少女アガペー
佐竹六花
少女アガペー
神様の愛。神様の声。聖堂に讃美歌。神様へ幸せを乞う。愛を乞う。真実の愛を乞う。自由を乞う。
-あなたを乞う。
讃美歌を歌い終えたら、禊の時間までは好き勝手にあそびます。まだ、6歳になったばかり、修道女の私の一日の話です。姉様達はまだ神様にしなくてはならないお祈りがあるのだそうです。でも、今の私には考える必要もないことですから、一番の親友を誘って、芝生を走るのです。青い空はどこまでも終わりなくて、蝶々なんかもヒラヒラ飛んでいたと思います。彼女はとても聡明でしたから、沢山のことを私に尋ねてきました。
「私達はいま世界のどこにいるのかしら?ここの外はどうなっているのかしら?」
外の世界だなんてあるのかと思います。いえ、なくても何らかわりないのです。私は彼女と遊べたらそれでいいのですから。なにも言わずにニコニコしていれば、彼女は考えるのをやめて、たちまちまた、遊び始めるのですから。
「マリア、あなた日だまりみたいね。」
そんな日々が続かなくなることはどこか感づいていたのですけど。
私はまた彼女といました。
「マリア、私達は一体何をしているのかしら?
誰のために祈っているのかしら。」
知らないとは言いません。昔のように微笑むだけです。そうすれば、彼女がその永久に答えのない問いを問い続けることはなくなります。でも、最近はとても素っ気なく私の側を離れていくのです。寂しくてしかたありませんでした。彼女は他のお友だちと楽しく話ながら行ってしまうのですよ。私にはそれはできません。だから、毎日お祈りをしました。皆が寝静まったら、一人で起き上がって、大聖堂へいくのです。道中、たかが囲いのなかでも続いている芝生と夜空を見ると、もっと寂しくなります。だから、私は走りますが、それもまた寂しさを喚起させるものに他なりませんでした。大聖堂に入ればそれは薄れて、私の心に願いは溢れかえります。
「どうか、アイーダがもっと優しくしてくださいますように。」
その日は嫌に静かだと思いました。いえ、一人ではない気がして、潜在的に警戒していたのかもしれません。突然偶像の陰から人が現れました。
「アイーダ…」
「マリア、貴方は誰のために願っていたの?それは、私達の神様のためかしら?」
「わからないわ。私、寂しくて…それで、御願いしていたのよ。」
アイーダが近づいてきます。私は膝をついたままの状態でアイーダを見上げたのです。ああ、アイーダあなた、とても綺麗。色の浅黒い子でした。でも偶像に指す月明かりでそれが綺麗で、私は動けませんでした。気の強い所はいつまでも変わらないのね。
「私は最近、外に出たいと願うようになったわ。」
並べられた木の長椅子に脚を組んで座る。アイーダ?あなた、そんなに傲慢じゃなかったじゃない。その成りは…出で立ちは修道女でも内なる貴方は?
「あなたと私、同じ。」
あなたと同じならそれ以上のことはないわ。嬉しい、私。
「愚かで、傲慢で、汚れているわ。神様の前での話よ。それが赦されない立場だというのにね。」
何言ってるのよ。私は…アイーダ、日溜まりみたいっていってくれたじゃない。
「そうならばそうではっきりしてしまえばいいわ。その方が善いのよ。でも、ここに関しては貴方は私と全く違う。貴方は悪いわ、そうやって自分が清純でウツクシイと思っているでしょう?それに私をも重ねて、同じだなんて、今の私には虫酸が走ることなのよ。」
真っ白になりました。アイーダの言うことがわからないのです。
「私達の義務が神に祈ることなら対象は神しかいないわね。私達、世間から期待されて見放された憐れな奴隷なのよ。でも、それは清純でウツクシイからってだけの理由から来ているわ。なら、さうでなくなれば、私達に課せられた期待と見放されの義務は消えてしまうのよ。」
一気に捲し立てるのね。私、初めてあなたについていけないみたいよ、アイーダ。急に悲しそうね。
