第4話 「なくて七癖、あって四十八手ってことわざあるじゃん」

「――やっと見つけた」

「たぶん人違いだと思うので」

 バタンとドアが閉められた。


 少女の来訪。それは、ほとんど死人みたいな生活をこの部屋(墓場)で送っていた死人こと田中をゾンビとして蘇生するには十分な理由になった。ここ一週間、部屋の片づけ、ゴミ出し、その他少女の生活用品仕入れ等々、田中は普通の人間みたいに生活していた。というか普通の人間よりも動き回っていた。

 なにせ少女は田中が動かなければなんでもかんでも勝手に進めてしまうのだから。相手は中学生にもみたない背格好の少女、その少女が『田中の汚した部屋の片づけ』、『田中の食事作り』、『田中だけが使って一切掃除しなかった風呂の掃除』、『一年以上放ったらかしの引っ越しの荷ほどき』、『田中の股間いじり』なんてやり始めてしまったのだ、流石に田中もいつものように倦怠感に任せて横たわっている気にもならなかった。

 おかげで部屋はすっきり、まるで新築のようだ。

「田中、さっきのなに?」

「知らん人だった、どうせ宗教勧誘だから放っておけ」

「ふーん、でもそれほんとに知らない人? 近所づきあいのない田中の事だから田中が認識してないだけじゃない?」

 少女の手が田中に伸びる、自然な動きだ、小突くのかと思いきや手はいつもの所に伸びた。

「失礼なこといいながら、股間を撫でまわすんじゃありませんよッオ! もう!」

「つい癖で」

「やな癖だなぁ」

「なくて七癖、あって四十八手ってことわざあるじゃん」

「四十八手は体位だよ、四十八癖な」

 ドンドンドンと、玄関ドアが叩かれた。

 かなり強め、怒っているのは明白だ。

「ほらー田中ぁ絶対宗教の人じゃないよぉ」

「でもドア叩いてるってちょっと怖くない? でなくてよくない?」

 そう、わざわざ玄関チャイムを押すわけでもなくドアを直接叩く奴が迎えるべき客ではないことは子供でも分かる。

 数分無視したが音は鳴りやまない。

「なにぃ、田中もしかしてトイチで借金とかしちゃってるのぉ?」

「ちげえよ、お前俺の口座に金があるの知ってるだろ」

 ったくめんどくせえなぁと田中は玄関に歩を進める。ペタペタと、つい一週間前まではゴミだらけで歩くたびにカサカサなっていた廊下を歩く。

 少しだけ機嫌がよさそうだ。

「掃除してよかったでしょ」

「まあな」

 なんだかいい感じの雰囲気である。

 しかし、

 小生を放っておいて性技がどうだとか何言ってるので御座るか~! とかなり昔のオタク言葉が響いた。

 雰囲気は一瞬でぶち壊しだ。

「絶対でない方がいいだろ」

 田中が振り向き一華を確認する、困った顔をしてコクリ、と頷いた。

「でもさ、田中。出なかったらご近所に悪評が立つよ……、これ以上悪評たったらここにいられなくなったりしない?」

「それもそうか……」

 と、田中はドアノブに手をかけてまた振り向いた。

「わかってるよ。『その可能性もあるだろ』って言いたいんだよね。わたしが守る」

 一華は田中のもとへ小走りで近寄る。

 まあ、案の定『その可能性』であったのだが。

 これはそんな警戒しなくともよかったパターン。

 特に敵意のない様子で訪問者は磨き上げられたフローリングの上に正座する。

「小生、脂身好夫よしお。29歳童貞で御座る」

「小生、田中真一。28歳非童貞で御座る」

 ムキ―――――――――!!!!!!!!!!!!!!!!

 猿のように牙を剥き、脂身好夫は正座のまま飛び上がった。奇異な光景である。

「お兄ちゃん、落ち着いて事実を受け入れていくら猿みたいに怒っても誰もお兄ちゃんと四十八手組んでくれないし、それどころかみんな去っていくよ」

 雪ウサギのように白く、赤い目をした少女はフォローなのかフォローじゃないのかよくわからないことを言いながら好夫を宥めた。

「で、好夫はどうしてうちに来たんだ? 怨恨? 非童貞狩り?」

「ど、どちらも違うで御座るよ……。小生、どんな人間に見られているので御座るか……?」

「”そういう”人間だよ」

 暫く、二人の間に気まずい空気が流れた。

 好夫の隣に座していた少女が、肘で小突いた。ねえ、お兄ちゃんと。好夫はそ、そうで御座るな、いつまでも黙っていたら始まらないで御座るな……。

「田中殿、率直に聞くので御座るが、田中殿は……「ああ、無敵の人だ」

「そ、そうで御座るか。田中殿にお願いしたいので御座るが……。小生をピーチにしてくれぬで御座ろうか?」

「お前はピーチじゃなくてチェリーだろ。俺は男の童卒に付き合えんぞ」

「いや、小生今、ちょっと他の無敵の人に狙われているので御座る……幾度も誘拐されそうになって実質ピーチ状態なので御座るよ……」

「誘拐されそうになるたびに逃げきれているなら別にいいだろ、ピーチはいつも誘拐されてんだぞ」

「よっしーがどうなろうがべつにどうでもいいけど、なんで誘拐されそうになってるの、というかどうしてうちがわかったの?」

 一華の一言に好夫は『あーやっぱりみてなかったんでござるね~』と弱弱しく呟く。

「それには深いわけがあるので御座るよ……。小生が田中殿を特定できて尚且つ毎回誘拐から逃げきれている理由が……」

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