない……はずだけど?」


まだちゃんと動いていない頭で辰歌を認識する。

スマホを見てもやはり辰歌が起きてくる時間じゃない。


「そうなのじゃが、今日は綾芽姉様にゆっくりしてもらおうと儂と丑瑚ひろこ姉様で皆の朝餉あさげを作りたいと思ってな。

 たまにはそう言うのもいいじゃろう?」


笑顔でそう告げる辰歌。



この前の丑瑚とのキス、もとい丑瑚の告白を聞いた翌日。

丑瑚は辰歌にキチンと謝りたいと、私を連れて辰歌の部屋へ向かった。

私を連れて行った理由を聞いてみると、丑瑚もなのだけれどもきっと辰歌も私が居ればきっと話がし易いだろう、との事。

まあ私を頼ってきているのだし、無下むげにできないよね。


辰歌はやって来た私と丑瑚に目を丸くしていたが、快く部屋に迎えてくれた。

辰歌の部屋は和風仕様で床には畳を敷き、小さなちゃぶ台に和箪笥わだんす、小さな本棚で構成されていた。

本棚の本は半分は時代小説・歴史小説でもう半分は時代劇漫画で埋まっていた。

……渋いご趣味で。


で本来の目的だけど。

小さなちゃぶ台に向かい合って座る丑瑚と辰歌、私はお茶と晴亀堂の羊羹を用意しながら二人の間ぐらいの位置に座る。


真剣な面持ちの二人。

そしてお茶を啜る私。


しばしの沈黙ののち、


「ごめんなさい辰歌ちゃん!」

「すまなかったのじゃ丑瑚姉様!」


二人同時に謝罪の言葉を述べながら頭を下げる。

その光景はさながらコントみたいで、私は少し吹き出しそうになっていた。

その二人も顔を上げ、お互いの顔を見て笑いあう。


そこから二人はそれぞれの心の内を吐露していった。

私は時折二人の言葉をフォローするように口を開く。

そのおかげか特に場が荒れる事も、剣呑けんのんな雰囲気になる事もなかった。

良かった良かった。



さて閑話休題かんわきゅうだい


「――そっか、じゃあお言葉に甘えようかな。

 お願いするね辰歌、あと丑瑚にもよろしくって伝えておいてね」


「分かったのじゃ。

 それでは綾芽姉様、また後でなのじゃ」


私の言葉に笑顔で頷き、辰歌は扉を閉めて去っていった。

辰歌の足音が聞こえなくなってから私は再び布団に潜る。


「……久しぶりだなぁ、ゆっくりするのも」


あの子たちを居候として迎えてから早数週間。

皆の朝食を作るためいつも誰よりも早く起きているので、こうしてゆっくり布団に潜るのも少なくなっていた。


少し前だったらお昼頃までゆっくりだらだら眠っていたんだけど……まあ、そうもいかないよね。今この家を預かっている身としては。

――だらだらと過ごしていた日々が懐かしく思える。


「それにしても、さっきの辰歌……可愛いな~」


眼を閉じ、先程の辰歌を思い浮かべる。

いつもの和服ではなく洋服、さらにフリフリのエプロンを身に着けていたのだ。

それらが一層辰歌の可愛さを引き立てている。

――おっとよだれが。


「……いいねえエプロン姿も――」


「綾芽ちゃんの裸エプロンと聞いて!」


私の呟きと同時位に巳咲が願望を吐き出しながら部屋に入ってきやがった。


「…………何しに来たド変態」


「朝だけど、・い♪」


テヘペロしてる巳咲をよそに、私は布団から出て巳咲に近づく。

巳咲は近づく私に何か感じ取ったのか後退あとずさる。

しかしすぐに巳咲の背中が壁に当たるが、私は構わず近づき――


どん!と巳咲の顔近くの壁に手をつく。

まあ所謂いわゆる『壁ドン』。


「――まあ綾芽ちゃんったら大胆♪」


いつもの軽口を叩くものの、巳咲は顔を真っ赤にし視線は定まってはいなかった。


「……前々から思ってたけど、巳咲って『受け』側になるの慣れてないみたいだね」


言いながら空いている手で巳咲の鎖骨から顎までのラインを優しくなぞる。

巳咲は体を震わせると同時にポン!と干支化してしまう。

それでも巳咲は、


「な、なーに言ってるのかな綾芽ちゃんは~。

 『攻め』も『受け』もいける私がそんな事――」


ちゅ

巳咲の減らず口を塞ぐように口づけする。

ポン!と干支化が治ってからも、数秒経ってから唇を離す。


「…………ふにゅう……」


巳咲は前と同じように目を回しながら尻餅をつく。

そして巳咲にキスして分かった事だけども、


「……お酒も程々に、ね」


大分呑んでいたみたいで、結構お酒の匂いが巳咲からしていた。

呆れながらも私は目を回している巳咲を部屋の外に引きずり出し、毛布を掛け台所に向かった。

――巳咲のせいでばっちり目が冴えちゃったからね。




「丑瑚、辰歌、おはよー」


そう言いながら台所に入る。

その声に振り返る丑瑚と辰歌。

二人とも驚いたような顔をして、


「も~もう少しゆっくり起きてきてもいいのに~」


「そうじゃぞ、あれからまだ少ししか時間が経っておらぬのに」


「いやまあ、……いつもこの時間に起きてるから目が覚めちゃってね」