「…簡単なことなのよ…正直に生きたいわ。足枷を外したいの。幸運なことに私達はそれを自分で外すことができるわ。自由って言葉があるのよ。好き勝手やりたいじゃない。昔、遊んだでしょ?その時に戻りたいと思わない?いえ、あれ以上に楽しいに違いないわ。もっと、翼が軽くなって、無理に羽ばたかなくても宙に浮くことができるのよ。制限がなくなるんですもの。物理的な障害はこの手で同じく物理的に除くことができる。ねぇ、でも、それと真逆の心的障害は気づくことでしか除けない。裏を返せば、気づけば除ける。でも、なかなかそんな人はいないのよ。ある程度は固定観念にとらわれて障害を終えてしまうのよ。でも、私達は気がついた、いち早くよ!!まだ17年しかいきていないわ。これからどれだけ長い歳月が待っていると思っているの、マリア。早く抜け出しましょう、私達だからできるのよ!」
涙を含むアイーダがなんだか嬉しそうです。ごめんなさい、あなたが言っていることわからないわ。
「またやっぱり、そうやって私から逃げるのね。」
なんて悲しそうなの。私は貴女を知りたいだけなのに。
外に出るってどういうことでしょう。私はここしか知りません。外があるのかないのか、そんなことは考える必要もないほど満たされているわけなのです。でも、確かに柵はあります。大きな壁が見えたような気がします。それだって外に憧れることはありません。アイーダ、彼女がいれば私の世界は救われます。でも、それなら何故私は祈るのでしょうか、願うのでしょうか。アイーダにそれ以上を、存在以上を望むのでしょうか。そして、その欲望の天井は一体どこにあるのでしょう。こんなに瞑想したのは初めてなのです。アイーダが出ていくなんて知らないで。
朝起きれば、同室のアイーダのベッドが空になっていました。ずいぶん早起きなのね。いつもは、私の方がずっと早いのに。でも、礼拝堂に朝の禊に行くのですが、そこにも、大聖堂でのお祈りにもアイーダは姿を現しませんでした。
アイーダは私に言ったことを実行したのだと悟るには、対して時間はかからないことです。彼女は出ていった。この、教会から、生け贄小屋から。私は知ってしまいました。
アイーダの言う清純な美しさは身体のことでした。なにも知らない無知なこの身体。清廉で潔癖、それこそがこの世界に望まれるものでした。quart「清廉さと潔癖は望まれる贈り物。なにもしらないことの美しさ、空の私を神は愛します。」unquart.これは、私たちがお祈りで読み上げるものです。聖書なんていわれていましたが、実際は売られていく私たちの心構えでした。
古い紙が私の手元に沢山。ここはシスターの秘密のお部屋です。アイーダは私を諦められなかった。ヒントを残していきました。私は貴方を追うつもり。ならば、知らなければならないでしょう?どれだけ禁忌でも構いませんでした。夕日が差し込んで埃がチラチラ舞っている。オレンジにキラキラして、なんだかダイヤモンドの欠片のようですが、実際は悪魔の粉のようです。シスターはシスターではないし、神は神でもありません。人間の扱いを受けなくなるわけでもないです。愛されるのもわからなくなるほど愛されるのです。知らない、触れられたくない、獣たちに。恐ろしくててが震えます。アイーダ…貴方は自由の鳥ね。絶対帰ってきてはいけないわ。私がおっていく。だから、その翼を撃たれることも、折られることもないように。
お祈りの時間。私は背筋が寒くて寒くて、シスターの見張るような視線。教えてくれたことはすべて私たちの固定観念、先入観、そう、イドラの形成でした。
「神は私たちを幸せにする。美しいことの他に幸福を手にいれるすべはない。全ては、すべての少女は服従し、それこそが幸せである。神がお前に触れること、それが至極の幸福である。」
*
「獣達は私たちに快楽を与える。清廉潔癖なら最上級の遊戯を。すべての少女は奴隷となり、それこそは支配である。獣が私たちを貪ること、それが私たちの脳を犯す‘至極の幸せである’。」
これこそが真の意味なのよ。マリアは全く気がつかなかったみたいだけど。玩具になるって、信じられなかった。処女そこ、求められた生け贄だった。お国柄、しかたないのかもね。それでも、どれだけの乙女が死ねない死を味わっているんだろうか。それも、エンドルフィンでわからなくなったのだろうけど。20になれば私たちは死ぬ。私達は門出を喜ぶ。でも、いった先は敵国の奴隷収容所。性奴隷、それは私達の仕事。私達が生まれる少し前からこの歪んだ貢ぎは行われていたらしい。
