第2話 無敵の人罪とその償い方。
「マジで大丈夫なの田中?」
意外と大きい田中の瞳がパチリと開く。若干贅肉の付いたこの男は痩せたらカッコいいと言われるタイプだろう。
その瞳が少女を捉えた瞬間、光速の後ずさり。
「いやそんなに後ずさりしないでよ、わたしちょっとへこんじゃう」
焦げたフローリングの臭いが部屋に充満した。
「これ絶対退去費用やばい……」
「きにするのそこなの田中、もう目の前の美少女から注意がそれちゃったの田中? というかケツ圧高すぎない!? ほんとに焦げてる!!!」
「お、おま、おまままま、まッ!?」
田中のケツ圧(尻圧)の高さに圧倒される美少女を端に、田中はもう一度股間に伸ばす。
「ちょっ、マジ、田中! おちんちんいじめちゃダメだって! 田中頭がおかしいよ!? 赤ちゃん作れなくなっちゃうよ!?」
「赤ちゃんか、」
と、途端に驚きに満ちていた田中の表情は曇り、肩を落として、そして自嘲気味にその目線をタバコの吸い殻が溢れた机の上に向けた。
伏せられた写真立てと、小さな壺二つ。線香ではなく無数のタバコの灰が供えられているが、その二つは誰かの死を表している。
「あ、そうだよね……ごめんなさい」
「これは、現実なんだな?」
『現実』という言葉に、沈んでいた少女の顔はパッと明るくなった。
「うん、現実だよ田中!」
「さっきから田中だの、28歳だの、歩くときは背中を丸めるだの、怒りは元気だの散々なことを言ってくれているが……それに俺の事情もすこし知っているみたいだが、お前……どこから来たんだ?」
「それはわたしもわからない」
少しだけ悲しそうにそう言った。
「けど、田中は無敵の人だよね。だから田中には無敵の人罪があるの、それが理由でわたしがここに派遣されたんだ」
聞きなれない言葉に田中は首を傾げた。
「無敵の人罪……?」
「うん。無敵の人であることの罪。田中、無敵の人じゃん? それによる罪」
「なんだよその罪、なんかディストピアみたいで笑えるな」
「田中はさ、考えたことないの?
――もしかしたら、ここは地獄じゃないか? とか」
暫くの沈黙が流れた。
やがてゴミ山から呟くように声が聞こえる。
「……まあ、あるが、というか常々そう思ってるが……でもそれとその、無敵の人罪に何の関係ある?」
「もしかしたら、田中は無敵の人として『計画』を実行しちゃったんじゃないかな?」
少女は、田中の擦った焦げ跡に沿って距離を縮めた。
田中の汚い顔の前に端正な少女が迫る。
大きな瞳に見つめられ田中は目を反らす。
「そんなこと、ないだろう」
だって、
「「あの戸棚の中に、アレがあるから」」
「「それにアレを実行していたら俺はここにいないだろう」」
田中は気味の悪いものを見るような顔をして少女を見つめた、少女は薄ら笑みで見返した。
「そんなことが、ここが地獄じゃないってことの証明になると思ってる?」
「じゃあ、ここが地獄だっていうのか?」
「そんなこと、教えられないよ。言ってみただけ」
「じゃあ、どうすればいい? その無敵の人罪っていうのは罪というからには晴らし方があるんだろう?」
「まあ、あるっちゃあるけど。大変だよ?」
「どんなふうに?」
「人を殺さないといけないの。でもあなたずっとそうしたいっておもっていたでしょ? だから難しいことじゃないよね?」
田中はもう一度股間に手を伸ばした、そして少女に止められた。
「それ何度やっても結果は変わらないから。目覚めたら目の前にわたしがいる。それが結末。わたしから、罪から、現実から、あなたが地獄と思う世界からにげないでよ」
田中は途端に恐ろしくなった。
この状況が心底恐ろしくなってしまった。
目の前に知らない少女が現れ、その少女は自分のすべてを知っていて、尚且つ、おかしな難癖をつけて殺人教唆までしてきたからだ。
「じゃあ、どうすればお前は消えてくれる?」
消えてほしい。と思った、この状況からどうやっても逃げたいと思った。
「あなたが死ぬまでわたしは消えない」
「これはそういう罰だよ、田中。田中は、わたしを殺さないために、殺していい奴を殺すの。もちろんそいつも無敵の人だけど」
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