第7話 友達じゃなくて戦友

「異世界転生やら転移はしなかったのか、ざんねんなこったな」

 口から肩まで薄い火傷跡に覆われ寝ぼけたような表情のそいつはそう言い放ち高そうなゲーミングチェアにふんぞり返る。

 元は白かったのであろう壁はヤニに黄色く彩色されセピア色になっている、男の瞳も薄く緑がかった瞳孔を除けば黄色がかっている。

 退廃的な人間が住む、退廃的な部屋。

 言うなればそこはゴミ屋敷。山盛りの灰皿に、積みあがったカップラーメンの容器、コンビニ袋に纏められたティッシュのゴミ、ガートル台と点滴袋。

 しかし、そこは人間生活復帰前の田中の部屋とは違い塞ぎ込んだ感じではない、カーテンを閉めることもなく、交通量の多い大通りを臨む窓は開け放たれ宙を漂う埃が光る。どちらかといえば『終わった』ことを認めているような、間延びした程よい終わりを体現したような住処。

「んで、そこにいんのはお前と一緒に幼女誘拐を企てて逃走しているキモオタか?」

「だからちげーって、キモオタなのは確かだが誘拐はしてない」

「合意の上か、たまげたなぁ」

 火傷男は書類の散らばった机の上に足を投げ出す。

「だから「世の中いろいろなことがある。まあロリの一人や二人囲っても問題ないだろう」

 勢いよくタバコを吸った火傷男は言葉をもう一度投げようとする田中を制した。

「まーまー俺とお前の仲だ偽造パスポートの一つや二つ、用意してやらんこともない」

「あーもういい。今日の用事はそういう非合法的なことじゃねえちょっと身元捜査を頼みたい」

「惚れた女でもできたのか?」

「だから俺はあんたの中で俺はどんな人間なんだ」

 田中は幼女二人と成人男性一匹を置いてきぼりにして男と口論する、自分は幼女誘拐犯ではないと必死に否定する田中に対し男はニヤニヤ笑う。

「信じられる話じゃねえよー。だってよぉ、ソシャゲで大損ぶちかましてたら女の子が現れてお前の世話をしだした? んなんよぉ、やくでもやってるみてぇじゃねぇか。んでもガキはいるし笑っちまう、んだそのガキ、てめえの娘にそっくりじゃねぇか」

「おじさん性格悪い、ばーか!」

 笑っちまう、とは言っているが全く笑っていない火傷男の男をいつの間にか机の上に乗っかっていた一華が叩く。

 男は、んぉうふ! と小さな断末魔を上げてくの字に机からフェードアウトしていった。

 ざまあみろ馬鹿。

「一華、今回は怒らないけど初対面のおじさんの股間を狙っちゃ駄目だ」

「なんか雰囲気的に初対面って感じしなかった」

「こいつより俺のほうがマシだ」

「というかどんな考えがあってこんなところまで逃げてきたの?」

「考えというより、もしあれがあいつの能力? だったらあんまり人の多いところでは発動できないだろう」

「あー家はマジで惜しいけどしゃあなし」

 田中は中々復活しない男が心配になって机に近づこうとして、あと机まで一歩というところで立ち止まる。

 バシャンと、脂っこい汁が舞った。

「ガキくらいちゃんとしつけろ馬鹿!」

「ガキに馬鹿って言われる大人にあれこれ言われたくないね馬鹿」

 バーカバーカはずしてやんの~と小躍りする田中と机の上でニヤァと笑う一華。どっちもどっちだろう。

「あーもういい、経緯はわかったからさっさと消えろ馬鹿共、情報が少ねえからちょっとかかるかもしれねえけど、まっとれ」

 ホテル、取ってあるから。と男は田中にメモを渡した。

「田中殿は、とてもいいひとで御座る」

「どしてだ?」

 数日分の日用品を買い込んだ後のホテルまでの道すがらなんだかしみったれた空気を醸し出すオタクが助手席で口を開く。

「小生の事をちゃんとキモがって……けれど、邪険にはしないでいてくれるで御座る」

 そんな事ねえよ。と、田中は呟く。

「お前は俺を必要以上に探ろうとしない」

 あと、

「俺はお前に興味がないだけだ。それにお前見たかんじで分かるからな。絶対いじめられっ子だし、ちゃんとオタクだ、てかお前、電化製品へのこだわり強すぎるんだよ、スマホの充電ケーブルなんて充電できりゃいいだろ。ブランドだのタイプだのこだわるなよ」

 これだから非童貞はやれやれ、とニートは掌を上に向ける。

「安ければ何でもいいじゃん、とか芸能人が使ってるから~とか、パッケージに○○に最適とか書いてあるから、とか言って騙されて買うのは馬鹿のすることなんですよ。令和最新版にも騙されてそうですよねw、何を考えて令和最新版を買うのですか? 確かに令和最新版にいい物もあるかもしれませんがw何も考えず消費するだけ消費して、田中さんも何ですか? 急速充電の概念も知らずに、『っぱアンドロイドはだめだなぁ』だの『アンドロイドアンチ』だの気取っていたんですか、小生マジでびっくりですよ、非童貞ほどそういう人が多「カーッペ」

 突然窓を開け放った田中はあからさまな音を出して痰を外に吐き捨てる。

 沈黙。

 いつもはうるさい子供二人も後部座席でお互いにもたれ合って寝ている。

 柔らかい、暖かい、いい匂いのするであろう二人は夕日に照らされ紅葉色だ。

「さっきの男は金弥、探偵というか……、……なんでも屋?」

「いきなりなんで御座るか……」

 語尾の戻ったキモオタクは困ったように田中を見つめる。

「だってお前、金弥の所いるとき全く喋らなかったし、なんか置物みたいだっただろ。車に置いてきたかと思って焦ったぞ」

「いや、小生、ああいったタイプの人は初めてで」

「俺もああいうタイプだろ」

「ちょっと違うので御座るよ。柄が悪いというか……」

「お前、結構育ちいいよな」

「……ま、まあそれなりに」

「まあ実家が金持ちじゃなきゃ遠方ニートなんてできねえ」

「い、一応在宅ワークとかはしてたで御座るよ……」

「あー働いてたとか無理して言わんでいいから、あと俺の友達ああいうのばっかりだからよろしく」

 ニートは初っ端から金弥の家の汚さにビビっていたし、ヤニとカビの染みついた臭いに鼻をつまむでもなく我慢していた。

 それだけでも何となく育ちというのはうかがえる。

『よろしく』

 という言葉にニートの表情が少し緩んだ。かわいいところもあるじゃねえかと思ってしまった。

 金弥がとってくれたホテルにつくと熟睡状態の文香を抱っこし、一華を起こして背負う、ニートには荷物を持たせチェックイン。

 金弥の手回しなのか特に怪しまれることはない。

「あの人、マジでなにものなので御座るか?」

 特に怪しまれていないのに、人目を気にしながらキモオタクは囁く。

「腕利きの探偵という情報しかわからないが、なんか……ああ、あいつは多分八割くらい人間じゃないと思う」

 上昇し続けるエレベーター機械音と文香の吐息。誰かが乗り込む気配もない。

「小生、田中さんを友達にしたいので御座るが、いいで御座るか?」

「友達にしたいってどういうことだよ」

「この奇妙奇天烈な状況で友達はないだろう」

 え、とキモオタクの顔が悲しげに沈む。

「友達じゃなく戦友だ」

 目的階です。間の抜けた機械音声、扉が開く。

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