-シスターの秘密の部屋で知った秘密
ただ、少女たちを捕まえて輸送するのでは、満たさせない。抵抗されると面倒で、怪しまれる。国民の知らないところで行われていたことみたいだった。でも、ある年にとんでもないことが提唱された。
「宗教は膨大な力。つまり、信じることは無敵である。己を信じて疑わないことを利用すべきだ。修道院と名付けて処女を育成すべき。相手への崇拝と清純が、支配感と優越感を生み、満足させる。その為だけの赤子を生ませよう。その為だけの施設を作る。私達が国を守るためだ。」
それでできたのが私達の修道院。生まれたときから生活してきた。優しいシスター、輝かしい乙女の花園だ。でもそれは広い箱庭で、何よりも汚ならしい目的のために存在する、汚れた空間だった。私が逃げ出して、誰かが焦るだろうか。みんなを助けるほど善人には育ってない。育成は失敗なのよ。信じたりしないわ、もう何も。
今は酒屋で拾ってもらった。あんまり不自由ない。お酒を運んで「いらっしゃい!」って言えばいいわ。笑ってればいいし、咎められたりしない。自由だと思う。私の望んだもの、これなのよ。それでも、なぜか空しくなるときがある。ママが「あんたはあっちいきなっ。」ってブクブクふとった手を忌々しげに振るう。あれ、私何を求めていたのかしら、わからなくなるときがあるのよ、マリア。外の世界が自由なのは私が箱庭にいたときだけだったかしら。もうだれも教えてくれないわ。マリア、その日溜まりは、いつまた私の前に現れるかしら。
※
今、どこにいるの、アイーダ。自由は手にいれた?私は勇気がだせないの。何時も貴女に寄りかかってたみたいなのよ。いまはね、心が空虚なの。私の身体は私のものではなくなって、私自身が消えてしまう未来みたいね、アイーダ、貴女のお陰ですべて知ったわ。不幸なのよ、とっても。揺れる短い芝の草。燃え尽きていってしまう星。貴女はこれを見ていたのね。朝には白鳩が空を飛んでいたわ。貴女が求めていたものなのね。最近、こんなことを思うわ。貴女に捧げようなんてね。貴女が愛しくて仕方ないの。セピアの写真を見て、何時もため息が出る。胸が苦しくなるわ。何時も貴女ばかりよ。貴女に知ってほしいの。私の中も、全部よ。一度私を知ったら、私は自由になる気がするわ。私は拘束からとかれる、貴女を手にいれることで。でも、いなくなったんですもの、わたしどうすればいいの。
驚くべきことが起こりました。アイーダが顔をだしたのです。シスターに気づかれないような、夜でした。
「マリア?」
心が満たされなくて、芝生の上にいたんです、そしたらね、声が聞こえたから驚きました。
「アイーダ!」
アイーダは人差し指をそっと口に当てました。その唇がなんて柔らかそうなことか。釘付け、いつもみたいよ。
「マリア、わたしの自由がなにか分かった気がするの。」
深刻そうにお話しするのね。何かあったのかしら。
「馬鹿だった私、気付くだけじゃなんにもならないわ、別のことに気がつかなければならなかった。」
聞きましょう、貴女を知りたいの。今度こそ教えて。
「外に出れば自由。囲いの外は必ず自由だと思ってた。でも、知らなすぎたわ。自由が必ず、解放ではない。自由は満足から生じる。知らないことが多いと、逆に縛られたような気がするわ。満たされてるから貪欲になってたのよ。そう貪欲になれることが、自由の証拠だったの。つまり、私は貴女がいることが自由よ。」
「私もよ、アイーダ。私はアイーダのものになりたい。それな貴女の自由なら。」
人はある程度の囲いと、愛するものがあれば、それで自由だと思います。しかし、そのなかに欲望を産むのは性かもしれません。シャツのなかに伸ばされたアイーダの腕を少なからず拒もうとする私がいます。欲まみれの存在になりたくはないですからね。それでも、求めてしまう。
-愚かなもの
少女アガペー 佐竹六花 @hotaru0106
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