無敵の人と少女たち。

無敵之人

無敵の人


 田中は無敵の人だった。

 なぜ『だった』と過去形なのか、それはもう田中が無敵の人ではないからだ。

 暗雲立ち込める中二人の男は対峙する、どちらも猫背で老け顔で落ち窪んだ目をしている。

「なあ、あんた。そろそろ止めにしろよ」


 あんた、と呼ばれた白衣の男は咥えていたタバコを地面に吐き捨てる。湿った大気にさらされた火はゆっくりフェードアウトしていった。

「お前、いいや”俺”。田中真一。お前変わったなぁ……」

 タバコ臭い吐息を吐く男を田中は睨みつける。まあ、実際田中は変わった。

 日本に何人もいる平凡な田中さん、その一人として社会を構成して、毎日生きていた、朝は眠いけど起きて、お昼ご飯を楽しみにしながら仕事をして、そして家には守るべき人がいた。しかし、ある日を境にそれは変わった。


「俺はもう大丈夫だから、俺はもう俺だけで生きていくことはしないから」


 その日から田中は、守るものも、頼るものも、全てを亡くした、顧みる物のない、『無敵の人』となった。

 田中はそれからいろいろあってまた田中は変わった、死にたくなって、殺そうとして、憎んで、傷ついて、傷つけて、歪になって、救われて、救って、もう無敵の人ではない無敵の人なんてやっていられなくなった。


「別に“俺”は、俺を救おうとしたわけじゃない。俺は“俺”で俺を制そうとしたんだ」


 田中によく似たその男は、自分と田中を交互に指し笑いながら言った。

 その指先から守るように少女が田中の前に立つ。

「田中はもう一人じゃないよ、だって一華がいるんだもん」

「被造物ごときが笑わせてくれる。お前には何も分からないだろう」

 男は指先から何かを放った、少女の目の寸前で止まったそれはカッターの刃先のように尖った鋼色のブレード。幾つも飛ばされたそれは全て少女の肌に触れることなく、まるで落ち葉のように地面に散らばる。

「何も分からないまま、劣等種として『ただの人間』の所に送り込まれて」

 炎、水、氷、音波……形あるものもない物も田中に襲い掛かり、襲い掛かっては消える。

「何も分からないまま、赤子のように……抵抗することもなく殺されて」

――果ては、

 男は笑う、心底卑屈に、心底田中を馬鹿にしたような表情で、引きつった頬は裂けそうなほどに形を変えて。

「何も分からないまま、自分を何かできる人間だと、終わった人間ではないと、思い込んで『無敵の人』などという名を語り始めた『ただの人間』にもなれなかった劣等どもと群れ」


「それの何が『生きる』だ、」


「生きる、生きている、俺も、こいつらも、ちゃんと生きているんだ、感情はある、腹もすく、孤独も感じる、」

「五月蠅い、所詮被造物、そしてお前は、所詮“俺”の成り損ない。幾つもの時空幾つもの世界、お前が最後の俺だ」

――死ね、虚無。

 と、男の声が響いた。

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