第1話 SSRとキモ男
男は、ボソボソとつぶやきながらスマホを触る。
「クソ、クソ、……」
スマホの画面は薄暗い部屋の中チカチカと光っている。
「5万も課金して出ないなんて、バカにしてんのか……俺はお前のATMじゃねえんだよゴミ」
ワンルームの部屋、床に散乱するペットボトル、ゴミ箱から溢れたティッシュ、痩身の男を爆心地とするようにその惨状は広がっている。
「おじさん、何してるの?」
人間性を失ったみたいな部屋の中に生き生きとした少女の声が響いた。
「課金だようるせえな」
と、苛立ちを隠しもしない大人の大人気ない声が応答した。
「かきんって?」
「あークソ、まただ、何回連続だよクソクソクソ」
「あ”ーーーーーーーーーーー!!!!! もういい! こんなクソゲーやめてやる!!!!!!!」
男は背後に丸まっていた布団を引っ張り、膝を抱えるようにしてそれを被った。
おそらく万年床の、黄ばんだシミだらけの不衛生なそれに男の身体は入りきっていない。
「ねえ田中、それ臭いよ? そこで寝るの?」
「うるせえな」
あ”ーーーーーーーー!!!! ウルサイウルサイウルサイと、まじないのように何度も何度も男は唱える。
なんで今日の幻聴はこんなにしつこいんだよ、いい加減にしろよ、と。
「わたし、幻聴じゃないよ?」
少女はぴょんと飛び跳ねてアピール。
それでも男は深く布団を被り無視。
「まあ、田中がそれならそれでいいんだけどさ。このままだとわたしも田中も殺されちゃうよ? わたし、ほっとかれててもいいけど、田中まだ死にたくなくない?」
「死ねるもんなら死にてえよ……」
「へ~いいんだ。わたしを目の前にしてもそんなこと言えるんだ」
「幻聴が何言ってんだよ」
田中は鼻で笑った。心底卑屈な笑いだった。
「わたしのこと見てもいないくせに」
田中はそれから何も言わなかった。
少女は新聞紙に包まれたままの姿見へと歩いていく。
ガサガサとその封を解き鏡に自分を映し、暗闇で光るスマホを見つめる。
「似てるよ」
と、一言。
「いち、にー、さん、よん、ごー、って。わたしみたいな女の子に会うために五万円も使ってるのに? 本当にわたしを放っておいて殺されるのを待つだけなの?」
すうと、少女は息を吸った。
「田中真一、28歳。汚部屋に住んで、体も臭くて、おまけに年中無精髭、近所からの悪評も立ってて、年金も滞納してる、口座にお金はあるのにね、当たらないとわかってるソシャゲに五万も課金して、毎日誰とも話さないから口も臭くて、まだ28歳なの背中を丸めてとぼとぼ歩く。けど、怒りのエネルギーだけは一人前に元気」
まくしたてるような悪口の羅列。
「うるせえな」
「さっきからうるさいしか喋れないの?」
「俺だって好きでこうなったわけじゃねえんだよ!!!!!!!!!! いい加減静まれよ!!!!!!!!」
男は立ち上がり布団を叩きつけ、空っぽの酒瓶を少女に投げつけた。
パンッと、少女はそれを受け止める。
「怖いな、いきなり」
「って本物……?」
「本物だよ?」
黒髪ツインテールに黒いネグリジュ、雪のような白い肌、大きな瞳、薄い唇。
それはまさしく、男がつい先ほどまで回していたガチャのSSRの少女に瓜二つ。
田中はゴミの山を踏みつけて少女に近づき少女の肩を掴んだ。
「俺、ついにやっちゃったのか? それとも、マジでおかしくなっちゃたのか? 俺、大丈夫か?」
「力が強いよ、田中。大丈夫だよ、現実だから、それにわたしに何しても“おまわりさんには”捕まらないよ」
次の瞬間、
「ぎぇえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええええええええええええぇぇぇぇぇえぇえぇ」
と、田中は奇声を上げながら自分の股間を掴み上げ白目を剥いて失神した。
「なにこの人」
全く、その通りである。
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