巳咲のせいで、っていうのは伏せておこう。

そう思いながら台所に並べてある椅子に座る。


「私は朝食づくりしてる二人を眺めてるから気にしないで」


「……それはそれで気になるのじゃが」


「でも~綾芽ちゃんがそう言うのであれば~」


二人は少し顔を赤らめつつも、前に向き直り朝食づくりを再開した。

やっぱいいなぁ二人のエプロン姿は。


……ちょっと今脳内に『裸エプロン』の単語が浮かんでしまった。

さっきのキスで巳咲に毒されたみたい。

むしろ何かうつされたのかも。


「丑瑚姉様、御御御付おみおつけの味はこれでよいかの?」


「どれどれ~……うん、辰歌ちゃんばっちり~」


顔をほころばせる二人。

それを見て私も自然と笑みが浮かぶ。


「なんかさこうしてみると親子、ってよりも姉妹って感じだよね」


「も~綾芽ちゃん、その話は――」


「そうなのじゃ!」


丑瑚の言葉を遮り、辰歌が声を上げる。


「儂と丑瑚姉様は、時には喧嘩するかもしれない――でもとっても仲の良い姉妹なのじゃ!

 そうじゃろう、丑瑚姉様♪」


無邪気な笑顔で丑瑚を見やる辰歌。

辰歌の言葉に丑瑚は驚いた表情を浮かべていたが、すぐに微笑みに変わり頷いていた。

――目尻にちょっと涙が溜まっていたみたいだけど。


ほんと、微笑ましいなこの二人は。


「じゃが綾芽姉様の事は別じゃぞ!」


「ふふ~たとえ辰歌ちゃんでも綾芽ちゃんは譲らないわよ~」


私の事で二人とも不敵な笑みを浮かべ、火花を散らしていた。

……いやーほんと、仲がよろしい様で。

こっちに飛び火しない内に私は居間へこっそりと移動した。



「ふう……テレビでも見ながらゴロゴロしてよっかな」


と言いつつすでにそんな状態だったりする。


「あー、そういえば」


思い出したかのようにレコーダーの録画リストを開く。

ゴタゴタしてたのですっかり忘れていたけどあのアニメの最終回をまだ見てなかったな~と。


「うん、ちゃんと録画できてる。

 しっかし寅乃もこのアニメ見てたとはね~」


身近に同好の士が居てちょっぴり嬉しかったり。


この前――丑瑚たちとの酒宴の時、寅乃が私を訪ねてきたのはこのアニメの件だったみたい。

寅乃も見ていたのだけれども、やっぱりこっちに来る時にゴタゴタしていたせいか最終回だけ録れていなかったそうだ。

それで私の所に来たんだけど――あの有様で。


んでなるべく皆が居ない時に見たいとの事なので、寅乃が休みの時に一緒に見る約束を交わした。

まあそれが今日なんだけどね。


「遠西さん、おっはよー」


「わぅ……おはようございます遠西さん」


確認を終えて録画リストを閉じていると、申樹しんじゅ戌輪しゅわが挨拶しながら居間に入ってきた。


「二人ともおはよ。

 ……戌輪、まだ眠そうだけど」


「わぅ……申樹ちゃんに付き合って……レアドロップ掘りを……」


小さくあくびをしながらそう答える戌輪。

それに付き合わせた本人しんじゅは明後日の方向へ向き、吹けていない口笛を吹いていた。

その様子を見て呆れながら、


「全く……夜遅くまでゲームするのも程々にしなよ?

 何のゲームかは知らな――」


「いやこれが面白いのなんの!

 操作方法も難易度もストーリーも絶妙で――遠西さんもぜひぜひぜひ!」


目をキラキラさせながら顔を近づけてくる申樹。

戌輪に助けを求めるような視線を送るけど、戌輪は目を伏せ諦め顔で首を横に振っていた。


「……考えておく」


そう言葉に出すのが精々だった。

とりあえず二人に顔を洗う様、洗面所へ向かわせまた一人居間でゴロゴロしていると。


「綾芽おねーさん♪」


トコトコと駆け寄り抱き着いてくるいつもの子音。

その後ろには酉海が微笑みながら立っていた。


「おはよ二人とも」


「おはようございますぅ」


「綾芽おねーさんおはよー。

 それと――おはよーのチュウ♪」


挨拶の言葉と同時に私の唇に口づけする子音。

毎朝の事だから慣れたものだけど、今日は酉海が居る――


「――ちっ!」


子音の後ろに立っていた酉海がものすごい形相で小さく舌打ちする。

私が見ている事に気付いたのか酉海はすぐに微笑みの表情に戻した。


「あのぉどうかしましたかぁ?」


「……もうすぐ朝ご飯になるから、顔洗ってくるといいよ」


「ええ、そうしますぅ。

 行きましょう先輩♪」


そう言って酉海は名残惜しそうな子音の手を取り、居間を出ていった。

……今度から子音には酉海が居ない時にチュウしてもらおう。そうしよう。

その内、後ろから刺されるかもしれないし。


そう心に誓いながら、私は丑瑚たちの手伝いをするために台所に向かう。

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